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並行社会の歴史的祖先——スコット『ゾミア』に学ぶ逃散の技法

歴史を持つ民の歴史は階級闘争の歴史だと言われる。同じくらい真実をもって言いうるだろう——歴史を持たぬ民の歴史は、国家に抗する闘争の歴史である。

— ピエール・クラストル(フランス政治人類学者)

はじめに

250万平方キロ、約1億人——ヨーロッパに匹敵する広さの空間が、東南アジア大陸部の山岳地帯に広がっている。そこに暮らす人々は「未だ文明に出会っていない少数民族」ではない。「文明に出会い、それを拒んだ人々の子孫」だ。

「並行社会」という言葉を聞いて、これは現代の発明か、それとも人類史の標準形だったのか、と立ち止まった経験はないだろうか。本書はその問いに、2000年にわたる東南アジア山岳地帯の歴史で応える。

スコットが提示するのは、定着農耕=文明=進歩という単線的な階段の否定だ。本書を読めば、教科書で習った「進化の階段」が、国家が自らを正当化するために編んだ物語にすぎないと見えてくるはずだ。むしろ世界の広大な領域では、人々はこの階段を下りる方向を選び続けてきた。

本記事の焦点は明確にする——ゾミア論の核心を抽出し、現代の並行社会構想へ接続する。地理的な逃避が終わった現代において、逃避の論理がどのように継承され、規模を変えて再実装されているか。読み終えたあと、自分の暮らしのどこに、すでに小さなゾミアが芽生えているか、その問いに自分なりの答えを持ち帰ってもらえれば幸いである。

ゾミアの地図。青色で示された部分は、ヴァン・シェンデルが後に提案した地理的範囲の拡張部分である。

※記事タイトルの「逃散(ちょうさん)」について:国家の支配から逃れ、分散しながらも社会的なまとまりを保ち続ける戦略的な移動と定住の技法。単なる「逃亡」ではなく、可視化を拒み続ける能動的な実践を指す。

ここで興味深いのは、日本の歴史にも「逃散(ちょうさん)」と呼ばれる類似の現象が存在したことだ。戦国時代から江戸初期にかけて、年貢や課役に耐えかねた農民たちは集団で村を離れた。ただし日本の逃散は、ゾミアのような「恒久的な国家からの離脱」ではなく、「減税や代官罷免という要求を突きつけるための一時的な戦術」だった。逃げた先から領主と交渉し、要求が通れば村に戻る——これが前提とされていた。

スコットの分析で言えば、これは「日常的抵抗」の一形態であり、「国家から完全に抜け出す」ゾミアとは異なる回路を持つ。両者を比較すると、逃避という行為が単なる「負け」ではなく、支配への対抗手段として、文化や制度を超えて普遍的に発明されてきたことが見えてくる。

1980年代から続く一貫したテーマ——国家化されえない領域への問い

ジェームズ・C・スコット(James C. Scott、1936-2024)は、イェール大学政治学・人類学教授を長く務めた、国家論・抵抗研究の第一人者だ。研究の出発点は東南アジアの農民研究にあった。

スコットの主著群を時系列に並べると、一つの線が見えてくる。『モーラル・エコノミー』(1976年)では農民の道徳経済と反乱の論理を、『弱者の武器(Weapons of the Weak)』(1985年)では日常的抵抗の人類学を、『国家のように見る(Seeing Like a State)』(1998年)では国家による「可読化」プロジェクトの批判を展開してきた。

そして本記事で扱う『ゾミア——脱国家の世界史』(原題:The Art of Not Being Governed: An Anarchist History of Upland Southeast Asia、2009年)は国家からの逃避の歴史人類学であり、その後の『反穀物の人類史』(2017年)は穀物国家の起源批判へと続いた。

一貫しているのは、「国家化されえない領域」への問いだ。農民の沈黙のなかにある抵抗、ガイドラインに収まらない実践、地図に描かれない空間——スコットはそれらを丹念に拾い上げてきた。

本書の方法論は学際的である。歴史学・人類学・地理学・農学を横断する。漢の南西部拡張史、ビルマ・シャムの奴隷狩り、焼畑農学、口承伝承、民族誌——多様な証拠を縫い合わせて、ひとつの仮説を立ち上げる。

副題には「アナキストの歴史(An Anarchist History)」とある。誤解を避けたい。ここでのアナキズムは、テロリズムや無秩序ではない。自発的合意と分散的構築を重んじる古い伝統だ。クロポトキンからクラストルへと続く流れに、本書は位置している。

