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1991年誕生のEBM(医学的根拠)が30年で変質した10の理由:臨床判断から権力装置へと変貌した過程

医師から『これは科学的根拠に基づいた治療です』と言われ、処方箋を渡された経験はないだろうか? 風邪の症状で訪れたクリニック、慢性の痛みを相談した診察室、あるいは子どもの健康を案じた場面で、医師の言葉に安心しつつも、どこか釈然としない気持ちが残ったことは? その『根拠』は本当にあなたの身体に最適なものなのか。誰がその『科学的根拠』を作り、誰の利益のために使われているのか。

エビデンス・ベースド・メディスン(EBM:根拠に基づく医療)は、1991年に生まれ、医療の絶対的権威として君臨するようになった。科学的なデータに基づく医療は、患者の健康を第一に考えるはずだった。しかし、実際には、医師の経験や患者の声が軽視され、製薬企業の利益を優先するシステムへと変貌した。

この記事では、EBMがどのようにして科学的理想から逸脱し、権力構造に取り込まれたかを、歴史的背景と具体例から解き明かす。あなたが次に『エビデンス』という言葉を耳にしたとき、立ち止まって考えるための知的武器を提供する。

著者・記事について

本記事は、トビー・ロジャース(Toby Rogers)博士による「How Big Pharma hijacked Evidence-Based Medicine, Part I(ビッグファーマはいかにしてエビデンス・ベースド・メディスンを乗っ取ったか、第1部)」(2025年7月)を基にしている。

ロジャース博士は、政治経済学と公共政策を専門とする研究者であり、医療における権力構造、特に製薬産業と規制当局の関係性について批判的分析を行っている。博士の研究は、医療政策の背後にある経済的インセンティブと利益相反に焦点を当て、市民が医療システムの構造的問題を理解するための知的武器を提供することを目指している。

この記事は、EBMという「科学的」とされるシステムが、いかにして製薬企業の利益装置へと変質したかを、歴史的経緯、技術的問題、認識論的欠陥という多層的な視点から解明する試みだ。ロジャース博士は、専門家が語る「エビデンス」の背後にある権力構造を可視化し、医師や患者がそのメカニズムを理解することで、対等な対話と自律的判断を取り戻す道筋を示そうとしている。

1991年、医療界を変えた革命的アイデアの誕生

真実は権威によって決まるのではない。権威は真実によって決まるのだ。

— ジェラルド・マッセイ、詩人・エジプト学者

1991年、カナダのマクマスター大学で、医学界に革命をもたらす言葉が生まれた。ゴードン・ガイアット(Gordon Guyatt)医師が提唱した「エビデンス・ベースド・メディスン(Evidence-Based Medicine、EBM)」だ。当初、この概念は医師たちに歓迎された。なぜなら、それは臨床疫学の手法を用いて、科学的根拠に基づいた医療判断を可能にするという、極めて合理的な目標を掲げていたからだ。

ゴードン・ガイアット

EBMの起源は1960年代まで遡る。疫学(epidemiology)は古くから存在していたが、臨床疫学(clinical epidemiology)、つまり「臨床医学における問題に疫学的原理と方法を応用する」という分野が明確に形成されたのは、この時期だった。1967年、アルバン・ファインスタイン(Alvan Feinstein)が『Clinical Judgment(臨床判断)』を出版し、次のように指摘した。

「今日、誠実で献身的な臨床医たちは、風邪から転移性がんに至るまで、ほぼすべての疾患の治療法について意見が一致していない。私たちの治療実験は医療コミュニティの基準では受け入れられたが、科学の基準では再現不可能だった」

この問題意識が、臨床疫学という新しい学問分野の誕生を促した。1970年代には、アーチボルド・コクラン(Archibald Cochrane)がランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial、RCT)の適用範囲を拡大し、1980年にはロックフェラー財団の資金提供を受けた国際臨床疫学ネットワーク(INCLEN)が設立され、臨床疫学の方法論と哲学が世界中に広まっていった。(現在はインドのNew Delhiを本拠地とするINCLEN Trust Internationalとして活動している)

