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ドイツが面する二つの海 北海とバルト海 ② 変わり続ける北海の海岸と島

前回の記事では、北海とバルト海のそれぞれの成り立ちについてざっくりとまとめました。今回は、北海の海岸地形について見ていきたいと思います。

ドイツの北海沿岸地域は、豊かさと脅威の狭間で揺れ動いてきた地域です。海では古くから漁業が行われ、沿岸には多様な生態系が広がっています。人々は航海や交易、農業、製塩などを通じて海の恩恵を受けてきました。その一方で、人々は常に自然の脅威に向き合わなければなりませんでした。北海沿岸では、潮汐や風、波浪、そしてときには高潮の影響によって、侵食と堆積が絶えず繰り返されています。人々は堤防や護岸を築き、干拓や排水を行いながら、この動き続ける環境と共存してきたのです。

海と陸のあいだ――ワッデン海

北海沿岸の大きな特徴は、「海と陸の境界が曖昧である」こと。その特徴が最もよく表れているのが、北海南東部の浅い沿岸海域、ワッデン海(Wadden Sea)です。ワッデン海はオランダからドイツ、デンマーク沿岸に約500kmにわたって広がる細長い沿岸地域で、潮汐の影響を強く受け、海と陸の境界が絶えず変化しています。

ワッデン海の干潟

干潮時になると広大な干潟が姿を現し、満潮時には海水に覆われます。干潟は潮流や波によって運ばれた砂や泥が長い時間をかけて蓄積したものですが、沖に近い方ではさらさらとした砂質で、陸側へ行くほど細かい泥の割合が高くなります。干潟といっても、その上を楽に歩ける場所もあれば、足がねっとりした泥の中にズブズブと埋まってしまう場所もあるのです。

干潟の陸側には、満潮時には海水をかぶる塩性湿地(Salzwiese)」が広がっています。塩分に強い植物が生育する特殊な生態系で、多くの渡り鳥や水鳥の重要な生息地です。

塩性湿地

さらに陸側には、「マルシュラント(Marschland)」と呼ばれる平野が続いています。潮汐の影響を受ける低湿地に、細かな泥が長い時間をかけて堆積し、形成された海岸平野です。とても肥沃ですが、高潮の被害を受けやすいため、人々は堤防や排水設備を整備しながら農地として利用してきました。北海沿岸には、語尾に「Koog(コーク)」が付く地名が多く見られますが、Koogとは、堤防を築いて湿地を干拓することで作られた土地を意味する言葉で、こうした地名からも人々が沿岸の自然を改変し、海と共存してきた歴史が窺えます。

マルシュラントの風景

地図で見ると、マルシュラントという土地の特殊性がよくわかります。細かい水路が網目状に入り組んだ農地を見ると、手を入れて来たとはいえ、自然を完全に征服したわけではなく、今も浸水リスクと隣り合わせの生活なのだなあと感じさせられます。

典型的なマルシュラントの地図

北フリースラントの多様な島々

さて、海側を見ると、北海の沿岸にはたくさんの島があります。これらは大きく、デンマーク国境に近い北フリースラント諸島(Nordfriesische Inseln)と、オランダ沿岸から続く東フリースラント諸島(Ostfriesische Inseln)に分けられるのですが、まずは北フリースラント諸島を見てみましょう。

北フリースラント諸島 WikimediaCommons

かつて本土だった島々


北フリースランド諸島の成り立ちは様々です。一番北に位置するズィルト島(Sylt)やその南のフェール島(Föhr)、アムルム島(Amrum)は、もともとはドイツ本土の一部でした。14世紀や17世紀に起こった巨大な高潮で周囲の土地が削り取られ、高みだった部分のみが島として残ったのです。それを核として、その後沿岸流によって運ばれた砂が周りに堆積することで面積が広がり、現在の島の形が作られています。

ズィルト島

嵐で分断された島々


さらに南にある大きな島、ペルヴォルム島(Pellworm)やノルトシュトラント島(Nordstrand)はマルシュラントの島です。かつてはシュトラント島(Strand)というもっと大きな島だったのですが、1634年に起こった大洪水で壊滅的な被害を受け、分断されてしまいました。多くの集落が消滅し、数千人が命を落としたこの災害は、北海沿岸の地形と人々の暮らしを大きく変えてしまいました。

