【実話怪談】続・夏の日の迷い人 ― 夜の訪問者
真夏の夜、営業を終えたスーパーの駐車場で出会ったのは、気配もなく現れたおばあさんだった。
あの日の冷たさと違和感は、夏の夜の気まぐれだったのだろうか。
炎天下の車道で出会った、あのおじいさんのこと。
数日が経っているのに、なぜか時々思い出す。
あの昼の、現実から少しずつずれた感覚が、まだ体のどこかに残っていた。
⸻
その日も、仕事の帰りは遅かった。
眠気覚ましに缶コーヒーでも買っていこう。
そう思い、
車を停めたのは、すでに営業を終えて真っ暗になったスーパーの駐車場。
かつて、この場所には古いスーパーが建っていて、今の建物は数年前に建て替えられたものだ。
街灯もまばらで、遠くにぽつんと自販機の光が浮かんでいるだけ。
車を停めて、エンジンを切る。
一気に静けさが降りてくる。
なんとなく、そのまま車内でスマホを開いた。帰る前の、短いぼんやりとした時間。
——コン、コン。
窓を叩く音がした。
指が止まる。運転席側の窓。
反射的に顔を上げると、そこに立っていた。おばあさんが。
いつからそこにいたのか、全く分からなかった。気配も何もなかったのに、彼女はもう“そこにいた”。
少し背を丸め、窓越しにじっとこちらを見ている。
ゆっくりと、窓を少し開けた。夜の空気が、ひやりと入り込む。
「……どうしましたか?」
声をかけると、おばあさんはかすれた声で言った。
「コンビニまで……乗せてもらえますか」
こんな夜中に、どこの誰だか分からないおばあさんが、ぽつんと立っている。
その違和感に一瞬身構えたが、断る理由も見つからず、
戸惑いながらも「いいですよ」とドアロックを外した。
その時だった。
ブーーー、遠くから車の排気音が聞こえ、一台の車がこちらに向かって近づいてきた。
すると、助手席のドアを開けようとしていたおばあさんが、急に動きを止めた。
そして、近づいてくるその車に向かって、夜の暗闇をものすごいスピードで走っていったのだ。
お年寄りとは思えない、不自然な速さだった。
私は息を呑んでその光景を見ていたが、走ってきた車は何事もないように、おばあさんのすぐ脇を素通りして走り去っていった。
減速する気配すらない。まるで、そこに誰もいないかのように。
あっけにとられ、恐怖が頭をもたげる。
私は居ても立ってもいられなくなり、車のドアを開けて外に出た。
「ちょっと! 大丈夫ですか!?」
暗闇に向かって叫ぶ。
すると、闇の奥から、おばあさんがまた何事もなかったかのように、すうっと、戻ってきた。
そして、さっきと同じトーン、同じかすれた声で、言った。
「コンビニまで……乗せてもらえますか」
背筋に、冷たいものが一気に走った。
この人は、おかしい。何かが決定的に現実から浮いている。
「……おばあさん、こんな夜中にどうしたんですか。どうやってここまで来たんですか?」
声を抑えながら問いつめる。
おばあさんは、ゆっくりと手を上げ、街灯の全く届かない真っ暗な闇の方を指さした。
「……自転車で、来たんだ」
目を凝らしてみるが、そこはただの暗がりで、自転車があるかどうかなど確認しようがなかった。
私は無意識に暗闇の奥をしばらく覗き込んでいた。
一瞬、重力が奪われ飲み込まれそうになる。
「ここで……働いてたんだ。昔ね」
輪郭を無くした声が、闇に浮かびあがった。
「えっ…」
――働いてた?
振り返ると、
おばあさんは、じっと私を見つめたまま、今度は自分が立っている足元
――つまり、このスーパーの駐車場を指さしていた。
建て替えられる前の、古いスーパーのことを言っているのだろう。
その瞬間、私は理解してしまった。
彼女は、何かを探して、あるいは何かの記憶に縛られて、この暗闇の中で同じ行動を何度も繰り返しているのだ…。
「……そうですか」
私はそれ以上、言葉を返すことができなかった。
【あとがき】
昼間のおじいさんは、どこか懐かしく、温かな気配をまとっていましたが、夜の駐車場で出会ったおばあさんは、それとは違う、「底冷えするような」気配がありました。
本編では淡々と書きましたが、おばあさんと話している間、私の背筋は凍りつくような、冷たいものがずっと走り続けていました。
「この人は、この世のものではないのかもしれないな」
そう心の奥で冷静に受け止めながらも、それを表に出すべきではないことを、本能的に感じていました。
この後、おばあさんは素早く暗闇の中へ消えるように行ってしまいました。
それが指差した自転車の方なのかも、結局、見定める事はできなかった。
ちなみに、私がもっと昔に一人暮らしをしていた頃、さらに生々しい実話怪談が、いくつかあるのですが……。
ソレは、いつか心の準備ができたときに、ここに残すことになるかもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
では、また次の物語で。
【実話怪談?】夏の日の迷い人
―私の車に乗り込んできた、重さのない男。
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