1992年、EBMワーキンググループ(Evidence-Based Medicine Working Group、EBMWG)がJAMA誌に発表した論文は、まるで政治的マニフェストのようだった。彼らはこう宣言した。

「医療実践の新しいパラダイムが出現しつつある。エビデンス・ベースド・メディスンは、直感、非体系的な臨床経験、病態生理学的根拠を臨床意思決定の十分な根拠としては認めず、臨床研究からの証拠の検討を重視する」

この宣言は、従来の医師の権威と経験に基づく医療から、臨床疫学のデータとルールに基づく医療への転換を意味していた。論文の著者たちは、「医師を評価するための厳格な評価フォーム」まで提供し、医師がどれだけ医学文献を参照して決定を「実証」しているかを測定するよう提案した。

重要なのは、提案されたステップそのものではなく、医療専門職内部における最終的な意思決定権限が誰にあるかという問題だった。 EBMWGの1992年論文は、今後は臨床疫学が権威のピラミッドの頂点に立つという宣言だったのだ。

この論文はその後6900回以上引用され、EBMは医療界において覇権的な地位を獲得した。医師、診療所、医学部、病院、政府の実践を根本的に再構築していくことになる。

1994年、デイビッド・サケット(David Sackett)はオックスフォード大学にエビデンス・ベースド・メディスン・センターを設立し、これが急速にEBM運動の主導勢力となった。サケットらは1997年、EBMを次の5つのステップに体系化した。

  • 答えられる問いを定式化する

  • 利用可能な最良の成果証拠を追跡する

  • 証拠を批判的に評価する(その証拠がどれほど優れているかを見極める)

  • 証拠を適用する(臨床的専門知識と患者の価値観と結果を統合する)

  • プロセスの有効性と効率性を評価する(次回の改善のため)

デイビッド・サケット

ここまでは問題ない。しかし、悪魔(問題)は常に細部に宿っている。

証拠にもランク付けがある―知られざる医学の序列システム

知識の階層化は、知識そのものよりも、誰が知識を管理するかという問題だ。

— イヴァン・イリイチ、哲学者・社会批評家

一見すると、EBMは単純明快で有益に思える。問題は、それを実際に運用しようとしたときに現れる。EBMの中核にあるのがエビデンス・ヒエラルキー(証拠の階層構造:研究の信頼性をランク付けするシステムで、RCTが最上位に置かれる)だ。

エビデンス・ヒエラルキーとは、その名の通り、ある知識の獲得方法を他の方法よりも優先する分類システムである。2006年までに60種類もの異なるエビデンス・ヒエラルキーが開発されていた。代表的なものとして、オックスフォード・エビデンス・ベースド・メディスン・センター(CEBM)、スコットランド医療ガイドライン・ネットワーク(SIGN)、推奨評価・開発・評価のグレーディング(GRADE)などがある。

オックスフォードCEBMのエビデンス・ヒエラルキー(簡略版)を見てみよう。

  • レベル1(最高位):メタアナリシス(複数の研究結果を統合し、統計的に分析する方法)を含む系統的レビュー、またはランダム化比較試験(RCT)

  • レベル2:個別のRCT、またはコホート研究

  • レベル3:ケースコントロール研究

  • レベル4:ケースシリーズ、ケースレポート

  • レベル5(最下位):専門家の意見

理論的には、EBMとエビデンス・ヒエラルキーは別個のものであってもよい。しかし実際には、エビデンス・ヒエラルキーこそが「証拠を批判的に評価する」方法そのものとなっている。つまり、サケットらが提示した5ステップの第3段階は、このヒエラルキーを参照することに他ならない。

ここで問題が生じる。エビデンス・ヒエラルキーは単にデータを分類するだけではない。ある種のデータを正統なものとして認め、他のデータを無効化する権力装置として機能しているのだ。

