周囲から「コンサルは無理だ」と言われ続けた一人の男のコンサルとしての物語
「お前にコンサルは無理だ」
当時、いろんな人に言われました。
親でさえ、別の就職先を勧めてきたくらいです。笑
そんな私ですが、いまでは、外資系のコンサルティング会社でコンサルタントとして、働いています。
いまはまた別の苦労がありますが、それはまたの機会でお話します。
今回は、私の「コンサルになるまで」と「コンサルになった後」に苦労した話をご紹介します。
いま同じように苦労されている方がいれば、
是非、最後まで読んでもらえると嬉しいです。
読み終えた後、あなたが少しでも楽に、前向きになれていれば、この記事を書いた意味があります。
それでは、はじめましょう!
「お前にコンサルは無理だ」と言われ続けた1回目の転職
これまでの記事でもお話した通り、私は新卒で事業会社へ入りました。
大学時代のインターンシップでは、コンサルの会社にも参加していましたが、まずは「現場を知りたい」と思い、事業会社を選択しました。
「なぜ、コンサルなのか」なども含めて、詳細はこちらの記事に書いています。
事業会社に入り、できることも増えてきた入社2年目のタイミングで、コンサルへの転職活動を始めました。
転職エージェントを使い、転職活動をしていましたが、全く書類に通過できませんでした。
エージェントの担当者からはコンサル以外の会社を勧められるようになりました。
特段、優れていたわけではなかったため、周囲からも「コンサルは無理だ」と言われ続けていました。
30社ほど選考を受けた中で、1社だけ日系のコンサルティング会社から内定をいただきました。
最後は、もう意地だったと思います。笑
そんなこんなで、私のコンサルタント人生が始まりました。
できない自分と向き合い続けた日系コンサル時代
念願のコンサルになった私を待っていたのでは、全くの異世界でした。
コンサルになったばかりの頃は、本当に何もできませんでした。笑
パワポの作成なんておろか、Excelの関数を用いたデータ分析や議事録の作成など何をやってもOKをもらえませんでした。
たぶん、半年くらいは私の成果物すべて何かしらの修正が入っていました。
周りの若手コンサルも同じで、よく若手だけで徹夜していました。笑
(今ではあまりないかもしれないですが、私のころはまだ徹夜で資料を修正することは当然のようにやっていました)
そんなこともあり、周りの若手コンサルは常に転職サイトに見ては、転職の面接を受けていました。
同月に入社した人の半分は3か月もたたないうちにいなくなっていました。
それでも辞めなかった理由
いま同じように苦労されている方やこれまで同じような経験をされている方ならわかると思うのですが、上記のような状況では、本当につらいんです。泣
・現状を受け入れられない人
・つらすぎて、辞める人
・メンタルをやられる人
などをめっちゃくちゃみてきました。
正直、私も彼ら・彼女らと同じようになっていてもおかしくなかったです。
たぶん、そうなった人とならなかった人は紙一重なんだと思います。
そんな中でも、辞めなかった理由があるとすれば、
それは、
決めていたから
だと思います。
自分はこの道(コンサル)で生きていく
と。
決めているとどんな良いことがあるかというと、
ブレないんです。
当時の私は、この道(コンサル)しかないと思っていたので、何かつらいことがあったとしても、転職サイトを見ている時間はなく、いかにこの状況を打破するか、だけを考えていました。
それに、早く経験を積みたいと考えていたので、クライアントワークだけではなく、社内プロジェクトやサービス開発、セミナーなどすべてに手を挙げていました。
ただ、ここで大事なことをお話します。
本当に限界になったら、迷わず、休んでください。
繰り返しになりますが、私はまたまたそうならなかっただけで、メンタルがやられたりしていた可能性は十分にあると思っています。
身体を壊してまでやる仕事なんてない
と今では思っています。
ブレイクスルーのきっかけ
そんな調子で、何にでも挑戦し続けていると、私にもブレイクスルーするときがきました。
当時は、こうすれば、ブレイクスルーすると考えて、動いていたわけではないのですが、今振り返るときっかけがあったと思います。
それは、
自分の後ろには、誰もいない
と思って、仕事ができるようになったときです。
物理的に、誰もいないではなく、(誰かいたら、逆に怖いです笑)
「自分の成果物の責任は自分」と思えているかどうかです。
・自分が作成した資料を上司がレビューしてくれる
・クライアントから何か質問されたときに、上司が答えてくれる など
「後ろに上司がいる、最後は上司がなんとかしてくる」という意識がなくなり、「自分のクライアントであり、自分が矢面に立つ」という意識です。
もちろん、上司はレビューしてくれるし、会議でのフォローもしてくれます。しかし、上司が助けてくれる前提で会議をするのと、自分が最初に発言するという意識で会議をするのでは大きく異なります。
こういう話をすると、単に上司へのレビューをスキップしたり、会議で適当なことを話したりと正面突破する人がたまにいますが、それは違います。
コンサルである以上、クライアントから高いフィーをいただいている以上、半端なものは出せません。会議でも適当な発言をするだけで信頼を失います。
そういうリスクを理解した上で、最初に自分で発言できるかどうかが大切です。
ここで伝えたいことは、
自分が主担当をはるなら、最初に発言しないことにもリスクがある、ということです。
間違ったことを言うリスクもありますが、発言できないということにもリスクが伴うということを忘れてはいけません
こんなことを意識し、動けるようになったとき、私は一段階、上のステージに上がれた気がしました。
「お前に外資は無理だ」と言われ続けた2回目の転職
そんな調子で、コンサルタントとして、順調に階段を駆け上がっていた私ですが、ここで外資系コンサルティング会社への挑戦を考え始めます。
常に、「できること・やったことがあること」ではなく、「できないこと・やったことがないこと」をやりたいと思っている私にとっては、自然な選択だったように思います。
ここでも、周囲からは「外資は無理だ」と言われましたが、笑って聞き流してやりました。
日系コンサルへの転職時代も彼らは同じように言っていました。
ここまでの経験(小さな成功体験)を経て、私には自信があったからです。
自分の選んだ選択を正しいものにする自信が。
さらに新しいことに挑戦し続けている外資系コンサル時代
彼らの期待を良い意味で裏切った私は、いま外資系のコンサルティング会社で新たな挑戦をしています。
これまでとは、クライアントの規模・期待値、扱うテーマの幅・難易度などすべてにおいて、求められるものがめっちゃくちゃ高いですが、これまでの経験や自信から必ずなんとかなると確信があります。
いまのやっていることはこちらの記事にも書いています。
何かを諦めそうになっている方へ
ここまで、私のお恥ずかしい過去をお話してきましたが、こんなだめだめだった私がコンサルになれたのですから、
いまあなたが考えいることもきっとやり続けていれば、何とかなるはずです。
ただ、本当に限界がきたら、引くことも勇気です。
そのときは、一緒にお酒でも飲みましょう。
きっといつか笑い話にできると信じて。
アンビシャス
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ありがとうございます😭