大人への最初の三段/短編小説
最近、僕は大人と言われる年齢になった。
変わったことといえば、暇な時間に友達とタバコを吸いに行くことくらいだ。
大人になった実感はこんな些細なことでしか感じていなかった。
今日は、大学の同級生の田町と二十歳の祝いに奮発して、銀座に鰻を食べに行こうと約束をしていた。
目当ての鰻屋に着くとそこは、銀座の高層ビル街から、どこか浮いているような温かい店構えだった。
暖簾をくぐって鰻屋に入ると、和装の女性が出迎えてくれた。
中の他のお客さんを見ると僕とは住んでいる階級の違う服装をしている人ばかりで、ジャージ姿で来てしまったことに後悔した。
しかし、店の中から一か所だけ僕と同じ匂いを出している人物を見つけて安心する。
「お疲れ。お待たせ。」
「おい、遠田遅いよ。どれだけ心細かったか。」
田町は口元だけが緩んで、冗談めかして言った。
「それより、これ見てくれよ。」
そう言って、田町はメニュー表を僕に見せてきた。
「うな重めっちゃ高いんだけど。1番ランクの低い松でも五千円だよ?どうしよう。」
一緒にメニュー表を覗き込むと確かにびっくりだ。
僕がまだ来てはいけない世界に迷い込んだみたいだ。
ちょっとがっかりして背もたれに寄りかかる。
そうすると、ちょうど目線の先に手書きのメニューが壁に貼られていた。
お昼限定ひつまぶし二千六百円
正直、財布が悲鳴を上げて尻尾を巻いて逃げそうになっていた。
そこに救世主が現れたように見えた。
ちょっとみっともなく感じて、僕は小声で田町にも助け船を出した。
「おい、ひつまぶしあるぞ。これくらいの金額なら出せるだろ。」
「それいいじゃん。鰻には変わりないし。」
そう言って二人ともひつまぶしを注文した。
しばらくすると、先ほど出迎えてくれた女性が二人分のひつまぶしを持ってくる。
「ひつまぶしの食べ方はご存じですか?」
田町と僕はアイコンタクトをして僕が答える。
「知らないです。」
「ひつまぶしは三段階食べ方があって、最初にそのまま食べていただいて、二段階目に薬味を入れて、最後にお出汁を入れてお茶漬け風にしてお召し上がりください。お出汁はこの徳利に入っておりますので。ごゆっくりどうぞ。」
女性がテーブルを離れてすぐに、田町が何やら悪だくみした顔でしゃべり始める。
「これさ、一段階目のまま食べきればそれはもう、うな重じゃね?これぞ節約じゃん。」
ちょっと勝ち誇った顔でこちらを見てきて、少しあっけにとられる。
「でも、もったいなくない?せっかくのひつまぶしが。」
「いや、うな重で食べたいじゃん。」
この勢いに押され負けて、適当に相槌を打つ。
田町は勢いよく一段階目のまま、ひつまぶしをかきこむ。
この店の雰囲気と田町の姿がかけ離れすぎて僕の方が恥ずかしく感じてしまった。
せめて僕だけは、この雰囲気に染まっていたいと思い、説明通り食べ始める。
一口目を食べると、自然に天井を見上げてしまうくらい美味しかった。
これなら田町にも同情できるくらいの美味しさだ。
でも、僕は負けない。
綺麗に三分の一を食べ切り、次に薬味を入れる。
試しに海苔とワサビを一口分だけつけて頬張る。
これにまた驚いた。
薬味でまた鰻の違う顔が見えた。
また律儀に区切りを守り、最後にお出汁を入れる。
もうこの時、田町は全てを一段階目のまま食べ切り満足そうにスマホを見ていた。
ちょっとした焦りを覚えたが動じないよう深く呼吸をした。
お出汁を茶碗に並々注いで、なるべくお行儀良くすする。
食べ切るころには僕はもう、満腹とは違う優越感に浸っていた。
僕が食べ切ったのを見てすぐ田町は立ち上がって会計に向かう。
それを見て、僕も立ち上がろうと思ったが食べ切った茶碗をもう一度手に取った。
残った微かな出汁の匂いを嗅ぐ。
田町には聞こえないくらいの大きさで、鼻で笑った。
(1534文字)