多くの場合、この排除は暗黙的なものではなく、明示的に行われる。1981年に臨床疫学・生物統計学部門が発表した論文は、「治療に関する論文のうち、ランダム化試験についてのものでないものは、直ちに廃棄すべきだ」と述べている。

EBMの教科書として知られるストラウスら(2005年)も、同様の姿勢を示している。

「もし研究がランダム化されていなければ、それを読むのをやめて、検索結果の次の論文に進むことを提案する。(注意:抄録をスキャンして研究がランダム化されているかを確認することで、論文を迅速に批判的評価し始めることができる。もしされていなければ、それを破棄できる。)ランダム化試験が見つからない場合にのみ、それに戻るべきだ」

この排除の論理は、医療における知識の多様性を否定し、製薬企業が実施する大規模RCTのみを「真の科学」として特権化する構造を生み出した。

特許で利益を得ることのできないビタミンやイベルメクチンのような代替薬に対して医師が「大規模RCTが行われていないじゃないか」と呪文のように批判する背景には、このような歴史が存在している。

製薬マネーによるEBMの乗っ取り:10の構造的欠陥

科学は、それを資金提供する者の利益に奉仕する傾向がある。

— フィリップ・ミロウスキー、科学史家・経済学者

EBMとエビデンス・ヒエラルキーには、多層的な問題が存在する。ここでは、ロジャース博士が指摘する10の批判を検討していく。

少し長い記事のため、まず10の批判をまとめておこう。

  1. 医師と患者の声の排除

    • EBMは医師の臨床経験や患者の個別的観察を「証拠不十分」として軽視し、データ偏重の医療を助長する。

  2. 非RCTデータの排除

    • ランダム化比較試験(RCT)以外の研究(ケースレポートなど)を「非科学的」として排除し、知識の多様性を損なう。

  3. メタアナリシスの主観性

    • メタアナリシスは客観性を装いつつ、研究の選択や重み付けに主観的判断が入り、資金提供者の影響を受けやすい。

  4. RCTの副作用見逃し問題

    • RCTは薬の有効性を強調するが、副作用の検出には不向きで、製薬企業による有害事象の過少報告が問題となる。

  5. 企業の影響力の無視

    • EBMは製薬企業の資金提供によるバイアスを評価せず、企業の利益が医師や患者の利益と対立する可能性を無視する。

  6. ケースレポートの軽視

    • ケースレポート(症例報告)は低ランクとされ、75%が正しいと検証された実績にもかかわらず、科学的価値が見過ごされる。

  7. EBM自体の根拠不足

    • EBMが患者の健康を改善するという主張自体に十分な科学的証拠がなく、専門家の意見に依存している。

  8. 権威主義的傾向

    • EBMは新たな教条となり、異議を唱える者を「非科学的」と排除し、医師の自由な探究を抑制する。

  9. 医師の自律性喪失

    • EBMガイドラインに従う圧力により、医師は製薬企業主導の研究に依存し、独自の判断力を失う。

  10. 患者の物象化

    • EBMは集団の平均的効果を重視し、個々の患者の生物学的多様性や固有性を無視し、統計的対象に還元する。

1. 医師の経験も患者の声も「証拠不十分」として排除される

EBMが医療において支配的なパラダイムになったことは広く認められている。2005年の時点で、臨床公衆衛生を専門とするアップシャー(Upshur)は次のように書いている。

「今や、看護から精神医療、政策立案、人道的医療介入に至るまで、医療のあらゆる次元がエビデンス・ベースになろうと努力している。PubMedには現在、『エビデンス・ベースド』への引用が2万件以上ある」

