【短編小説】「湯船」
湯船に浸かり、シュイが僕の全身を手のひらで撫でていく。彼女の手の動きに合わせ、僕の黄みがかった肌の上に乗っていた小さな気泡が一斉に水面に向かって立ち上るのを二人で眺める。気泡のフツフツとした感触と、気泡のヴェールに包まれた僕を露わにしていく感じがたまらないのだと、いつかシュイが言っていた。
僕たちが家の中で一緒に過ごすのは風呂に入るときだけだ。いつからそうなったのかわからないし、あるいは最初からそうだったのかもしれないけれど。リビングで一緒になることもほとんどない。寝室も別だ。
たまに寝つけない日は、シュイが寝ている部屋のベッドにひっそりと座り、ライトの当たる熱帯魚を眺め、数を数える。シュイの部屋には大小様々な8つの水槽があって、その中で17種類の熱帯魚が全部で69匹いる。その数はたまに上下するけれど、先週の木曜日までは少なくともそうだった。青とも紫ともつかない薄明るい光が、シュイの白い頬をひんやりと照らしているのをそっと撫でて部屋を出るとよく眠れる。
それから、僕がキッチンで料理をしているとシュイが部屋から出てきて見に来ることがある。トマトやアボカドなんかを適当にスライスし、パックから出した生ハムを添えるくらいのものだけれど、シュイにとっては料理自体が珍しいらしい。包丁を持っているときの僕の腕の筋肉の動きや、どうせぐちゃぐちゃにして食べてしまうのに綺麗に盛り付ける様なんかを不思議そうにじっと見ている。この家で一緒に過ごし始めてすぐの頃は、食べてみるかと勧めてみたりもしていたけれど、絶対に「いらない」という答えが返ってくるとわかってからはもう言わなくなった。彼女は元々何も食べなくても平気なのだけれど、時々、自分の部屋の熱帯魚を食べているらしい。どうやって食べるのかはまだ聞いたことがないけれど、なぜ食べるのかは聞いたことがあって、それはただ衝動的に食べてしまうのだそうだ。
そしてそうなる日は必ず、一緒に過ごす湯船の中で体全体を押し付けるようにして抱きしめてくる。シュイの手のひらが、肩まで浸かった僕の胸の辺りの気泡を剥がすようにゆったりと一定の力を込めて撫であげ、腕や脚も同じように撫でたあとで、それは突然やってくる。ぎこちなく押し付けられる抱擁を柔らかく返し、恥ずかしそうに微笑むシュイの目を見る。灰色がかった瞳が、期待を湛えて濡れている。
本当は、僕たちは体を重ねる必要はない。互いの愛を確かめるためにも、生殖のためにも。古の、大昔の地球に住む生命体の愛情表現だったらしいとシュイがどこかから仕入れてきた知識は、僕が地球人由来の卵から生まれ、地球に似た環境で過ごしているからという理由で実践に移され、それを彼女はとても気に入っている。シュイの白い肌を僕の黄みがかった手のひらが丹念に撫でると、尾てい骨の辺りから生えた尻尾の先が、お湯の動きに逆らって気持ちよさそうに揺れる。シュイはどこ由来の卵から生まれたのかわからないらしい。今時では珍しく、野生の卵だったからだそうだ。
水面の揺れが大きくなり、頭から爪先までがひとつの感情に貫かれ、時間の感覚が引き延ばされたり縮んだりして、僕たちの体が赤みを帯びる。慣れない快感が体の中を通り過ぎるのを待ってから二人で顔を見合わせ、満ち足りた気持ちで大笑いする。
今夜、寝る前にシュイの寝室で魚の数を数えたら、きっと68匹になっているはずだ。
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