ゾミアという言葉自体は、地理学者ヴィレム・ファン・シェンデル(Willem van Schendel)が提唱した造語である。「Zo(遠隔の)」と「mi(人々)」というチベット・ビルマ語族の共通語に由来する。シェンデルが地域として発見し、スコットがそれを理論として鍛え上げた。

1. ヨーロッパと同規模の脱国家空間

サンスクリットの舌は標高500メートルで沈黙した

— ポール・ホイートリー(歴史地理学者)

地図上で東南アジアを思い浮かべるとき、何が見えるだろうか。タイ、ベトナム、ミャンマー、ラオス、カンボジア——平地に展開する国民国家の輪郭だ。だがこれは「水平の視覚」にすぎない。垂直に視点を移すと、まったく別の地理が立ち上がる。

ゾミアとは、ベトナム中部高地から北東インドに至る山岳地帯の総称である。標高300m以上、面積は約250万平方キロにのぼる。これはヨーロッパとほぼ同規模で、日本の面積の6.6倍にあたる。そこに約8000万から1億人の少数民族が暮らす。中国南西部、ミャンマー北部、ラオス、タイ北部、ベトナム高地、インド北東部——5つ以上の国家にまたがる、「水平」では捉えきれない空間である。

人口密度を見るとゾミアの特異性が浮かぶ。1600年時点で東南アジア全体の人口密度は1平方キロあたり約5.5人、インドは35人、中国は37人だった。ゾミア内部はさらに低く、同地域の山岳部では1平方キロあたり1~3人程度と推定される。広大さに対して人が薄く分散している空間——これは偶然ではなく、戦略の結果だ、というのが本書の中心命題である。

ホイートリーの一行が象徴的だ。「サンスクリットの舌は標高500メートルで沈黙した」。インド文明・中国文明の語彙、文字、官僚制、徴税制度は、ある高度を境に途絶える。標高は単なる地形の高低ではない。文明圏と非文明圏の分水嶺だった。

ここで一つ立ち止まろう。なぜこの巨大な空間が、20世紀末まで「発見」されなかったのか。シェンデルがゾミアを概念として提示したのは2002年のことだ。それ以前、この空間は「ベトナム高地民族」「ミャンマー山岳民」「中国少数民族」と国別に分割され、横断的には捉えられていなかった。

「気づかれなかった」のは偶然ではない。地図・国境・行政区分は「水平の視覚」を強要する。国民国家のレンズで世界を見る限り、垂直に展開する別の社会的論理は視野から消える。ゾミアの発見遅延そのものが、国家中心の認識論がどれほど深く沁み込んでいるかの症候だった。

日本でも類似の感覚はある。「山の民」と「里の民」——平野部の農耕社会と、山間部の修験道・木地師・マタギ・サンカといった移動民の系譜。両者は同じ列島に共存してきたが、歴史記述の中心にあるのは前者で、後者はつねに「周縁」として扱われる。ゾミア概念が東南アジアに対して行ったのと同じ反転を、日本の山地史に対しても試みる余地がある。

垂直の地理は、別の社会的論理を保持する空間である。

2. 灌漑稲作はなぜ国家を作るのか

野菜は籠に入れよ。人はムアン(国家)に入れよ

— タイのことわざ

国家はどこに生まれるか。スコットの答えは明快だ。「人と穀物が集中できる場所」である。ここから演繹される一連のメカニズムが、本書の骨格をなす。

まず作物の選び方が問題になる。タイのことわざが示すように、人と穀物を「容器に入れる」ことが国家化の本質だった。すべての作物が平等に国家化を許すわけではない。決定的なのは「可読化可能性(legibility)」、つまり徴税官の目に見え、評価でき、徴収できるかという基準である。

灌漑稲作はこの条件を完璧に満たす。理由を整理すると以下のとおりだ。

  • 収穫時期の同時性——徴税の時期を画一化できる

  • 地上面での生育——目視で生育状況と収量を把握できる

  • 貯蔵性——徴収後に保管・運搬・分配が可能

  • 連作性——同じ土地で世代を超えて捕捉できる

これに対して、根菜(キャッサバ、ヤム、サツマイモ)や森林採集物は逆の性質を持つ。地中に保存され、収穫時期が一定でなく、目視では把握しづらい。徴税官にとっての悪夢だ。

地理もまた決定的に作用する。「摩擦の地形(friction of terrain)」という概念が出てくる。たとえるなら、国家権力は液体のように低きに流れ、高みには届きにくい。歩兵の一日移動距離は平坦地で約24kmだが、ミャンマー東部シャン州の雨季では13kmまで落ちる。古代中国には「千里以上の穀物販売をするな」という格言があった。荷牛は250km走れば、運んだ穀物と同量の飼料を消費してしまうからだ。