Ross Upshur(ロス・アップシャー、1958年生まれ)は、カナダの医師、研究者、教授で、医療哲学、臨床公衆衛生、疫学、バイオエシックスを専門とする人物。

ライリー(Reilly、2004年)は、EBMの欠点を気にすることなく、今日の医療におけるその支配力を明確に評価している。

「EBM仮説を否定する者はほとんどいないだろう。エビデンスに基づく臨床介入を提供すれば、平均的に、エビデンスに基づかない介入を提供するよりも患者にとってより良い結果がもたらされる。これが仮説のままであるのは、一般的命題として、それを経験的に証明することができないからだ。しかし、今日の医療において、これを信じない者は、間違った仕事をしている」

この宣言は、異議を唱えること自体を職業的不適格の証とみなす、全体主義的な言説構造を示している。

医療の質改善運動の指導者として知られる小児科医、ドナルド・バーウィック(Donald Berwick)は2005年、EBMの初期の有望な起源を振り返りつつ、事態が行き過ぎたと警告した。

「私たちは目標を行き過ぎてしまった。ある特定の種類の『エビデンス・ベースド・メディスン』へのコミットメントを、知的覇権へと変えてしまった。立ち止まって修正しなければ、大きな代償を払うことになる。そして、査読付き出版が科学的発見の必須条件であるため、その覇権は出版プロセスによって課されるフィルターによって行使されていると言えるだろう」

ドナルド・バーウィック

バーウィックは、実践、経験、好奇心といった常識的な知識の獲得方法がEBMによって排除されていることに注意を促す。

あなたが日常生活をうまく切り抜けるために使っている知識のうち、どれだけを正式な科学的調査(あなた自身または他人の)から獲得したか。実験を行ってスペイン語を学んだか。ランダム化試験を使って自転車やスキーを習得したか。実験室での親業研究のおかげで、より良い親になったか。もちろん、そんなことはない。それでも、あなたが学んだことを疑うだろうか」

EBMの成功は逆説的に、医師が実践すべき知識の範囲を狭めてしまった。バーウィックはこう結論づける。

「正式な科学的方法への運動が成熟して現代のエビデンス・ベースド・メディスンへのコミットメントとなったその成功そのものが、今や、経験それ自体から収穫できる知識と実践の多くを排除する壁を作り出している」

2. 「ランダム化試験以外は読むな」―排除される研究データ

エビデンス・ヒエラルキーは、単にデータを分類するだけではない。ある種のデータを正統なものとして認め、他のデータを排除する

初期のEBMは証拠の全体性に言及していたが、やがてEBMは二重盲検ランダム化比較試験(RCT)以外のすべての研究を分析から除外する方法となった。『医療ニヒリズム』の著者であり、医学哲学を専門とするジャコブ・ステゲンガ(Jacob Stegenga)はこう書いている。

「エビデンス・ヒエラルキーが通常適用される方法は、階層の下位にあると考えられる証拠を単に無視し、RCT(またはRCTのメタアナリシス)からの証拠のみを考慮することだ」

前述したように、1981年の論文は「ランダム化試験についてのものでない治療に関する論文はすべて、直ちに廃棄すべきだ」と明言している。ストラウスら(2005年)も、「もし研究がランダム化されていなければ、それを読むのをやめる」ことを提案し、「もしランダム化されていなければ、それを破棄できる」と述べている。

この排除の論理は、医学における知識の多様性を否定し、特定の方法論のみを「科学」として特権化する構造を生み出した。 そして、その特権化された方法論こそが、製薬企業が最も得意とし、最も資金を投入できる大規模RCTだったのだ。

3. 最高ランクの研究手法が抱える隠された主観性

ほとんどのエビデンス・ヒエラルキーにおいて、RCTのメタアナリシスや系統的レビューが最上位に位置している。複数の研究結果を統合するという概念は、一見すると反論の余地がないように思える。しかし、実際にどのように機能しているかを理解すると、その中核にある主観性を覆い隠すことで、正確性と客観性の外観を作り出しているに過ぎないことがわかる。

