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夜行性の大学 第一夜 超・経済論   ー7次元目・命短し。 恋せよ、みんな。ー

「価値」が生まれた瞬間、健全なトキメキ、正常な恋心、これを取り戻すには・・。
ってことで、続きです。

「数字は、お金の名前です」
名前を捨てても、意味は捨てちゃダメなんだよね。
そのお金が、お金である由縁を。
「いくらいくら」「〇〇円」って名前が付いてなかったとしても、
「価値」を感じる事ができるか。

感じる事で生み出している「価値」。
これが数字の持つ、本当の意味だから・・。

「価値」を感じた感覚の忘却。
これが、自分の手で自らの腸をねじり続ける要因。流せない、受け取れない、原因。
そして、腸ねじってる間に、価値だった数字は空に戻っちゃう。
やばいよね。今ここまで来ちゃった。

さあ、ここで俳句です。
もうすっごい前に読んだ感覚になってると思うけど、、
授業初めのチャイムの一句。
「ユリシスや名を捨てませう曲流る」
幸せの青い蝶、ユリシスが飛んでる。
「名を捨てましょう~」って曲が流れてきた。 なーんて。そんな風景なんですけど。

「お金」という器に、「〇〇円」って数字、
意味と切り離された名前を乗せて次に流しました。
そして、「意味と切り離された名前」が自分にまた巡ってきた。
数字の意味が感じられない。
あれ?次に何をどれくらい流していいのか分からない。

だけど、数字が減るのは怖い。
誰が決めた訳じゃないけど、「多いがヨシ!」って決まってる気がする。減らしたくないから。
でも、必要なものは数字と交換しないと。流さないと。与えないと。
本当は、一ミリも与えたくないけど、それはなんとなくルール違反らしいし。。

フワフワした不安定なルールの中で、批判されない最低限の数字を次に流す。
だけど、なるべく手放したくないから、なるべく受け取りもしない。
「手放したくないから、なるべく受け取りもしない。」
経済はそもそも、生かし合う関係性、「人の命の流れ」だから、
この「ない、ない」に落ち着くと、命の流れが止まっちゃう。
でも、命あっての経済だから、命あっての「幸せ」だから、命をストップしちゃうのは困る。
今、こんな闇の果てまで、多くの人の意識は来ちゃったような・・。

でも、命がかかったらハッとして、きっと引き返すと思う。
「手放したくないから、なるべく受け取りもしない。」これ。
このあり方こそが、「自主的な腸のねじり」だよね?

だから、このあり方に人を導いてしまった、
「数字」と言う名前を一回忘れてみましょうよ、って。
「名を捨てませう」、一回、「お金の名前」を捨てましょうよ、って。
自由と幸せのシンボル、ユリシスは言ってる・・、気がして・・・。
総長白井、授業の始まりに実は答え言ってたかも・・・。

つまり、「千円は千円」なんじゃなくて。
「この道ーは、いつか来たみーちー♫」的に、
「このお金は~どこの誰から来たいつかの価値ー🎵」を感じる。まず感じてみる。
自分が何を受け取っているのかを、数字を忘れて感じる。

もし、「いつかの誰かの価値」を辿ることが、もう無理ならば、
今自分の中にあるもの、これは既に受け取っているものだから、
それらに自分が感じる価値を「名前を捨てて感じる」このスタート地点から、
改めて経済を流し始めてほしいんだよね。
「自分の受け取ってきた価値」「自分が感じた喜び・楽しさ・美しさ・・・」
「今、自分が感じる『上げー⤴︎』」、今この瞬間から、出会う世界に流していってみてみる。
自分から。今、ここから。

「価値を流す」ことは、数字に関係なくできるし、
貨幣を使わないでも、できるから。

感じた「上げ感」を思い出して、一日上機嫌でいる、何がってもそっちに集中するとか。
喜びを自分の中で再生させたら、もう空気感で流れ始めちゃうじゃない?
だから数字がついてこようとなかろうと、
感じた「価値」の方を、先に「流す」行動を始めるんだよね。
お金って道具を使わないでも、経済は流れる。

この教室もそうなんだよね。
総長白井が、ここまで受け取ってきた沢山の価値を感じて、もよおして、流す。
その流れの先にたまたまいた誰かが、何かを感じる。そして、流す。

思うんだけどさ、今、総長白井が流しているものも、実は、総長が未来の夜行性の大学の学生諸君から受け取ったものかもしれないなーなんて。
未来に、学生諸君がもういてくれるから、諸君の心の記憶から、この気ままな講義が流れてきてるのかも。

深いところで皆、知ってるはずだと思うんだ。
受け取ったものを感じて、流す、この循環が自分たちの本当の喜びだと言うことをね。

手放したら、増える価値。「上げ感」。あらゆる喜び、楽しさ。
分けるほどに、増殖する価値。
未来の学生諸君は、それを生きていて、総長に伝えてくれているのかもしれない。
今、猫が感じている、この「増えてく感じ。命が動いて、生きていく感じ。」
「皆で楽しく生きてこー。」の無限ループ。

これなら無理なく、永遠に続いていきそう。
だから総長白井、猫は、この関係性を生きてみようと思ったんだよね。

名前を捨てる。そして感じると、名前って言葉に収まらなかった、そのものの全てがそこにあって、
それが本当の「価値」だと分かるんだ。
その「感じ」が捉える「価値」こそが真の豊かさで、
「お金という器」に入れて本来流すものなんだって、腑に落ちると思うんだよね。