水運はこの摩擦を一気に解く。17世紀ヨーロッパでは海運のコストは陸運の5%だった。だから水辺・河口・低地は国家空間になり、山岳・乾燥地は逆に「シバ(siba)」と呼ばれる非統治空間として残った。社会人類学者アーネスト・ゲルナー(Ernest Gellner)の用語であるが、「制度的異議申し立て(institutionalized dissidence)」の地帯が、地形によって地理学的に保証されていた、ということだ。

ここに連なる現代の問題系がある。国家による「見ること」のプロジェクト農学から始まったが、いまや認知そのものを対象としている。マイナンバー、社会保険、デジタルID、CBDC、生体認証、社会的信用スコア——いずれも個人を「可読化」する技術であり、その論理はビルマ王朝の検地と地続きだ。「収穫の同時性」というメカニズムは、「給与振込日」「税申告期限」「健康診断」といった現代の時間統制の祖型と言える。

「可読化への抵抗としての暗黙知」という論点については、『あの違和感は何だったのか』で、現代のパンデミック・ナラティブとの関係から扱った。本書が照らすのは、その歴史的・農学的起源である。国家は穀物から始めて、いま脳の中身を測ろうとしている。

この「可読化への抵抗」の現代的実装として注目されるのが、「難読化(Obfuscation)」という手法である。意図的なノイズを加えることでデータの価値を低下させ、プロファイリングを無効化する戦略は、偽の検索クエリを自動生成するTrackMeNotから、ポイントカードの集団交換まで、具体的な形をとる。

スコットの言う「逃避農法」がキャッサバで徴税官の目を欺いたように、難読化はデジタル監視の「収穫」を腐らせる技法である。

国家とは、地形と作物と時間の交点に立ち上がる装置である。

3. ビルマ人口の40%は捕虜の子孫だった

土地はある、しかし民がいない。民なき土地はただの荒野である

— 『ガラスの宮殿年代記』(ビルマ王朝史書)

国家のもう一つの条件は、人の集中だ。「土地ではなく人間が国家の本質である」——『ガラスの宮殿年代記』の一行は、前近代東南アジア国家の構造をひと言で言い切る。

ここに反直観的な事実がある。前近代の東南アジアでは、土地は余っており、希少なのは労働力だった。だから戦争の主目的は、領土ではなく捕虜の獲得である。「奴隷狩り」を主要産業とする国家——これが本書の描く東南アジアの実像だ。

数字を見れば衝撃を受けるだろう。

  • 18世紀末ビルマのコンバウン王朝:人口約200万人のうち、捕虜・奴隷の子孫であるアフムダン(王室奉仕者)が15〜25%

  • 1660年のペグー周辺:半径200km内の人口の40%がアフムダン

  • 18世紀末シャム:中央盆地人口の3分の1以上がラオス・モン捕虜

  • 19世紀チェンマイ王国:人口の4分の3が戦争捕虜、チェンセンでは60%近くが奴隷

東南アジア奴隷制研究の一次資料

ゴルコンダの王はかつてこう皮肉ったという。「シャム王国が私の国より大きいことは認める。しかしあなたも認めねばならない——ゴルコンダ王は人を治めるが、シャム王は森と蚊しか治めていない」。前近代国家の指標は「面積」ではなく「動員可能な人口」だったわけだ。

マルクスの一節も思い出される。「奴隷制なくしてギリシア国家なし、ギリシア芸術と科学なし。奴隷制なくしてローマ帝国なし」。本書はこの認識を東南アジアに拡張する。「文明国家=奴隷制国家」という連動は、地中海世界に限られた現象ではなく、前近代国家の一般則だった。

スコットは「法定人口(fiscal population)」という概念を導入する。行政的に可視化され、課税・徴兵・徴用が可能な人口、という意味だ。

さらに「国家アクセス可能生産物(State-accessible product、SAP)」という概念で、GDPと対立的に捉える。国家が実際に手にできる生産物は、生産総額のごく一部にすぎない。だから国家は法定人口の最大化に死活的にこだわる。

もう少し丁寧に書こう。前近代国家の暴力は、領土の拡張ではなく、人の囲い込みに向けられた。「奴隷狩り」「人狩り」が日常だったのである。

ここで現代へ橋を架けよう。「市民」「国民」という美しい言葉が覆い隠しているものは何か。徴税、徴兵、徴用、社会保険料、納税者番号——いずれも法定人口の現代的装い、と読める。「人口減少」が問題視されるとき、政府が懸念しているのは何だろう。共同体の消滅か、税基盤の侵食か。問いを立て直すと、近代国家もまた、姿を変えた「人を治める」装置に見えてくる。

