石油危機:「元に戻る」という希望は幻想か——江学勤が描く転換の方向性と日本の行方
今学期、私は三つの大きな予測をする。第一にトランプが11月に勝つ。第二に米国はイランと戦争する。第三に米国はこの戦争に負ける。
人々には、自分のために働く新しい道具ではなく、自分とともに働く新しい道具が必要だ。
2026年3月25日現在、米イラン戦争は開戦から25日目に入った。ホルムズ海峡の船舶通行量は95%以上減少し、3,000隻を超える船舶がペルシャ湾で立ち往生している。原油価格は開戦前から45%上昇し、1バレル110ドル(約1万6,500円)を突破した。日本政府は3月16日、1978年の備蓄制度創設以来最大となる8,000万バレルの石油備蓄放出を開始した。だがこれは国内需要の45日分にすぎない。
これは予測ではない。今、起きていることだ。
世界の肥料貿易の3分の1がホルムズ海峡を通過する。その3分の1が止まった。カタールの世界最大の尿素プラントは操業を停止した。インド、バングラデシュ、パキスタンの肥料工場も相次いで生産を停止している。尿素価格は開戦前から50〜77%跳ね上がった。北半球はまさに春の作付けシーズンの真っただ中にある。国際エネルギー機関(IEA)はこの事態を「史上最大のエネルギー・食料安全保障上の危機」と呼んだ。
何かが変わりつつある、という段階ではない。すでに変わっている。問題は、この断片的な危機の羅列が、どのような構造的文脈の中で起きているのか——なぜ今、こうなったのか——が見えないことだ。2024年の講義でトランプ再選と米イラン開戦を的中させた分析家が、その構造を一枚の地図として描いている。本記事は、その大局的フレームワークを、いま目の前で進行する危機と接続するために書かれた。
講義と著者について
江学勤(Jiang Xueqin)は1976年広東省生まれ、2歳でカナダに移住した中国系カナダ人の教育者だ。イェール大学英文学部を卒業後、現在は北京の探月学校(Moonshot Academy)で西洋哲学と批判的思考を教えている。
YouTubeチャンネル「Predictive History(予測的歴史)」では、歴史パターンとゲーム理論を組み合わせた地政学分析を発信する。2024年の講義で「トランプが勝つ」「米国はイランと戦争する」「米国はこの戦争に負ける」という三つの予測を提示した。最初の二つはすでに現実となり、チャンネル登録者は200万人を超えた。
本記事が扱うのは、個別の危機の詳細ではない。肥料危機の数値やホルムズ封鎖の具体的影響については、「石油備蓄8ヶ月 vs 肥料備蓄ゼロ:ホルムズ封鎖が暴いた食料安全保障の致命的断層」で詳しく論じた。戦争の帰趨については「米イラン戦:弱者の勝利条件と米国敗北の必然性」に譲る。本記事が担うのは「なぜ今この事態に至ったのか」という文明的文脈と、「どこへ向かうべきか」という方向性の地図そのものである。
1. パックス・アメリカーナ・科学の覇権・ドル支配:三柱が作った世界
ベルリンの壁が崩壊したとき、フランシス・フクヤマは『歴史の終わり』を書いた。資本主義の勝利とともに、人類が何を目指すかはもう分かった——自由な消費者民主主義だ、と。
