アチャン・チャー師 人生を変えた3日間の出会い②
(続き)タイに森の僧侶が全く存在しなかったわけではありませんが、アチャン・マン師の以前は、彼らはたいてい小さな孤立した共同体に散らばっており、広い伝統の一翼を担っているという意識はほとんどありませんでした。そうしたサンガ(僧団)は、たいていカリスマ的な師を中心に形成され、その師の死後には長続きしないことが多かったのです。過去七百年間に、そうした集団がどれだけ結成され、散っていったかを記す記録はありません。私たちは、どれだけの悟りを開いた人々が現れては去っていったのか、永遠に知ることはできないでしょう。仏陀ご自身が言われたように、「空を横切る鳥のように、彼らは跡を残さない」のです。
しかしアチャン・マン師は、より情報が伝わりやすく、つながりのある時代のはじめに生きました。彼の修行と教えに関する記録は、数多くの書籍に残されています。彼の弟子たちによってイーサーン各地に建立された、優れた修行寺院は、全国から参拝者や巡礼者を集めています。彼は多くの人にとって測り知れない存在ではありますが、昔の偉大な僧侶たちが常にそうであるような、不明瞭さに包まれた人物ではありません。
彼の法系に属する僧侶たちが守り続けた高い水準と、最も優れた弟子たちの誠実さと卓越した能力のおかげで、今日、タイではスコータイ時代以来存在しなかったほどの、森の僧侶に対する尊敬が生まれています。誇張ではなく、今日私たちが知る「タイの森の伝統」は、ほぼアチャン・マン師一人によって確立されたと言えるでしょう。
しかし彼の生涯のほとんどを通じて、アチャン・マン師は比較的無名でした。僧侶生活の間ずっと、彼は名声や地位を、疫病のように避け続けました。(続き)
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