国家とは、人間を法定人口へと変換する機構であった。

4. 野蛮人はいかに作られたか

野生のインディアンは、野生の馬と同様、保留地に囲い込まれねばならない。そこで彼らに労働を覚えさせるのだ

— 米国インディアン局職員(1865年、ショショニ族について)

「文明と野蛮」は、対立する二つの実体ではない。互いに定義し合う関係的なカテゴリーだ——本書の主張のなかで最もラディカルなものの一つである。

漢の歴史記述には、「生蛮(sheng)」「熟蛮(shu)」という区別がある。生蛮とは、国家の法的主権の外にあり、登録されず納税しない民。熟蛮とは、行政登録され間接支配下に入った民である。違いは文化の進歩段階ではない。政治的地位の差だ。歴史学者ジョセフ・チェセテ(Joseph Csete)が中国南部の海南島民を分析した結論は明快である——「生・熟の定義は、ほぼ政治的意味のみを持ち、文化的意味はほとんどない」。

ここで考えてほしい。中国・ビルマ・タイの文明化言説は、ある奇妙な構造を持つ。文明から野蛮へという「逆方向」を記述する語彙を、構造的に持たないのだ。あらゆる移動は「文明化」「同化」「進歩」として記述され、その逆——「再野蛮化(en-barbarianize)」——は理論的に存在しないことになっている。

ところが実際には、逆方向の移動は歴史的に頻発した。重い徴税、苛酷な賦役、宗教迫害、疫病、戦争——平地の臣民たちは繰り返し丘陵へ逃げた。司祭ヴィンチェンツォ・サンジェルマーノ(Vincentius Sangermano)は19世紀初頭のビルマでこう記録している。「私が初めてペグーに着いたとき、アヴァ川の各曲がり角には集落が長く連なっていた。だが帰国時には、ごく僅かの村しか見えなかった」。文字通り、国家臣民が国家から流出していたのである。

歴史記述がこの流出を捉えられなかったのは、語彙がなかったからだ。「文明化」の枠組みは、移動の方向を一方通行に固定する。「野蛮人になる」という述語を持たない言語で書かれた歴史は、現実の半分しか記述できない。

アルジェリア駐留フランス将校(1845年)はこう述べている。「あらゆる場所にいてどこにもいないこの民を、まず集団に集めること——掴める何かに変えること……身体を捕らえたあとに、おそらく心も捕らえられるだろう」。文明化とは、「掴めない人々を掴める存在に変える」プロジェクトであり、その本質は心理ではなく行政だった。

5. キャッサバ・サツマイモ・トウモロコシ——国家を破壊する作物

リス族は威圧的で専制的な首長を嫌う……リス族が語る、殺害された首長の話は枚挙にいとまがない

— ポール・デュレンバーガー(Paul Durrenberger、人類学者)

ここで本書の独創がいっそう際立つ箇所に来た。「逃避農法(escape agriculture)」という概念だ。文字通りに読むと変な表現に聞こえるだろう。農業に「逃避」も「迎合」もあるのか、と。

ところがある。

国家への可読化を最大化する作物が灌漑稲作なら、逆に最小化する作物群もある。スコットの整理では、根菜類、トウモロコシ、雑穀類が「逃避作物」として機能する。それぞれの特徴を並べると、ゾミア住民の戦略がよく見える。

  • キャッサバ——収穫まで地中で2年間保存可能、労働対収量比が最高

  • サツマイモ——標高に強く、痩せ地でも育つ

  • トウモロコシ——標高1200m以上でも栽培可能(陸稲の限界は1000m)

  • ジャガイモ——スコットは18世紀プロイセン侵攻への耐性をその例に挙げる

これらの作物は、徴税官に評価される前に、地中に保管されているか、目立たない場所に育っている。「破壊された村」を点検した徴税官の前で、キャッサバはなお地中で時を待つ。トウモロコシ畑は森と入り組み、稲田のように一覧できない。

決定的だったのは、新世界起源の作物群がコロンブス交換を経て16〜17世紀にゾミアに到達したことだ。それ以前のゾミア農業はすでに焼畑中心だったが、キャッサバ・サツマイモ・トウモロコシの到来は、逃避農法を激変させた。徴税を逃れる人々の選択肢が、生態学的に拡張されたのである。

ここに現代パーマカルチャー思想との理論的合流が見える。多層植栽、多種共生、低エネルギー投入、分散性、冗長性——これらの設計原理は、農業生産性の向上という観点だけでなく、「収奪困難性」という政治的属性と表裏一体だ。バルコニーや庭での根菜栽培、雑穀の保存、家族間での種子交換、ゲリラガーデニング——いずれも、現代における逃避農法の小さな実装と言える。