1989年、ベルリンの壁が崩壊した。冷戦の終結とともに、アメリカの国務省官僚フランシス・フクヤマ(Francis Fukuyama)は「歴史の終わり」を宣言した。資本主義が勝利し、人類の到達点は「自由な消費者民主主義」だと。この宣言が象徴するのが「単極の瞬間」(Unipolar Moment)——アメリカが唯一の覇権国として世界を統べる構造である。

江学勤はこの構造を三本の柱で説明する。第一の柱は「パックス・アメリカーナ」(アメリカの平和)だ。航空優勢と特殊部隊、CIAによる各国政府への浸透、そして「ルールに基づく国際秩序」(Rules-Based International Order)という制度的な隠れ蓑。この三重構造が、世界中の紛争を抑え込んだ。東アジアもその恩恵を受けた。日本、韓国、中国、ベトナムは互いに戦わず、グローバル経済に参加することで空前の繁栄を手にした。
第二の柱は「科学の覇権」である。宗教に代わって科学が世界の「正統な信仰」となった。科学者は国境を超えた「国際的な聖職者集団」として機能し、NatureやScienceへの掲載がキャリアの頂点とされた。忠誠心の対象は自国ではなく、科学という国際的な秩序だった。そしてその秩序の頂点に座るのはアメリカである。
第三の柱は米ドルの普遍性だ。ただの紙切れに過ぎないものを、世界中の人間が「価値」と信じ、一生をかけて蓄積しようとする。1億ドルと10億ドルに実質的な差はない。使いきれない。だが人はより多くを求め、その追求に人生を捧げる。ドルは通貨であると同時に、世界を動かす信仰でもあった。
注目すべきは、この三柱が「支配」であると同時に「恩恵」でもあったという点だ。日本の戦後の平和と繁栄は、まさにこの構造の上に成り立っていた。パックス・アメリカーナが地域紛争を抑え、科学の国際秩序が技術移転を促し、ドル基軸体制がグローバル貿易を支えた。問題は、その構造的な依存がほとんど意識されてこなかったことにある。善意の世界秩序だと信じていたものの実態は、アメリカ帝国が多国間機関の背後に隠れた支配構造だった。この認識のギャップが、今起きている混乱の根底にある。
2. 「問うことの禁止」が科学の宗教化を示す:Covidという露出事例
科学に疑問を呈したとき、中国人もアメリカ人も反応は同じだった。「お前は農民か? 学校に行ったのか? 教養がないのか?」——科学がいかに世界の新しい宗教となったかを示している。
三本の柱は、やがて内側から腐食し始めた。
パックス・アメリカーナは、自らが作った「ルールに基づく国際秩序」を自ら踏み破った。リビア空爆、シリア介入、そして国連決議もなしに始まったイラン攻撃。第一世代が築いた合意形成の仕組みを、第二世代の「傲慢」(hubris)が投げ捨てた。江はこの劣化を世代交代の力学として読み解く。
科学の覇権もまた、革新の原動力から「正統教義の強制装置」へと変質した。江はこの30年間、大きな科学的革新はほとんど起きていないと指摘する。シリコンバレーが生んだのはフードデリバリーアプリであり、既存技術の普及と拡張だった。科学は発見の方法から、疑問を封じる権威へと転倒した。
この転倒が集中的に露出したのがCovidだった。江は批判的思考の教育者として、ワクチンについて率直な疑問を友人たちに投げかけた。従来のワクチン開発には10年かかる。ウイルスは絶えず変異している。十分な治験データがない段階で安全と言い切れるのか。
Pfizerワクチンの承認をイギリスは急いだのかもしれないと思いますか?
