ドイツが面する二つの海 北海とバルト海 ① それぞれの成り立ち
ドイツの自然風景と聞いて、海を思い浮かべる人はあまり多くないかもしれません。ソーセージなど肉料理のイメージが強いせいか、なんとなく「内陸の国」と思われがちです。でも、実際には、ドイツの国土の北側は海に面しています。デンマークのユトランド半島へと続くシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州の西には北海、東にはバルト海という二つの海が広がっているのです。

北海もバルト海も、燦々と太陽が輝く青い海のイメージからは程遠いせいか、ドイツに住む日本人のあいだでも旅先としての認知度は今ひとつ。海辺のリゾートはもっぱら地中海が人気で、ドイツの海はどちらも「冷たい北の海」として、ひとまとめに語られがちです。でも、北海とバルト海はかなり性格の異なる海で、それぞれの魅力があるんです。地中海のような派手さがないので、一見、わかりにくいのですが、知れば知るほど面白さの虜になっていく感覚があります。私は今ではすっかり、この二つの海が好きになりました。
できた時代もでき方も違う
そもそも、北海とバルト海は成り立ちそのものが異なっています。北海は、イギリス、ベルギー、オランダ、ドイツ、デンマーク、ノルウェーなどに囲まれた海で、北側で大西洋へとつながる外洋の一部です。その原型が形づくられ始めたのは、およそ1500万年前。地殻運動によって生じた盆地がゆっくり沈降し、周囲の大陸から大量の土砂が流れ込んで堆積することで、現在の北海の土台が形成されていきました。北海は南へ行くほど浅くなっており、氷期には浅瀬が陸地化しました。最終氷期には、現在の海の大部分が陸だった時代もありました。当時、現在のイギリスとヨーロッパ大陸の間には「ドッガーランド(Doggerland)」と呼ばれる広大な陸地が広がり、人や動物が行き来していたと考えられています。

氷期が終わり海面が上昇すると、ドッガーランドは徐々に海へ沈んでいきました。現在からおよそ7000〜8000年前には、その大部分が北海の下へ姿を消したと考えられています。海底からは、石器や動物の骨、人骨片などが発見されています。
これに対して、現在のバルト海地域が誕生したのは、それよりもずっと後の約12万年前です。バルト海を形づくった主役は氷河でした。氷期、現在の北海が氷床の周縁部に位置していたのに対し、バルト海地域は厚い氷床にすっぽり覆われていました。巨大な氷河は長い時間をかけて先カンブリア時代の古い岩盤を深く削り取り、氷河の後退後には、その跡に巨大な淡水湖が生まれました。この湖は、北海との接続と遮断を繰り返しながら、現在のバルト海へと発展していったのです。北海とバルト海を隔てるデンマークのユトランド半島や、その南に続くドイツのシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州の地形も、氷河によって運ばれた堆積物によってかたちづくられました。
現在のバルト海は海峡を通じて北海とつながってはいるものの、水の交換は限定的です。そのため、内海であるバルト海は塩分濃度が低く、海水と淡水が混ざり合う「汽水海」となっています。

二つの海の「今」をつくる、それぞれの個性
こうした成り立ちの違いは、二つの海に大きく異なる表情を与えています。外洋とつながった北海は、強い風や潮汐、海流の影響を受けるダイナミックな海ですが、その一方で周囲には極めて平坦な景観が広がっています。けれども、海岸線は刻々と姿を変えていき、その流動的な風景こそが北海の大きな特徴といえます。浅く広がる大陸棚にはプランクトンが豊富に生息し、北海はヨーロッパ有数の好漁場でもあります。ドイツには、全国に広く展開している「Nordsee(ノルトゼー)」という魚料理チェーンがありますが、名前の意味は文字通り「北海」。それだけ、北海はドイツ人にとって魚のイメージと強く結びついているのでしょう。

一方のバルト海は、潮汐がほとんどない静かな海です。海自体は穏やかなのですが、その周囲には、氷河によって削られた、複雑な海岸地形が広がっていて、北海とは別の意味でのダイナミズムを感じさせてくれます。場所によって、断崖、入り江、砂浜、岩礁、群島など、多様な風景を見ることができます。その変化に富んだ海岸風景こそが、バルト海沿岸の大きな魅力なのだと思います。

お魚料理は?といえば、バルト海沿岸でも魚料理は親しまれていますが、内海であり、海水とも淡水ともつかない汽水域のため、生息する魚の種類は北海ほど多くありません。また、バルト海では塩分濃度の異なる海水が層状に分かれやすく、深い場所まで酸素が届きにくいのも、生き物が限られる要因になっています。
そんな違いはありますが、私はドイツの海へ行くときには、北海でもバルト海でも気軽に食べられるお魚サンドイッチを楽しみにしています。シンプルな食べ物ですが、新鮮なお魚を皮のパリパリしたドイツのパンに挟んで食べると、とっても美味しい。中に挟むお魚は揚げたもの、酢漬けや塩漬け、燻製にしたものなどいろいろありますが、私のお気に入りは焼いたニシンを酢で締めた Bratheringのサンドイッチ。日本の南蛮漬けに似ていて甘酸っぱく(唐辛子は入れないので、辛くはない)、さっぱりしているんですよ。

さて、ここまで北海とバルト海の違いについてざっくりと書きましたが、次回からはそれぞれの面白さについて詳しく書いていきます。