社会構造も同じ論理で説明できる。「アセファラス(acephalous;首長を持たない)」社会平等主義、移動性、小規模分散——これらすべてを、本書は「逃避的社会構造」として読み替える。

カチン族の「ガムラオ(gumlao)」体制が好例だ。階層的なガムサ(gumsa)への振り子運動を持ちつつ、首長が専制的になりすぎると、殺害または追放によってガムラオに戻る伝統がある。リス族については、人類学者デュレンバーガーの観察通り、「殺害された首長の話は枚挙にいとまがない」。

伝統的な衣装を着たカチン族の酋長ドゥワ ンゴタ ラ(1920年代、ビルマ、カチン丘陵;カラー化)

人類学者マルコム・ヤップ(Malcolm Yapp)はこれを「ゼリー状の部族(jellyfish tribes)」と呼んだ。輪郭がなく、中心がなく、つかもうとしても指の間からすり抜ける——徴税官にとって悪夢のような社会構造だ。

「結局それって、原始的なだけじゃないの」と感じる読者もいるだろう。スコットの応答はこうだ。原始性と戦略性は対立しない。むしろ、長い淘汰圧を経て「収奪されない」ように洗練された構造こそが、外部から見れば「原始」に見えるのである。

国家を作る作物と国家を遠ざける作物——同じ農学の中に、二つの政治学が並走する。

6. 文字を持たないことという選択——「歴史を持たないこと」の戦略

ビルマでは、ある人種や「部族」が、衣服を変えるのとほぼ同じ頻度で言語を変える

— J・H・グリーン(インド国勢調査1931年)

文字を持たないこと、固定された歴史を持たないこと、安定したエスニシティを持たないこと——これらは「欠如」だろうか。本書は逆に読む。能動的な「選択」として、文化戦略の三位一体を成すと。

第一の戦略は、後文字社会(post-literate society)である。

通常の進化論的歴史観は、社会を「前文字 → 文字使用 → 完成」という一方向の階段として描く。本書はこの階段を疑う。山岳民の多くには「われわれの祖先はかつて文字を持っていた」という伝承がある。たとえば「文字を牛の皮に書いていたが、空腹で食べてしまった」というモチーフは、東南アジア各地に広く分布する。

ベルギーのアフリカ史家ヤン・ヴァンシナ(Jan Vansina)は、ブルンジ王国の宮廷についてこう報告する。「元高位摂政が私に語った——歴史は宮廷で何の関心も呼ばなかった、だから歴史記録はほぼ存在しない。政治体制を見れば、それが理由だ」。記録のない宮廷、系譜のない王族——非中央集権的体制は、固定された歴史を必要としない。

クラストルの一行が刺さる。「法はその厳格さにおいて、同時に書記である。書記は法の側にある。書記は直接に法の力を語るのだ」。

文字は中立的な記録媒体ではない。法と権力と密接に結びついた技術である。だから「文字を持たない」とは、法と権力を遠ざけるための積極的選択でありえる。

ブルンジのムワンブツァ4世、つまり最後から2代目のムワミの伝統的な王宮

第二の戦略は、エスニシティの流動性である。

カチン族の村を植民地担当官が訪れる。130世帯あって、母語が6種類混在している。リングワ・フランカ(共通言語)はジンポー語。住民の一部は5〜6年前にミャオ族としてやってきて、今はカチンとして暮らしている。植民地官僚は困惑する。「民族を混合して分別なく配置している。同じ村にカチン、パラウン、ラー、ワ、中国人、シャンがいる」。

引用したグリーンの一行が決定的だ。ビルマでは人種や部族が「衣服を変えるのとほぼ同じ頻度で言語を変える」。エスニック・アイデンティティは岩盤ではない。状況依存的に発動する流動的な装置である。それを「実体」として把握しようとする国勢調査は、自分が捉えようとしているものを取り逃がし続ける。

スコットはこれを「ラディカル構築主義(radical constructionism)」と呼ぶ。「部族」は実体ではなく、国家の行政単位として外部から創出された二次的構成物なのだ。ローマ帝国、大英帝国、清朝、オランダ植民地——いずれも、自分たちが統治しやすいように、現地の流動的集団を「○○族」に整形し直してきた。

第二次世界大戦のカチン族

第三の戦略は、ミレニアリズム(千年王国運動)と預言者である。

山岳民の反乱は、ほぼ常に「奇跡を起こす預言者」「来るべき王」の運動形態をとる。なぜか。分散的・平等主義的な社会には、平時には超民族的連合を作る仕掛けがない。預言者のカリスマだけが、通常は連帯しない山岳民を一時的に束ねる、唯一の社会的接着剤になる。