— Alzhacker (@Alzhacker) July 6, 2021
様々な政府の公衆衛生機関が手抜きをしていないという声明を出しています。しかし、通常は10年以上かかるプロセスを9ヶ月に短縮して、手を抜かないということはできません。これには論争の余地はありません。
返ってきた反応は、中国人からもアメリカ人からも同じだった。「科学を疑うのか。お前は無教養だ」。この反応そのものが、科学が宗教化した証拠だと江は言う。問いを立てること自体が「異端」として排除される構造。パンデミック期に「なぜ疑問を持っただけで排除されたのか」という経験をした読者にとって、江のこの観察は、個人的な体験に構造的な説明を与えるものだろう。
筆者自身も2020年4月の時点で、過去のSARSやMERSでは10年経っても効果的なワクチンが存在しないこと、抗体依存性感染増強(ADE)のリスク、ウイルス変異の可能性を挙げて同様の懸念を表明していた。科学的に当然の問いだったはずだ。
ドル覇権の腐食も同時進行していた。無限に近い通貨発行は格差を悪化させ、若者世代を追い詰めた。どれほど働いても、団塊世代が蓄積した富には追いつけない。その絶望が「静かな退職」(quiet quitting)やギャンブル依存を生んだ。ビットコインに全財産を投じるのは、合理的な投資ではなく、壊れたゲームへの拒否の表現である。
三柱の腐食は別々の問題ではない。軍事的傲慢、科学的硬直、経済的寄生——この三つが同時進行し、互いを加速させている。米イラン戦争は、この構造的崩壊の「象徴的事件」だ。一人の大統領の決断でも、一国の策謀でもなく、単極の瞬間が終わるときに必然として現れる出来事である。
3. 肥料が消えれば、収穫が消える:80億人の命をつなぐ見えない鎖
なぜ君たちは畑で農作業をせず、この教室で私から学んでいられるのか。エネルギーがあるからだ。中東の石油があるからだ。
単極の瞬間の崩壊は、抽象的な地政学の話ではない。それは食卓に直結する。
江学勤は教室にいる学生たちに問いかけた。この部屋にあるすべてのものを見てみろ。パソコンの原料は石油だ。化学繊維の服も石油。薬も石油。食べている食料は肥料から来る。肥料は天然ガスから作られる。つまり石油だ。現代文明のあらゆる要素が、安価な石油というたった一つの物質的基盤の上に乗っている。

この構造の脆弱性が、いま目の前で崩壊しつつある。ホルムズ海峡は世界の肥料貿易の約3分の1を運ぶ動脈だ。その動脈がほぼ止まった。世界最大の尿素供給元であるカタール肥料会社(QAFCO)——世界の尿素供給の14%を担う——はLNG施設への攻撃を受けて操業を停止した。
カタールの停止は連鎖を引き起こしている。インドは自国の尿素工場3基の生産を削減し、バングラデシュは5工場中4工場を停止した。尿素の国際価格は開戦前の1トン約482ドル(約7万2,000円)から720ドル(約10万8,000円)へ、50%以上跳ね上がっている。

タイミングが致命的だ。北半球はまさに春の作付けシーズンの最中にある。肥料は栽培サイクルの初期に投入されるものであり、この時期に届かなければ、数ヶ月後の収穫量を直撃する。米国農業連盟(American Farm Bureau Federation)会長はトランプ大統領に書簡を送り、この「生産ショック」が国家安全保障を脅かすと警告した。米国でさえそうなのだ。土壌が農業に適さず肥料なしには食料を生産できないアフリカや中央アジア、南アジアの諸国にとって、この事態は文字通り飢餓のカウントダウンである。
「石油備蓄8ヶ月 vs 肥料備蓄ゼロ:ホルムズ封鎖が暴いた食料安全保障の致命的断層」で指摘した構造が、予測ではなく現実として展開している。石油には戦略備蓄がある。だが肥料には、国際的な戦略備蓄が存在しない。国連食糧農業機関(FAO)のチーフエコノミストが述べた通り、「湾岸からの輸出が失われれば、代替手段のない即座の世界的不足が生じる」のだ。
効率の極致とは、あらゆる冗長性を排除した状態だ。たとえるなら、全身の血液をぎりぎりまで減らして「最適化」した身体のようなものだ。平時には軽やかに動ける。だが一度出血すれば、回復する余力がない。
