働き蟻もおさぼり蟻もゆるす
経験もスキルもないのにオフィスワークに半年以上アタックし続け玉砕し続け、やっと、スキルがないなら勉強しに行かなければ、と気づいた話を先日書いた。
でも今さらハローワークの3ヶ月以上の職業訓練を受けることはできないし、スクールに行くお金もない。
と思っていたが、
転職活動中の方たちのnoteを読ませていただいていたら!
求職者支援訓練を受けるなら、条件を満たせば月10万円が支給されるという。
その情報をもとに、ハローワークのページで検索すると、あった、あった!
ビジネスパソコンの求職者支援訓練。
条件も満たしてます!
そしてその情報を携えてハローワークに行って、説明を受けると、なんと、なんと!
求職者支援訓練を受けるにしても、公共職業訓練を受けるにしても、学校が終わるまでは失業給付が延長されるという。
「すごいですねえ……」
と相談員さんに向かって思わずつぶやいてしまった。
求職者支援訓練のビジネスパソコン科よりも、公共職業訓練のMOS対策科のほうが、わたしがやりたいことには向いていそうだったから、ちゃんと説明していただいて本当によかった。
その講座を受けるにも面接があるそうだから、まだ受けられるかはわからないけれど、
まずはここまでたどり着けたことが、感謝。
そのnoteを最近書いてくださった方にも、ハローワークの相談員さんにも。
だからわたしも今日はまず情報を書こうと思いました。
給付残日数が1日でもあれば、失業給付は学校が終わるまでは延長される。
すごいことだと思う。
なんてありがたいのだろう。
わたしはそもそも前職の給料がすくなかったので、雇用保険なんてたいして払っていない。
もちろん月1000円だって積み重なれば大金になるけれど、わたしが今受けている恩恵に比べたら微々たるものではあるまいか。
先日ハローワークの障害者コーナーの相談員さんに、
「たくさん応募してますねえ」
と言われた。
わたしは恥ずかしくなり、
「なかなか決まらなくて……」
とごしゃごしゃ言う。
そうしたら、
「これはね、縁ですから。こうやって、ちゃんと続けていれば、必ずいいタイミングでご縁のあるところにつながりますよ」
とゆっくりやさしい言葉で言ってくださった。
ありがたすぎて、涙が出てくる。
「ありがとうございます」
と言った声はふるえていたかもしれない。
こんな体験ひとつとっても恩恵だ。
人に心のこもった言葉をかけていただく、そのことが、今の自分にとってはどれだけ大きなことか。
その真逆の事態に陥っている、と、思い込んでいたせいもある。
就活のことで人にかけられた言葉を曲解して、もめた。
いえ、もめてはいない。
わたしが一方的に怒った。思い込みによって。
もう会わないよ、お元気でね、とまで言った。
そもそもの発端は、わたし自身だ。
わたし自身が、なかなか就職が決まらない自分を茶化したのだ。
わたしはこういうことをよくやる。
自分がひどく傷ついたことを笑いながら話す自分を見るたびに本当にうんざりする。
だからそれに対して、相手も軽く応じた。それだけのことだ。
それを、「あなたのような者なぞどこにも採用されるわけがあるまい」と言われているとわたしが勝手に解釈したのだ。
その人は前職で仲が良かった人なのだが、わたしの怒りと別れのLINEに対して、落ち着いた返事を返してくれた。そして、
「あなたが辞めざるを得なかったことに責任を感じている」
というようなことを言ってくれた。
だからわたしの転職がうまくいくことを願っていると。
前職は、いろいろあって辞めた。
簡単に言えば、仕事をしない人たちに本気で怒って、怒ってしまったことに対して勝手に引責して辞めた。
こんなわたしがいてはこの場所はこれ以上よくはならないだろうな、と思った。
いまだにそのことを思い出すと胸が苦しくなる。
これだけ生きてこれば(あみちゃま・38)さすがに自分がやらかしがちなパターンというのはわかっているが、そのパターンが多方面によくないかたちで発揮されたと思っているからだ。
叱り飛ばした学生は翌日に辞めてしまった。
その学生の行いはまあひどかったにしても、やっぱり叱り飛ばすべきではなかったし、
もうひとりぶち切れた年下の子にかんしては、そもそもその子はそういうタイプの子だと、もう認めるしかなかったように思っている。
ひとつの組織があれば、よく働く者とのんびりする者がいるのは当たり前。
よく聞くのは、働かないおさぼり蟻は巣に常に2割いて、その蟻たちがいるからこそ種は存続できるという話。
自分とほぼ変わらない給料をもらっている人にそれをやられたらたまったものじゃないのだが、たまったものじゃないのはわたしのエゴで、やっぱりその子もいるから組織が回っていた。
人を受け入れ、ゆるすことの難しさにぶち当たって、辞めることでそこから逃げたとも言える。
でも本当にゆるしたかったのは、わたし自身なのだと思う。
怒ってしまった自分をゆるせなかった。だから辞めた。
そのことが、仲の良かった人にもいまだに影響を与えていたことを、わたしははじめて知ったのだ。
「あなたが続けられる道を作れなかったことに今でも無力感をおぼえる」
というようなことまで言ってくれた。
わたし自身が、そろそろ自分をゆるさなければならないのかもしれない。
そうしたら、その人も自由になれるのかもしれない。
人の愛のなかで生かされていることをわたしはもっとちゃんと認識しなければならない。
ハローワークの方の言葉だって、愛だ。
そういうものに、わたしは日々助けられている。
わたしは自分が出す愛のほうにばかり一生懸命になってしまうけれど、
本当はきっと、もらっていいのだ。
そうしたら、ゆるせるかもしれない。
自分のだめさも、自分のよさも。
自分の長所や美点すらゆるしていない、そう思うから。
わたしという蟻のよさを発揮できる巣に、もうつながってもいい。
まだ見ぬ世界に、感謝と祝福を。
今日を働いていきます。
