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わたしの心の兄たちよ

元職場の本屋に顔を出してきた。

顔を出してきたっていうか、それはひたすら仲の良かった元同僚男性の邪魔をする時間である。
彼の話を書いたのはこちら。

ほんの1ヶ月ぶりくらいなのに、会うなり、
「元気?大丈夫?」
と真剣な顔で心配された。

「あたらしい職場がわりといろいろグレーからブラックで、疲れてるけど大丈夫」
などと言う。

それでその後、小一時間本のことや近況などを話した。

「芥川賞をとられた小砂川チトさんは、わたしが『群像』(文芸誌)の新人賞に応募をしたそのときその回に、受賞されてデビューしたんだよ」
と言うと、
「同期みたいなものか」
と言われて爆笑。

彼は村上春樹を1冊も読んだことがないという話(彼はジブリ映画もひとつも観たことがない)をはじめて聞くなど。

わたしは彼に元職場の本屋で会うたび(そのほかで会うことはない)、
「本がつらい」
とこぼしてきた。

「わたしが知らないことばかりがこの空間にある」
と。わたしはいつも、本屋に行くと胸のあたりが苦しくなる。わたしが知らないこと、知るべきことが店中いっぱいに溢れているから。

でも今回、それが変わったのだ。
「本がつらい」のは変わらない。でもわたしは今回、
「わたしが書けないことばかりでつらい」
と言っていた。

わたしが書けないことばかりが、空間いっぱいに溢れている。

わたしはとりわけ、「ふだんべつのことをしている人が書いたもの」に苦しくなる。そしてとりわけ女性のそれに。

今回苦しくなったのは、映画監督の西川美和さんの、この秋の映画公開が予定されている小説と、『ほんとうのことを書く練習』が話題の土門蘭さんの小説だ。

どちらの方も、もしかしたら元々小説も書くのかもしれない。
でもどちらにせよ、その多才さが苦しい。

あんなこともできて、こんなこともできる。
わたしにはそんなものはない。

昔、大阪に住んでいた頃に山田はん(仮名)という15歳年上の男性の友人がいて、山田はんはいつも、
「あみちゃんは四方八方にまんべんなく輝いていてすごいねん」
と言ってくれた。

「道ゆく人はみんなあみちゃんをきれいやと思ってると思うで。でもな、あみちゃんはお題がキャベツやろうと割り箸やろうとどれだけでも書けるし語れる人やねん。それがほんまにすごいことやって俺はわかってる。だいたいあみちゃんはな……」
と延々語ってくれるのだ。

まんべんなく輝いているなんて思ったこともないし、今山田はんの言葉を思い返しても思わない。
わたしは偏りに偏っていて、その角を丸くする気がまったくない人間だ。

人にはよく、「やわらかく、おっとりしていてやさしい」と言われる。
でもそうじゃないわたしを、わたしがいちばんよく知っているし、ある程度わたしの文章を読んでくださっている方ならじゅうぶんわかっていらっしゃるのではないだろうか?

元職場の男性は10歳年上。
わたしはそれくらいの男性と気が合うんだろう。
というか、それくらい年が離れた恋愛関係にない異性だと、ぶつかる、腹が立つということがないから。

山田はんと会わなくなったのは、山田はんが心の調子を崩して、マルチ商法にはまっていったからだ。

わたしは直接山田はんから商品をすすめられることはなかったが、マルチ商法のトップがやっている「不労所得の勉強会」なるものに呼ばれたりだとかはして、だんだんといやになってしまった。

そのトップのお茶会(高級ホテルのラウンジでおこなわれた)に呼ばれたときには、むかつくので、とびきりのおしゃれをして行った。
そうしたら、そのトップは、
「あみちゃん、お姫さまみたいやなあ……」
と言ってそれっきり、わたしになにかを勧誘してくることはなかった。

今山田はんはどうしているだろう。
考えても仕方がない。あの夏に(38)だった山田はん。
わたくし(38)の夏ももう後半戦だ。
わたしはこの夏、人に対して、自分に対して、なにができたろうか。

わたしは本屋の彼が、あの本屋にいる限り、そこに通いつづけるだろう。
そうして仕事を邪魔しつづけるだろう。

帰り際、
「疲れ果ててたけど元気出たよ」
と言うと、うれしそうに目を細めて笑ってくれた。

元気出たよって言ってるのはわたしなのに、どうしてうれしそうにしてくれるのか。

わたしは人のそういった感情がうまくまだ理解できない。
そんなんで群像新人賞に応募したことがどうかしていると思う。
ちなみに村上春樹がデビューしたのも群像新人賞です。わたしは若い頃とにかく熱心に村上春樹を読んでいたよ。

本屋には東野圭吾の追悼コーナーがあり、入り口には村上春樹の新刊が積まれていたのだが、東野圭吾のコーナーを見ていると、村上春樹もそのうち……と大変失礼なことを考えてしまう。

でも失礼だけれど、本当のことだ。
正直言って、山田はんが今生きているかだってわからない。

山田はんが(38)だったあの夏に悔いはない。
それでも、胸の奥にさらさらと哀しい風が吹く。

グッバイもう会わない人。
わたしの(38)をまっとうするよ。

そして、まったく似ても似つかない別人だけれど、山田はんにできなかったことを、すこしでも、本屋で待ってくれている彼に、できたらいいなと思うのだ。

わたしの心の兄たちよ。

元気でいてね、いつまでも。

いつまでもなんて嘘だけど。

それでも願う、いつまでも。




調子が戻ってきました!

1ヶ月くらいひどい文章を量産して本当に申し訳ないったらありゃしませんでした。

言葉のリズム、意味なくわくわくできる気持ち、戻ってきました。

とは言えこの1週間くらいたくさん記事を書いてしまったので、それをいくらかでもボツにせずにあげるとしましたらまたご不快にさせてしまうこともあるかと思いますが。

このしばらくでめちゃくちゃフォロワーさんが減った(そのぶん毎日増えていたので見かけ上はおなじ)ので、その方たちにはもう届かないかと思いますが、もし届くとしたらごめんなさいと言わせてくださいごめんなさい。

ずっとお付き合いくださいました方は、本当に本当に、ありがとうございます。
感謝してもしきれないったらないです!

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