「ジャスト・イン・タイム」の供給モデルは平時の効率を極大化する代わりに、危機への耐性をゼロにした。それがいま、現実の数字として露呈している。
見えない依存構造を可視化すること自体が、判断の自律性を取り戻す第一歩だ。石油から肥料へ、肥料から食卓へ、食卓から80億人の命へ。この連鎖を知れば、「元に戻る」という期待がいかに構造的に不可能かが見えてくる。知らないから怖いのではない。知れば備えられる。
4. どの国が生き残るのか:レジリエンスを決める三つの条件
今すぐ、この幻想を捨てろ——来週トランプとイランが和平合意し、数ヶ月後に戦争が終わり、すべてが元に戻るという幻想を。私たちは新しい世界に向かっている。適応するか、死ぬか。それだけだ。
単極の瞬間が終わるとき、生き残る国と消える国を分けるのは何か。江学勤は「効率からレジリエンスへ」という転換を軸に、三つの条件を提示する。
第一の転換:物質主義から精神性へ

これまで各国政府は、国民に物質的な豊かさを提供することで正統性を維持してきた。車があり、家があり、食べ物がある。だから黙って従え。だが資源が縮小する世界では、この取引は成立しない。国民の結束を保つには、物質に代わる精神的な紐帯が必要になる。江はここで宗教の再興を指摘するが、問題は東アジアの非宗教性だ。日本、中国、韓国、ベトナムは、世界地図の中で突出して宗教的紐帯が弱い。物質的繁栄が剥がれ落ちたとき、何が共同体を結びつけるのか。これは東アジアに固有の構造的脆弱性である。
第二の転換:個人主義から共同体・家族へ
単極の瞬間は「自我」(ego)の時代だった。自分さえよければいい。他人のことは気にしない。この価値観は、豊富な資源と安定した秩序があって初めて維持できる贅沢品だった。資源が逼迫し、秩序が揺らぐ世界では、「助け合い」は美徳ではなく生存条件となる。
第三の転換:老から若へ
江が「最も困難な問題」と呼ぶのがこれだ。先進国の富と権力は、団塊世代が握っている。最高の医療を享受し、100歳まで生きる彼らは、あと20年は権力の座にとどまりうる。一方で若い世代は、指導に必要な経験と専門性を積む機会すら奪われている。歴史上、これほどの老年支配(ジェロントクラシー)は存在しなかった。単純に高齢者が長生きしなかったからだ。
ここで一歩引いて考えたい。江の三転換——物質から精神へ、個人から共同体へ、老から若へ——は、イリッチが半世紀前に提示した「コンヴィヴィアリティ」(自律共生)の条件と構造的に重なる。効率の極大化が人間的尺度を破壊し、制度が本来の目的と逆の効果を生み出す。イリッチはこれを「制度的逆生産性」と呼んだ。効率からレジリエンスへの転換とは、言い換えれば、人間的尺度の回復にほかならない。
ただし、ここに決定的な分岐がある。「国家が主導するレジリエンス転換」と「個人・共同体が横に構築する転換」は、まったく異なる方向性だ。前者はテクノ監視国家——AIによる資源配分、デジタルIDによる人口管理、社会信用スコアによる行動制御——へと容易に滑り落ちる。江自身もこの可能性を「テクノ・マルキシズム」として警告している。レジリエンスの名のもとに自律性を差し出すなら、それは単極の瞬間の次の檻に入るだけだ。
5. 江学勤が「全財産を日本に投資する」と言った理由——ただし、条件がある
日本でこの問題が最も切迫しているからこそ、日本が最初に解決するだろう。

江学勤が講義で最も時間を割いたのが日本だった。世界で最も高齢化が進んだ国。食料自給率は低く、エネルギーの大半を輸入に依存し、非宗教的で精神的紐帯が弱い。三つの転換条件のすべてにおいて、日本は最も不利な位置にいるように見える。
ところが江の結論は逆だった。「この問題を最初に解決するのは日本だろう」。
論理は逆説的だ。危機が最も深い国こそ、最も早く対処を迫られる。そして日本には、歴史的なレジリエンスの実績がある。元寇の危機、明治維新の急速な近代化、敗戦からの復興。外圧に直面したとき、この国は繰り返し自己変革を遂げてきた。