カレン族の預言詩はこう謳う——「カレンの王が来るとき、富む者も貧しき者もいなくなる。すべてが幸福になる。ライオンも豹も野生を失う」。具体的に翻訳すれば、「徴税から解放され、賦役から免除され、王に貢物を運ばなくてよくなる」ということだ。ラフ族の集団洗礼を観察した者たちは率直に書いた——「政治的考察、徴税免除、賦役軽減、貢物廃止が、最も顕著な動機だった」。

口承文化、流動的アイデンティティ、預言運動——これら三位一体は、しばしば「未開」「迷信」「非合理」として片付けられる。視点を変えると、分散社会で生存し続けるための、極めて合理的な文化戦略の組み合わせだったと見えてくる。「分散社会で大規模連帯を可能にする唯一の機構」として、ミレニアリズムは合理性の極致であり得たのだ。

欠如と見えるものは、長い淘汰を経た選択の結晶でもありうる。

1896年に撮影されたカレン民族スゴー・カレン族)の女性たち

7. 崩壊と再生のインフラとしての辺境

家族間の混乱した関係を逸脱としてではなく規範として捉えたなら、東南アジア史はどう見えるだろうか

— トニー・デイ(Tony Day、歴史人類学者)

ゾミアは特殊な現象なのか、それとも世界史的に偏在する構造なのか。本書の射程をさらに広げるとき、「シャッターゾーン(shatter zone)」という概念が鍵になる。

シャッターゾーンとは、強大な国家の周縁に形成される、逃亡者・難民・反乱者・少数派が混淆する地帯のことだ。ゾミアはその東南アジア的形態だが、似た構造は世界各地に見られる。

  • コサック——ロシア各地から逃れた農奴・脱走兵が混合して形成された「民族」

  • バルカン半島——東西の帝国と宗教の境界に堆積した多言語・多宗教の地帯

  • アパラチア山脈——英国・スコッツ・アイリッシュ・アフリカ系・先住民の混淆

  • アマゾン奥地——植民地主義から逃れた先住民・脱走奴隷の避難地

  • アフリカのサヘル——複数の王国・遊牧民・隊商の交差点

  • 北米のマロン社会——脱走奴隷の山岳・湿地コミュニティ

ベルベル人のことわざが端的に示す。「分断せよ——支配されぬために」「raiding is our agriculture(襲撃こそ我らの農業だ)」。これらは野蛮な慣習ではなく、国家化への反作用として歴史的に形成された対抗的戦略の言語化だった。

歴史人類学者デイの問いに立ち戻ろう。家族間の混乱した関係を「逸脱」ではなく「規範」として捉えたら、東南アジア史はどう見えるだろうか。同じ問いを世界史に拡張するとどうなるか——絶対主義国家を規範とする歴史記述から、シャッターゾーンを規範とする歴史記述への転換が見えてくる。

ここで崩壊論との接続が浮上する。ロシアの分析家ドミトリー・オルロフは『五段階崩壊論』(2013年)で、金融崩壊・商業崩壊・政治崩壊・社会崩壊・文化崩壊の段階モデルを提示した。中心が機能停止する局面で、周縁に蓄積されてきた知恵——分散性、冗長性、互酬、口承知、非貨幣的交換——が生存基盤として再起動する。

オーストラリアの実践家デヴィッド・ホルムグレン(David Holmgren、パーマカルチャー共同創始者)は『未来のシナリオ』(2009年)で、エネルギー降下時代における周縁回帰を予測する。中心の効率優位は化石燃料の高EROI(投入エネルギーあたり産出)に依存していた。EROIが落ちれば、中心は内側から崩れ、周縁の冗長な実践が再評価される。

つまり、シャッターゾーンは「歴史的辺境」だけではない。「崩壊と再生のインフラ」として、未来に向けても機能する構造である。

日本の経験を重ねてみると、戦後の食料危機におけるヤミ市、行商、物々交換、闇米、農村への買い出し列車——これらは中心(配給制度)が機能不全に陥ったとき、周縁的・非公式的なネットワークが生存を支えた一例として読める。現代における地域通貨、コミュニティ農園、移住者ネットワーク、技能交換会——これらもまた、同じ系譜の小さな再来と言える。

「でもそれって、結局昔に戻れって言いたいだけだろ」と聞こえるかもしれない。違う。スコットの含意は、過去への回帰ではない。ゾミア的構造は、人類史を通じて何度も再発明されてきたパターンだ。技術環境が変われば、形態は変わる。だが「中心の機能不全に対する分散的応答」という原理は、規模を変えて反復可能である。

