短編小説|悲しみの風景
ずっと一緒だと 思っていた 君が今は遠い そこにいるのに
あの時勇気を 出していたら この風景も 変わっていただろうか
終わる日が来るなんて 思わなかった 君は今もそこに そこにいるのに
あの時勇気が なかった俺は 今ひとりここにいる ただひとりここにいる
君のいないこの 悲しみの 風景を
「これどう思う?」
ぬっとタカギが俺の目の前にコピー用紙を突き出す。何度も書き直した跡のある手書きの汚い文字が歌の歌詞らしいとわかったのはご丁寧に最後に『作詞作曲タカギアツシ』の一文があったからだ。
「どうって」
「いやだから、この曲。ちょっとやってみるから」
そう言うとタカギはおもむろにギターを弾きはじめる。手元を見る目は前髪で隠れて見えない。切りたい。首の伸びたボーダーのロンTと膝の出たデニム、だらっとした服でも細身で長身のタカギが着るとなんとなくサマになってしまうのが腹立たしい。
「ずうっといぃしょだぁーと、おもぉってーいたー、きみがいまはとおいー、そこにぃいるのにー」
ぐにゃぐにゃとリズムを取りながら歌うタカギを見ながら「なんかどっかで聞いたような曲だな」と思ってたら、あれだ、昔の、尾崎。尾崎豊の歌でこんな感じのがあったような気がする。
歌い切って、ジャン、と演奏を終えたタカギは期待を込めた目で俺を見た。
「どうだった? どうたった?」
「どうって……何いきなり」
「いや、当日これ披露しようかと思って」
「は?」
「俺の今の正直な気持ちを歌にしたらこうなったんだよ」
「アホか。こんなの結婚式でできる訳ねえだろ。てか勝手に曲作ってんじゃねえよ」
俺は怒るを通り越して呆れ、それすら通り越して笑えてくる。
「それはもういいから、残り時間あと十五分しかないじゃん。ほら、やるぞ、カーペンターズ」
「ふん」
タカギは気に入らないのだ。ゲンちゃんがさっさと結婚を決めてしまったことが。
結婚式の時サプライズで歌いたい曲があるから生伴奏して欲しい。そんな話を共通の友人ゲンちゃんから持ちかけられたのは先月のことだった。俺たちは『平日休み部』コミュニティで知り合った仲間で、中心人物であるゲンちゃんが頻繁にイベントを企画してくれてたものの、部内に彼女ができてからは激減していた。
「仲間より彼女の方が大事なのかよ!」
その逆を彼女が言いそうなことをタカギは飲み会でゲンちゃんに向かって喚き、そんなタカギにゲンちゃんもみんなも苦笑した。
「俺は寂しいんだー」
さらに喚くタカギを、まあまあ、と宥めてはいたものの、実は内心みんな同じようなことを感じていたと思う。ゲンちゃんは太陽みたいな存在。男女を問わずみんなゲンちゃんが好きだった。
しかしゲンちゃんカップルはあっという間に結婚を決め、『平日休み部』は事実上消滅。タカギはますます不機嫌になった。
頼まれた曲はカーペンターズで、彼女と一緒に観た映画だったか何だったか忘れたけど思い出の曲らしい。バンド経験のある俺たちに余興を頼んだという体で実は自分が歌って彼女を泣かす、というのがゲンちゃんの策略だった。
「なんでそんな茶番に俺がつき合わなきゃないんだ」
いっぱい文句を言いながらも「一回スタジオで合わせておくか」の俺の申し出にタカギはおとなしく従った。家で練習もしてるみたいだし、タカギなりに誠意はあるのだろう。と考えていたのにまさか自作の変な曲を作ってくるとは。
タカギは、めちゃくちゃだ。めちゃくちゃだけど不満から曲まで作っちゃうエネルギーはすごい。面白くないことを面白くないと言い、嫌なことを隠さない。正直な気持ちも言う。「お祝い事だから」とか関係なく、自分の心に忠実なタカギ。俺ははなから自分の心なんて見ようともしなかった。自分が本当はどう思ってるかなんて。
でもタカギといると、もしかしてそれ、俺も見てもいいのかな、なんて思ってしまう。
「……まぁ確かに喪失感はあるよな。仲間が先に結婚しちゃうっていう」
「だろ?」
嬉しそうにタカギは、俺の顔を見る。
「でもタカギの曲はやらないから」
「えー」
「やりたいならどっかで自分でやれ」
「あ、配信とかでできるかも」
いかにもいいこと思いついた、という顔でタカギはマイクを構え、見えない観客に向かってエア・ライブをはじめた。
「みんな、今日も聞いてくれてありがとう!」
「お前それ誰に言ってんだよ」
苦笑する俺を無視してタカギは続ける。呆れてるふりをして実は俺はちょっと感動していた。ここまでバカになれる男、タカギアツシに。
「生まれたての曲を送ります。作詞作曲、タカギアツシ、タイトルは」
見えないカメラに向かって、タカギはカメラ目線で言う。
「悲しみの風景」
キメ顔のタカギに、ついに俺の中の何かが弾けた。笑いが止まらない。
本当にこの曲を本番で演ったら一体どうなるんだろう。笑いながら俺はそんなことを考えはじめている。