メタアナリシスは、証拠を小麦、銅、砂糖のような商品として扱い、単に分類して重み付けすればよいとする傾向がある。ステゲンガ(2011年)はこう説明する。

「メタアナリシスは、次のように実行される。(1)メタアナリシスに含める主要研究を選択し、(2)各研究について想定される原因による効果の大きさを計算し、(3)各研究に重みを割り当て(これはしばしば研究の規模と質によって決定される)、そして(4)効果の大きさの加重平均を計算する。複数の研究からデータをプールすることで分析のサンプルサイズが増加し、信頼区間の幅が狭くなる傾向があり、それによって介入効果の大きさの推定がより正確になり、おそらく統計的に有意になる」

メタアナリシスはより大きな客観性を目指しているが、実際には依然として主観的な作業だ。ステゲンガ(2011年)はこう書いている。

「疫学者たちは最近、同じ仮説について異なる分析者によって実行された複数のメタアナリシスが、矛盾する結論に達しうることに気づいている」

つまり、メタアナリシスは、科学的精密さの外観を与えながら、実際には研究の選択、質の評価、重み付けといった各段階で主観的判断が入り込む余地がある。そして、その主観性は、資金提供者の利益に沿って働く傾向がある。

この矛盾の実例がCOVID-19におけるイベルメクチン研究だ。FLCCCやリバプール大学、テス・ローリー博士らのメタアナリシスが有効性を示した一方、製造元メルク社は『効果の証拠なし』と、独自のメタアナリシスを実行して主張した。背景には、メルクが新規治療薬開発に4億ドル以上を投じ、既存薬の有効性を認めることが経済的利益と相反していた事情がある。

4. 薬の効果は証明するが、副作用は見逃されるRCTの仕組み

ほとんどのRCTは、治療の有益性を特定するように設計されているが、有害性を特定する適切なツールではない。ステゲンガ(2016年)によれば、RCTは有害性を検出するのに不向きな理由がいくつかある。

第一に、有害事象は通常、治療効果よりもまれである。統計的検出力の問題から、まれな事象を検出するには非常に大きなサンプルサイズが必要となるが、実際のRCTはそこまで大規模ではない。

第二に、有害事象は治療期間が終わった後に発生することが多い。しかし、ほとんどのRCTは比較的短期間の追跡調査しか行わない。

第三に、製薬企業が資金提供するRCTには、有害事象の報告を最小化する強いインセンティブが働く。実際、内部告発者の訴えを分析した研究では、製薬企業がRCTにおいて有害事象を体系的に過少報告していることが明らかになっている。

ハゼルとシャキール(Hazell and Shakir、2006年)の系統的レビューによれば、有害薬物反応の報告率は極めて低い。医薬品安全性監視システム(ファーマコビジランス:市販後の医薬品の安全性を継続的に監視する仕組み)において、実際に発生した有害事象のうち報告されるのは、わずか数パーセントから10パーセント程度に過ぎないと推定されている。

つまり、エビデンス・ヒエラルキーの頂点に位置するRCTは、製薬企業にとって都合の良い有益性を強調する一方で、患者にとって重要な有害性を見逃す構造的バイアスを持っているのだ。

5. 企業の影響力という最大のバイアスが見過ごされるEBMの仕組み

ランダム化比較試験(RCT)は、参加者を無作為に介入群や対照群に割り当てることで、選択バイアス(特定の参加者が意図的に特定の群に割り当てられることで生じる結果の歪み)を防ぐように設計されている。しかし、出版バイアスや測定バイアスなど他の形態のバイアスは依然として残る。エビデンスに基づく医療(EBM)は、トーマス・クーン(Thomas Kuhn)や他の科学哲学者が犯したのと同じ過ちを犯している。つまり、企業の影響力という非常に現実的な問題を見過ごしているのだ。

医療倫理学者のマネシュ・グプタ(Manesh Gupta)はこう書いている。

「EBMは批判的ではない。なぜなら、資金源の潜在的なバイアス効果を精査するための戦略を批判的評価スキームに組み込んでおらず臨床医にその影響を評価するためのツールを提供していないからだ。さらに、資金源バイアスに対して寛容だ。証拠の量をますます増やすことを追求する中で、EBMは、民間研究資金提供者(製薬企業など)の利益が、臨床医や患者の利益と異なる、あるいは直接対立しうることを認識していない。したがって、EBMは、EBMに寄与する社会的プロセスとEBMの社会的帰結が存在しない、あるいは少なくとも無関係であるという幻想を作り出し、助長している」