辺境とは、中心が忘れたものを保管しておく場所であり、中心が崩れたときに引き出される備えでもある。

8. ゾミアと並行社会——二つの「横方向の構築」

分断せよ——支配されぬために

— ベルベル人のことわざ(再掲)

ここまでの議論を一本の線にまとめてみよう。ゾミアの実践と、20世紀後半の東欧反体制思想——この二つを並べると、構造的な同形性が浮かび上がる。

チェコの反体制知識人ヴァーツラフ・ベンダ(Václav Benda)が1978年に提唱した「並行社会(parallel polis)」の概念は、全体主義体制下での実践戦略を示すものだ。既存システムとの正面衝突でも、完全離脱でもなく——横方向に自律的なネットワークを構築していく。重要な原理は5つあった。

  • 段階性——いきなり完成形を目指さず、できるところから始める

  • 重層性——既存システムと並行構造の両方に足を置く

  • 相互浸透——完全な境界を引かず、既存社会との交流を保つ

  • 実践優先——理論や理想より、具体的な生活の場の構築を重視

  • 分散性——単一の対抗社会ではなく、多様な小規模実践の集積

スコットがゾミアで描いた構造を、この5原理に照らしてみる。

段階性——ゾミア住民は一夜にして山に移住したのではない。世紀単位の漸進的逃避が、土地の高度を競うように積み上がった。

重層性——多くの山岳民は谷の市場と完全に切れていたわけではない。塩、鉄、布のために谷の国家と部分的に交易しつつ、徴税と賦役からは身を遠ざける。「両方に足を置く」の人類史的先例である。

相互浸透——山岳民と平地民の境界は固定されていない。エスニシティが流動的だったように、社会的境界も浸透膜のようだった。捕虜になった平地民が山に逃げ、山民が平地に下りて熟蛮化し、また山に戻る——往復運動が日常だった。

実践優先——理論書を持たない山岳民は、実践の中に知恵を埋め込んだ。焼畑のローテーション、種子の保存、家族と村の単位、儀礼と歴史の柔軟性——いずれも生活の場における具体的解決として継承された。

分散性——250万平方キロにわたる多種多様な民族・言語・慣習。中央指導部もマニフェストも持たない。にもかかわらず、構造的に類似した「逃避戦略」が広く共有された。これは中央集権なしでパターンが拡散する分散ネットワークの典型例である。

ここで本記事の核心命題に辿りつく。クラストルが理論で、スコットが歴史で、ベンダが実践で示したのは、同じ命題の異なる側面である——統治されない技法は、人類史の周縁に常に存在し、繰り返し再発明されてきた。言い換えれば、「国家なき社会」は失われた過去ではなく、常に可能な選択肢である。

両者の歴史的・文化的文脈はもちろん異なる。だが、共有される構造原理——横方向の構築、段階的な漸進、分散性、相互浸透——は文脈を超えた一般性を持つ。原理は同じだが、実装は時代と環境によって変わる。これは過去への回帰ではなく、原理の継承と再実装の話だ。

現代の小さな並行構築は、地域通貨、コミュニティ農園、対面の読書会、技能の相互学習、家族間での種子交換、現金経済外の互酬関係——いずれも歴史的正統性を持つ。それは「弱者の窮余の策」ではなく、二千年の蓄積を継承する実践である。

統治されない技法とは、別の社会を作ろうとする運動ではなく、すでに別の社会を生きてしまう実践である。

統治されない技法は、絶滅していない

未開とは彼らの性であり、本性となった。彼らはそれを楽しむ。なぜならそれは権威からの自由、指導への服従の不在を意味するからだ

— イブン・ハルドゥーン(14世紀の歴史学者・社会理論家)

ゾミアの相対的自律性は、20世紀半ば以降、急速に消滅した。理由は明確だ。距離消滅技術——道路、航空、衛星、無線、デジタル監視——が「摩擦の地形」を解消したのである。GPSが山岳を可視化し、ドローンが密林に届き、デジタルIDが匿名性を侵食する。物理的なゾミアは、地球上から消えつつある。

しかしスコットの発見が示すのは、もう一段深い洞察だ。地理的逃避が終わっても、逃避の論理は終わらない。論理は地理から離れて、別の媒体に移植される。

現代の可読化プロジェクトの徹底に対して、新しい不可読性の戦略が芽生えつつある。暗号、分散保存、対面の知識共有、暗黙知の継承、ヴァナキュラーな実践、地域通貨、種子保存、家族間互酬——これらはデジタル時代の「逃避農法」と「アセファラスな社会」の組み合わせと言える。

