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夜行性の大学 第一夜 超・経済論   ー6次元目・ニッポン”闇の絶景” 三選・後編ー

ニッポン ”闇の絶景”三選 ーそこに愛はあるんかい?ー  <二選目>

はい。猫が見た、「ニッポン ”闇の絶景” 三選」二選目!

「価値を無くす”あれこれ”を、お金の器に入れる」ブーム!!

心と意識の隙間って、広がったままだと厄介だよね。
伝言ゲームでボロボロ伝え漏れがおきてもさ、広がった隙間にすぐ座れてしまって気が付きにくい。

その広がり続ける闇の隙間を利用する人々も現れてきた模様で。

彼らは「数字」を元手に「数字」を増やせばいいじゃん!ってアイデアを実行しはじめたんだよね。
「数字」と「数字」を交換する時にさ、「価値を忘れたフリ」すれば、数字だけ増やせるじゃん。って。
経験してないし、心は一つも動いていないけど、数字を勝手に増やして、価値持ってるふりすれば、
「この数字は、今までで一番価値を感じちゃった証です」ってことを、言葉巧みに演じれば、

「価値」と「数字」の結びつきが、闇の隙間に葬られたことには気が付かない人がほとんどなんだから、
騙せるっしょ。って感じかなー。

数字を数字でどんどん増やして、「お価値持ち風」になれば、
偉い人として大事にされそう。こんな楽な方法なくない? みたいな?

でも、これ、「お金のためにやりたくない仕事もやる」って今の我々の姿勢も、当てはまる・・、んだよね。
仕事に価値を感じなくても、数字を得るために働く、人に流す価値はないけど、数字はもらえるし・・。
形だけの「ありがとうございましたー」。
尊敬してない人でも「持ってる風」ならば、ヨイショして数字ゲットできないかしら・・。とか。
表面は笑顔でも、内面で死ね死ね言ってしまっている。とか。

そして、そうこうしているうちに、お金という器、空ならまだよかったけど
「何も与えたくない、けど、くれよ!俺!俺!お前じゃない、俺!俺にくれよ!」
「争い」「奪い合い」これを乗っける様になっちゃった。

価値と数字が結びついたお金だから、受け取って嬉しいし、流して嬉しい。流すことでそれが増える。
この流れがあるから、お金を通じて「生きよう」と思えるのに。
なのに自分のところに来るのは、価値と結びついてない「空の数字」。
それどころか、益々「争う」状況が増幅する。
だから益々「奪う意識」を「お金という器」に乗っけて流す。

お金通じて、死にたくなっちゃう経済・・。闇の絶景は、今まさに我々の日常なのかもしれないんだけど。
だけど、この絶景が見事に形になるまで、
「空っぽの数字集めゲーム」「奪い合い争うゲーム」って、世界的パンデミック、大流行してたってことなんだよね。
知ってか知らずか、「自分の価値を奪う数字」をお金という器に入れて流しちゃう。
心の隙間空いてた人、めっちゃ多かったのかな?
闇として、これ以上ない絶景でした。。。だけど、まだあるんだよ。

「ニッポン ”闇の絶景” 三選」ーそこに愛はあるんかい?ー  <三選目>

最後!猫が見た、「ニッポン ”闇の絶景” 三選」。三選目!

「『お金』の名前である数字、意味を持たない数字は、お金ではなくなる。」

本来、数字の裏付けとしてセットで存在するはずの”価値”がある。
それが本来の「お金」が生まれた時のあり方。
なのに、「価値」と「数字」が切り離された状態になっちゃった。

数字だけ多く持っていれば、それを元手に、さらに数字だけを増やせる。
「価値」がない数字、「目的」のない数字のみが、いつの間にか「お金」として、
信じられて存在する状態になっちゃった。

数字の向こうの価値を信じた結果が数字だったのに、
数字のみを信じてしまう不思議。
機能を完全に失っている空のお金がグルグル回っているね・・。
価値に見合わない数字が流れているって、これって結構危ないと思わない?

だって、価値と数字が釣り合ってない中、数字の方が余った状態になったら、わずかに残った「価値」
もしくはまだ「価値がある」って信じられているわずかな物、これに対する「価値感」が急に爆上がり。
本当に価値がある物の希少性が急に取り立たされて、支払う数字上乗せして競ってでも、その価値を手に入れに行こうとする。
この争いによって、もっと数字だけが余って、数字の価値が下がりまくって、空の数字の本性を体現する。
つまり、何かのきっかけで、貨幣がただの紙になってしまうって話なんだけど・・。

今、生命を維持するのに必要なものがどんどん値上がりしてるじゃない?
お米、野菜、これからお水もかな・・。
これ、我々が腸をねじり続けていたら、さらに加速してくよね。
数字に踊らされて、踊れていた時はいいと思うんだよね。
有るような無いようなルールを信じて奪い合うゲームを出来てた期間は、まだよかったんだけど。
でも、数字が何とも交換できないってなった時。取り返しつかないよね・・。

人の感動、価値を伴わないお金、中身が空なのに、きらびやかな数字だけ付けられたお金、
そう、それはまるでシャボン玉。
シャボン玉の運命は? 皆さん、歌で教えられて来てるとおり・・・
「屋根まで飛んで、、」そう、そう・・、
「壊れて消えたー」ってね。当たり前なんだけどね。中、空だからさ。

食べ物、着るもの、燃料、水、、、得られないばかりか、
生きる意味を失った人、生きる目的のない人が行き場もなく彷徨ったとしても無理のかなって。
トキメキを感じられない数字に、どこの馬の骨かもわからない数字に・・、
いや、数字が悪い訳じゃないんだけども・・。
でも、空っぽの相手に、勝手に恋して感じた我々がやばかったということなんだよね・・。
うーん、闇、絶景なり。

「ニッポン ”闇の絶景” 三選」。皆さん、いかがでしたでしょうか。
総長白井としては、流れてくるままに、よくここまで喋ってるなーって・・。

で、「闇の絶景」あくまでも「光に近づくために闇を知っとこ」て事だから、
ここからは、改めて、闇を浮き彫りにした光を知る時間、ということで。

「付き合いたい相手は君!」「こんな私と付き合いたい!」バッチリ決めて末長く幸せに生きる。
「どういう相手なら、どういう自分なら、永遠に仲良く、幸せで、心安らかに、自由で、
 毎日やる気しかなくて、その自分の真価を毎日たくさん流して生きられる?」

「どういう、お金なら・・。」闇に対する光。

「お金」=「価値」=「数字」
「お金」=「数字」に省かれた結果が、今の限界と破綻なら、
も一度、「お金」=「価値」の感覚を取り戻してみたらどうなんだろ、って。

「価値」が生まれた瞬間、心が動いた時、健全なトキメキ、正常な恋心
これを取り戻せばいいのでは・・。

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illustration by NEKO Shiroi

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