臨床試験方法論の専門家であるアレハンドロ・ジャダッド(Alejandro Jadad)とマレー・エンキン(Murray Enkin)は、バイアスの源泉は潜在的に無限であると主張し、2007年に出版された書籍『Randomized Controlled Trials: Questions, Answers, and Musings』(第2版)で、最も一般的なタイプを60種類特定している。したがって、60の中の一つの選択バイアスを制御したところで、科学的完全性を保証することはできない

書籍『Randomized Controlled Trials: Questions, Answers, and Musings』

さらに、現在実施されているRCTが実際に選択バイアスを防いでいるかどうかさえ明確ではない。ハートリングら(Hartling et al.、2011年)の研究グループは、特定の医療介入に関する107件のRCTの系統的レビューを実施し、3つの一般的な質評価ツール(QAT)を使用した。このグループは、これらのRCTの85パーセントで割り付け(参加者を介入群または対照群に割り当てるプロセス)の隠蔽が不明確であり、大多数のRCTが高いバイアスリスクにあることを発見した。

別のグループは、さまざまな健康領域における医療介入に関する127件のRCTを含む11件のメタアナリシスを無作為に選択した(モーハーら、1998年)。このグループはQATを使用して127件のRCTの質を評価し、全体的な質が低いことを発見した。ランダム化の方法を報告したのはわずか15パーセントで、被験者の割り付けが隠蔽されていたことを示したものはさらに少なかった。

おそらく、これらの研究の著者たちは単に方法の記述に不注意だっただけかもしれない。しかし、CRO(Contract Research Organization:開発業務受託機関)の責任者が、クライアントが望む結果を提供する能力を誇示していることを考えると(ペトリーナ、2007年)、二重盲検ランダム化がRCTを標榜する臨床試験において実際に行われているかどうかを疑うことには合理性がある

6. 医師の報告が75%正しいのに、なぜ「証拠不足」とされるのか

疫学辞典におけるケースレポート(症例報告)の定義は、その内部矛盾で注目に値する。

「ケースレポート:珍しい疾患や合併症、疾患の珍しい組み合わせ、珍しいまたは誤解を招く症候学、原因、または転帰(おそらく驚くべき回復)を持つ少数の患者または臨床症例(しばしば、たった一人の病人)の詳細な記述。それらはしばしば、後に反証される予備的観察である。...また、新しい副作用薬物事象について思慮深い疑念を提起することもあり、まれな臨床事象の監視のための重要な手段である。医療過誤から学び、考察することに役立つ」

つまり、一方では、ケースレポートはしばしば反証されると主張されている(参照文献は提供されていないが)。他方では、ケースレポートは「思慮深い疑念を提起しうる」とされている。

ケースレポートはCEBMエビデンス・ヒエラルキーで下から2番目に位置し、「専門家の意見」の上、多くの疫学者が読む価値があると考える閾値の下にランク付けされている。ファースト・レポート(初回報告)は、新しい疾患または新しい薬物(または既存薬物の新しい使用)に対する反応としての副作用事象の最初の記録されたインシデント(有害事象・医療事故)のケースレポートだ。しかし、そうした報告の信頼性に関する実際の証拠は何か。

ベニング(Venning、1982年)は、1963年にBMJ、Lancet、JAMA、NEJMに発表された疑わしい副作用薬物反応の52件のファースト・レポートを調査した。彼は18年後にこれらの報告をそれぞれ追跡調査(フォローアップ)し、実際に後に検証されたかどうかを評価した。