とりわけ「難読化」——意図的なノイズによってデータの価値を低下させる技法——は、この系譜において理論的に整合する実践であり、別稿「監視資本主義の巨人たちが最も嫌がる庶民の抵抗戦略「データ難読化」Obfuscation」で詳しく論じた。

ゾミアは消えた。しかしその遺伝子は、別の形態で発現し続ける。

ここまで読んできた読者は、自分の暮らしを別の角度から見直しているかもしれない。家庭菜園、在来種の保存、対面の読書会、技能の相互学習、暗黙知の共有、現金経済外の互酬関係——これらは「逃避」というより「並行」、「離脱」というより「横方向の構築」だ。

スコットが『ゾミア』で描いたのは、1億人がそれぞれの規模で実装し続けた構造である。完成形を目指す革命ではなく、段階的・重層的・分散的・相互浸透的な実践の集積。完璧でなく、純粋でなく、矛盾を抱えながら、しかし続いた。

ここに本書の最も静かな教えがある。「並行社会」とは、設計図でも青写真でもない。すでに存在している実践のパターンに名前を与え、意識化し、強化することだ。あなたの暮らしのどこに、すでに小さなゾミアが芽生えているか——それを見つけることが、第一歩になる。

「ロマン主義に傾き過ぎ」という批判もあるだろう。もっともな反応だ。ただ、ロマン主義では1億人を2000年養えない。スコットの分析は、ゾミアが理論ではなく実証されたシステムだったことを示す。歴史人類学・地理学・農学の縫合作業を経て、二千年の実装記録が証拠として残っている。

イブン・ハルドゥーンの一行に戻ろう。「未開とは彼らの性であり、本性となった。彼らはそれを楽しむ」。ここで重要なのは「楽しむ」という動詞だ。「権威からの自由、指導への服従の不在」——国家の目には「欠如」として映るものを、彼らは欠乏として嘆くのではなく、積極的な享受として体験している。統治されないことは、彼らにとって喪失ではなく、生の様式だった。

ここに含まれる命題を、本書全体の結論として取り出しておきたい——「国家なき社会」は失われた過去ではなく、常に可能な選択肢である。地理的なゾミアが消えても、その選択肢が消えるわけではない。

中心が大きくなりすぎ、可読化(可視化)が徹底しすぎ、収奪が深刻になりすぎたとき、人類は別の場所、別の方法、別の規模で、「統治されない技法」を再発明し続けるだろう。

それは過去への懐古ではない。冗長性のリザーブを未来に残しておく作業である。あなたが今日、家庭菜園の片隅にサツマイモを植えるとき、そこには250万平方キロ・1億人・二千年の歴史が、規模を変えて静かに継承されている。

参考資料

  • ジェームズ・C・スコット『ゾミア——脱国家の世界史』(原題:The Art of Not Being Governed: An Anarchist History of Upland Southeast Asia、2009年)/日本語訳:みすず書房、佐藤仁監訳、2013年

  • ジェームズ・C・スコット『モーラル・エコノミー——東南アジアの農民反乱と生存維持』(原題:The Moral Economy of the Peasant: Rebellion and Subsistence in Southeast Asia、1976年)

  • ジェームズ・C・スコット『弱者の武器——農民の日常的抵抗形態』(原題:Weapons of the Weak: Everyday Forms of Peasant Resistance、1985年)

  • ジェームズ・C・スコット『国家のように見る——いかなる計画が人間の状況を改善する企てを台無しにしてきたか』(原題:Seeing Like a State: How Certain Schemes to Improve the Human Condition Have Failed、1998年)

  • ジェームズ・C・スコット『反穀物の人類史——国家誕生のディープヒストリー』(原題:Against the Grain: A Deep History of the Earliest States、2017年)/日本語訳:みすず書房、立木勝訳、2019年

  • ピエール・クラストル『国家に抗する社会——政治人類学研究』(原題:La Société contre l'État、1974年)/日本語訳:書肆風の薔薇、渡辺公三訳、1987年

  • マイケル・ポランニー『暗黙知の次元』(原題:The Tacit Dimension、1966年)/日本語訳:ちくま学芸文庫、高橋勇夫訳、2003年

  • ドミトリー・オルロフ『五段階崩壊論——サバイバーズ・ツールキット』(原題:The Five Stages of Collapse: Survivors' Toolkit、2013年)

  • デヴィッド・ホルムグレン『未来のシナリオ——気候変動とエネルギー消費の未来戦略』(原題:Future Scenarios: How Communities Can Adapt to Peak Oil and Climate Change、2009年)

  • フィン・ブラントン、ヘレン・ニッセンバウム『難読化——プライバシーと抗議のユーザーガイド』(原題:Obfuscation: A User's Guide for Privacy and Protest、MIT出版、2015年)

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