さらに江は、日本の文化的特質に注目する。他の国では、老年世代から若年世代への権力移譲は暴力的な手段——革命や内戦——を必要とする可能性が高い。だが日本は例外かもしれない。高齢者が国と共同体に対する義務感から、自発的に権力を手放す可能性がある唯一の国だと江は見る。
意外に思われるかもしれないが、この見方には一定の合理性がある。日本文化における「引き際の美学」や「次世代への責任」という規範は、他の先進国には見られない資源だ。ただし、それが現実に機能するかどうかは、まったく別の問題である。
実際、現在の日本の政治構造を見れば、老年支配は制度的に深く根を下ろしている。政治資金、派閥構造、メディアとの癒着、官僚機構——権力の移譲を阻む仕組みは重層的だ。文化的な美徳が制度的な障壁を突破できるという保証はどこにもない。
江の楽観論は、希望の方向性を示す仮説として受け止めるべきだろう。重要なのは「日本は変われるか」ではなく、「どの方向に変わるか」だ。国家主導の管理強化か、それとも市民と共同体が自律的に新しい関係を構築していくか。この分岐点にこそ、日本の未来がかかっている。
単極の終わりは、人間的尺度への回帰の始まりだ
腐敗した世界の唯一の良い面は、人々が自分で考えざるを得なくなったことだ。
江学勤の講義が届けるのは、断片的なニュースからは決して見えない地図だ。パックス・アメリカーナの平和、科学の覇権、ドルの普遍性。この三柱が作った世界に生きてきた私たちは、その構造が「自然な状態」だと思い込んでいた。だがそれは歴史のほんの一瞬にすぎず、その一瞬は終わりつつある。
「終わりつつある」ではない。終わった。ホルムズ海峡が閉じ、肥料の供給が止まり、日本が石油備蓄を取り崩し始めた2026年3月の時点で、「単極の瞬間」はもはや歴史的記述の対象だ。問題は「元に戻るか」ではなく、「崩壊の先に何を構築するか」に移っている。
「元に戻る」という期待を手放すことは、絶望ではない。むしろ出発点である。単極の瞬間が終わるとは、超効率システムへの強制的な依存が終わるということでもある。石油から肥料へ、肥料から食卓へ、食卓から80億人の命へとつながる見えない鎖。その鎖の存在を知ることは、鎖なしに生きるための知恵を探す出発点になる。
江は三つの転換を示した。物質から精神へ。個人から共同体へ。老から若へ。その方向性の核心にあるのは、効率の極大化が奪ってきた「人間的尺度」の回復だ。イリイチの言葉を借りれば、道具が人間に仕えるのか、人間が道具に仕えるのか、という問いである。
だが、ここで慎重に問いを立てなければならない。「レジリエンスへの転換」という看板は、正反対の二つの方向を指しうる。一方にはAI監視国家、デジタルID、社会信用スコアによる「効率的な」人口管理(ニューノーマル)がある。他方には、個人と共同体が自律的に関係を結び直す並行社会的な実践がある。前者は単極の瞬間の次の檻であり、後者は檻の外に出る試みだ。
既存のシステムとの正面衝突でも、完全な離脱でもない。「横に構築する」——チェコの反体制運動家ヴァーツラフ・ベンダ(Václav Benda)が提唱した並行社会の核心はここにある。できるところから始め、既存の社会との関係を保ちながら、自律的な生活の場を一つずつ作っていく。過激な全面離脱でも無力な傍観でもない、第三の道だ。
地図があれば、人は進める。江学勤の講義はその地図の一枚を提供した。だが地図を眺めるだけでは、一歩も進まない。知識を備えに変えるのは、制度でも国家でもなく、具体的な場所で具体的な人間が始める小さな実践の積み重ねである。
単極の瞬間が崩れるとき、私たちは二つの未来の分岐点に立たされる。一方には、効率の論理を引き継いだまま管理の主体だけが入れ替わる世界がある。他方には、依存の構造そのものを問い直し、人間的尺度で関係を結び直す世界がある。
どちらに向かうかは、次の覇権国が決めることではない。いま、自分がどこに足を置くかという、一人ひとりの選択の集積が決める。
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