「52件のファースト・レポートのうち、5件は潜在的または予測可能な反応への意図的な調査であり、それぞれの場合において因果関係が合理的に確立された」

残りの47件は、ベニングが「逸話的」と呼ぶものだった。これは定義されていないが、論文の残りの文脈から、9例以下、しばしばたった1例で、対照群のないケースを示唆している。ベニングは、「47件の逸話的報告のうち35件が明らかに正しく、残りの12件の未検証報告のうちいくつかも真の副作用を表していた可能性がある」ことを発見した。つまり、これらの逸話的報告の75パーセントが後に正しいことが確認され、偽陽性の証拠はなかった

残りの12件の副作用は、他の症例と比較するケースがあまりにも少ないまれな症候群、または薬物の効果と偶然を分離することが困難なほど一般的な症候群に関連していた。

最も広く引用されている癌RCTの75〜80パーセントが再現できないという事実(プリンツ、シュランゲ、アサドゥラー、2011年、ベグリーとエリス、2012年)と、逸話的ファースト・レポートの75パーセント成功率を比較すると、RCTをCEBMエビデンス・ヒエラルキーの最上位に配置し、ケースシリーズを軽視する決定は、正当化されないように見える

2000年代初頭の3つの研究が、RCTが観察研究よりも優れていないことを確認している。

ベンソンとハーツ(Benson and Hartz、2000年)は、「1984年以降に報告された観察研究における治療効果の推定値が、ランダム化比較試験で得られたものよりも一貫して大きい、または質的に異なるという証拠はほとんどない」ことを発見した。

コンカート、シャー、ホーウィッツ(Concato, Shah, and Horwitz、2000年)は、「よく設計された観察研究の結果は...同じトピックに関するRCTと比較して、治療効果の大きさを体系的に過大評価していない」と書いている。

ペティクルーとロバーツ(Petticrew and Roberts、2003年)は、特定の研究課題を階層ではなくマトリックスで適切な研究方法論と一致させるべきだと主張する。さらに、「特定の状況下では、階層が反転し、たとえば質的研究方法が最上位に配置されることさえある」と論じる。

2017年、元CDC所長トーマス・フリーデン(Thomas Frieden)は、ニューイングランド医学誌において、さまざまな種類の研究が患者と政策にプラスの影響を与えうると主張した。彼は、各タイプの研究には長所と短所があり、研究タイプは研究者が取り組もうとしている問題のタイプと一致すべきだという単純な指摘をした。彼は、代替データソースがRCTよりも「時に優れている」と指摘する。

したがって、さまざまな種類の証拠が有効であり、臨床意思決定に情報を提供するのに役立ちうるにもかかわらず、EBMの現在の実践は、製薬企業が好む大規模RCT以外のすべてを体系的に排除しているのだ。

7. 「科学的根拠」を掲げるシステム自身に根拠がない皮肉

測定できないものは、管理できない。しかし、測定できるものだけが重要だとは限らない。

— ウィリアム・ブルース・キャメロン、社会学者

サケットとその同僚を含む多くの著者が、EBMがそれ自身のエビデンス・ベースドな規範に違反していることを認めている。なぜなら、「EBMが通常の医療よりも健康を追求するためのより効果的な手段であるという証拠がない」からだ(ノーマン、1999年)。

アップシャー(2003年)は、「皮肉なことに、これらの分類の作成は、まだ研究によって情報を得ておらず、主に専門家の意見によって推進されている」と指摘する。EBMの擁護者(ライリー、2004年など)は、そのような証拠が提供されないのは「経験的に証明できない」からだと述べる。しかし、それは正確には真実ではない。通常通りの業務を続ける病院と、EBMを実施する病院を比較する自然実験を簡単に作成できる。正確にはRCTではないが、病院内および病院間の前後の結果を比較し、調査者を盲検化する方法もある。