それで、本当の価値は、受け取って溜まると、流したくなる。
流せば流すほど、増えるって知ってるから、
この摂理を、皆がつながる無意識下で共有してるからね。

ねじり続けた腸から手を離すには、まず、こうして思い出すことなんだ。
今やっと、痛みを感じ始めたのなら、誰がか思い出して欲しいって言ってる証。
闇の自分に光が当たって、ここまでが闇だったんだ!って気がついたよね。
じゃあ、その光を当てた誰かは誰?
名前を捨てて、ただ感じる。
名前がつけられる前の、わたしがいるよ。
あらゆる名前を抜きにした、わたしは何者?
「価値」を生み出した、「生きていくための、あらゆる形のお金」を生み出した自分に戻るんだ。
思い出してみてほしいんだ。


名前がつけられる前、社会の中のあらゆるタイトル、演じる役、それらが自分に与えられる前、
私はなんだったんだろうね?

思い出せない? これまで、見えない事にし過ぎて来た??
闇世の向こう岸の、未来の自分がこっちに光を当てて言ってるんだよね。
でも、向こう岸の自分が居なくなる事はないから。
いつも、ずっと目の前にいるんだよ。まっすぐ直線最短距離の先に。
生まれる前、生まれた時、ただ一つ持ってきていた「わたし」は、
その「わたし」は「私」でもあるけど、「私たち」でもあって、
その本当の自分、「私たちの一部」で生きることを喜んでくれた人や世界に、
生きるために必要な全てを、与えられて生きてきた。

親からもらえてこなくても、今、ボロボロでも、そこに存在しているのなら、
わずかでも、ちゃんと与えて、受け取ってきたはずだよ。

で、与えられた事がが嬉しくて、また、生きようとして、
本当はずっと、その光で生きてきたはずだから。
今、生きているのなら、その光は無くなってないよ。
いるよ、ここに。
今、もし死にそうでも、その光で生きてるんだよ。
一切の名前のない自分、ただ感じたわたしは何だった?

生まれた時、嬉しかった?喜んでいた?
ここまで、何を感じて、何を受け取って「生きよう」って思った?
「死にたい。」って思っても、今、生きているのは何故?
今、本当に感じたいものは何? 流したい物、与えたいものは何?

「経済」は「活かし生かし合う関係性」のこと。
この関係性を生きることが、「超・経済」。

まず最初に手を取り合って、生かし合う相手は、わたしとわたし。
今、闇の自分でも、光はここに生きてるから。
生まれた時から変わってない、ただ一つの光の自分。
光は未来から、いつでも真っ直ぐに、手を伸ばしてる。
だから、この闇からまっすぐ手を伸ばす時が来てると思うんだ。

何がわたしを生かしてきて、わたしに今、何を与えたい?

もう一回、名前を捨てた自分で、自分の触れる世界の全てを感じてみて。
感じる事から、「価値」を生み出すところから、
未来の光に向かって手は伸びる、そうして新しい道が作られていくよ。

夜行性の大学、学生諸君、そして総長白井猫、我々みんな、
感じる力だけ携えて生まれてきて、
その力で「価値」を流して、いろんな形のお金を生み出して生きてきた。
誰だって皆、自分の「生み出す力」で生きてきた。
母親や父親が与えてくれたようで、
その「価値」は、実は自分が生み出してきたんだよね。
全ての世界とのつながりの流れの中で。
与えながら、生まれてきたんだ。

命は、人と人の間にあって、いつも巡ってる。
みんな、絶妙なタイミングで与え合ってる。
本当は、皆、このトキメキを知ってる。求めてるし、本当はもっと与えたい。
本当は、もっと受け取って、求めて、与えたい。
「でも、数字がついて来なかったら、、」って。
これまでの闇の積み重ねを手放す事は「崩壊」って感じるかもしれない。
でも、空の数字が、本当の空になるもの、もう時間の問題。
命がかかってもいるし、できる事なら急ぎ目で、次行こうよ。

諸君、この教室で「流れ」に出会ってしまったのなら、もよおしてしまったのなら、
すでに一線を超えて「超・経済」始まってるから。

生まれた時、ただ一つ、持ってきていた「価値」で生きてきたじゃん。
全員、経験済みだよ。恋を遥かに超えていく、そのトキメキを思い出して。
もう一回、全てに感じて、全てに恋を超えた恋していくんだよ。

トキメキと恋を超えた恋心と・・それよりもっと大きな何かで、
数字もお金も使わないところから全員がスタートして、
今、死にそうでも、生きて来てるのって、すごいと思うよ。

名前を捨てても、「わたし」は残るよ。
数字を捨てても、お金を使わないでも、「価値」は残るよ。
どうか、その「見えないわたし」を、ここから生きて形にして流してみてほしいんだ。


どうでしょう?

少し先の未来から、また聞こえてきた気がする。
空耳だけど、いろいろ聞こえて来た。流れてきた。
では諸君のもよおしを受けて、総長白井、講義、今後も続けまーす!長いっ!


夜行性の大学 第一夜「超・経済論」終

illustration by NEKO Shiroi

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