水没する島々

そして、北フリースラント諸島には、ハリゲン(Halligen)と呼ばれるさらに小さな島々があります。

これらの島はとても平らで、高潮がやって来ると、土地の大部分が水没してしまうという、にわかには信じられない特徴を持っています。地形は前述のペルヴォルム島やノルトシュトラント島と同じマルシュラントなのですが、それらとの違いは「堤防を持たない」ということです。土地が海面に対してあまりに低いので、土地全体を完全に防御することは難しく、浸水を受け入れる方が現実的と、水没を受け入れているのです。人々は、「ヴァルフト(Warft)」と呼ばれる人工の盛土の上に家を建て、高潮と共存しながら暮らしています。

遠くに見える平らなハリゲン

こんなふうに、北フリースラント諸島は島ごとに成り立ちや地形が異なり、人々の暮らしもそれぞれ異なっています。

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波と砂がつくる東フリースラント諸島

東フリースラント諸島は、また全く違う成り立ちの島々です。これらの島々は、北海沿岸流によって運ばれた砂が浅瀬に積もることで形成されました。

氷期が終わり、北海が南へと広がる中で、波や潮汐によって砂が運ばれ、現在の東フリースラント諸島周辺に堆積し、砂州をつくり始めました。やがて、不安定だった砂州の一部が高くなり、そこに植物が定着することで砂丘になりました。そうして誕生したのが東フリースラントの島々です。(下の地図の黄色い部分)

Maximilian Dörrbecker (Chumwa) / Wikimedia Commons

現在、7つの主要な島からなるこれらの砂の島は、常に姿を変え、動いています。北海沿岸では西風と沿岸流の影響で砂が東へ運ばれるので、島の西側では侵食が進む一方、東側では新たな砂が堆積していきます。そのため、東フリースラント諸島は少しづつ東へと移動しています。

ノルダナイ島の砂丘 Jürgen Hamann / Wikimedia Commons

ところで、東フリースラント諸島は、地形学的に「バリアー諸島(Barriereinseln)」に分類されます。バリアーとは、「防壁」を意味しますが、沿岸にこれらの島々が連なることで、その背後にあるワッデン海の干潟や浅海域が、外海の強い波から守られているのです。もし島々が存在しなければ、北海の強い波が直接本土沿岸に達し、現在のような干潟環境は維持されないでしょう。北海沿岸にはアザラシが多く生息し、ご当地アイドルとして愛されています。干潮時には砂の上でのんびりと休んでいる姿がよく見られます。バリアー諸島がつくる穏やかな環境は、アザラシにとっても、なくてはならないものです。

赤い岩の島、ヘルゴラント

そして、もう一つ。北海の島として忘れてはいけない存在に、ヘルゴラント(Helgoland)があります。それは、北海の海面から高くそびえる赤い砂岩の島。これまで見てきた北海沿岸の島々とはまったく異なり、見るからに異質。実は私はまだ訪れたことがないのですが、いつか行ってみたくてたまらない島でもあります。

ヘルゴラント WikimediaCommons

この赤い砂岩の層はペルム紀後期、約2億5000万年前に形成されました。でも、なぜそんなに古い地層が海の上へ突き出しているのでしょうか。それは、ヘルゴラント周辺の地下深くには岩塩の層があるからです。岩塩は周囲の岩石より密度が低いため、長い時間をかけてゆっくりと上昇する性質を持っています。地下の岩塩が押し上げられたことで、その上にあった砂岩層も一緒に隆起したのです。その後、周囲の比較的柔らかい地層は侵食され、硬い砂岩層だけが残り、現在の島の姿になりました。

上の写真の左側に写っている細長い岩塔は「Lange Anna(のっぽのアンナ、の意味)」と呼ばれていますが、カツオドリやウミガラスなど多くの海鳥が繁殖をすることで有名で、繁殖期の初夏には断崖を埋め尽くすほど多くの鳥が集まるそうです。いつか訪れるなら、ぜひ繁殖シーズンに合わせて行きたいものです。


北海沿岸は、一見すると平坦で穏やかな風景に見えますが、実はこんなにもダイナミックな世界なのです。知れば知るほど、その奥深さに惹かれます。そして、この海はユトラント半島の北部の海峡群を通じてバルト海へと繋がっています。そこには北海とはまた異なる海岸や島々の世界が広がっています。

次回は、バルト海の海岸と島々について見ていきたいと思います。




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