アップシャーとトレイシー(Upshur and Tracy、2004年)はこう書いている。

エビデンス・ヒエラルキーの建物全体が体系的研究に基づいていない。専門家の判断またはコンセンサスに基づいている。言い換えれば、証拠をそのような階層構造で見る正当性または根拠は、最も低い形態の証拠、すなわち少数の人々の信念にかかっている。また、エビデンス・ベースド・アプローチが患者にもたらす利益は、エビデンス・ヒエラルキー自体と同様に証明されていない」

EBMは、必ずや患者の転帰を改善するだろうという仮定から始まったが、その仮定を裏付ける証拠はほとんどない。

EBMの発展に貢献したブライアン・ヘインズ(2002年)はこう述べている。

「EBMの根本的仮定は、応用医療研究からの証拠の理解に基づく実践を行う医療従事者が、基本的メカニズムの理解と自分自身の臨床経験に依存する医療従事者と比較して、優れた患者ケアを提供するというものだ。これまでのところ、この仮定が正しいことを示す説得力のある直接的証拠は存在しない

R. Brian Haynes、医学博士、教授。マクマスター大学で臨床疫学と生物統計学を専門とし、エビデンス・ベースド・メディスンの発展に貢献した研究者。

興味深いことに、米国における慢性疾患の増加(1986年から現在まで)は、医療専門職におけるEBMの台頭(1992年から現在まで)とほぼ同時期に発生している。EBMは慢性疾患(特に子どもたちの間での)の増加を止めることがまったくできなかったが、1992年以降の製薬企業の株式市場価値の上昇は目覚ましいものだった。

8.「EBMに反対する者は時代遅れ」―医療界を覆う新しい独裁

自由な探究を抑圧する者は、自分自身が真実を恐れていることを告白している。

— ウェンデル・フィリップス、奴隷制度廃止論者

多くの著者が、EBMの権威主義的傾向を強調している。

公衆衛生大学院で疫学の教授を務めるシャハール(Shahar、1997年)は、EBM運動の権威主義的傾向に気づいた最も早い批評家の一人だった。

「私は、誤って、彼ら(EBMの支持者)が、エビデンス・ベースド・メディスンと呼ばれる不定形な実体の背後に隠れた新しいタイプの権威主義を求めていると考える。彼らは、誰も真実について権威を主張すべきではない健全な科学的議論を、文献の読者が証拠について評決を発表し、その評決が適切に実行されることを保証する科学的知識の権威に置き換えることを提案している」

ジョンズ・ホプキンズ大学医学部の助教授ローゼンフェルド(Rosenfeld、2004年)は、EBMの初期を惜しみなく賞賛する。

「1990年代、EBMは彗星のように医学の空を横切った。EBMの出現は、15世紀にジョン・ウィクリフによるラテン語聖書の英語への翻訳、あるいは16世紀のティンデールとカバデールによる後の出版のようなものだった。それは革命的だった。それはポピュリズムだった。それは変化だった。実務医は臨床実践の背後にある証拠、またはその欠如を理解できるようになるはずだった。EBMは私たちに日々の実践を評価するツールを与えた」

Jo Ann Rosenfeld、MD。家庭医(family physician)で、Johns Hopkins School of Medicineの助教授を務め、EBMの初期の民主化的な側面を称賛しつつ、その後のドグマ化と権威主義的傾向を批判した臨床実践者。

しかし、ローゼンフェルドは、その有望な初期が後退して、はるかに厄介な現在の現実を明らかにしたと論じる。

「過去3年間で、EBMはツールから宗教的教義および固定的ドグマへと移行した。その司祭がいる。EBMを実践し説教し、書籍や文献を変えることで知られる男性と女性だ。あらゆる理事会や学術誌にこれらの司祭の一人がいなければ、時代遅れだ。これらの司祭に反対して話す者は、EBMを冒涜しており、明らかに非科学的または後進的だ。何千人もの侍者がおり、言葉を聞いて他に何も受け入れない人々だ」

ローゼンフェルドは、メタアナリシスを一般の医療コミュニティが消費できるように準備するEBMのゲートキーパーに特に批判的だ。

ドグマを作成する秘密組織がある。コクラン・グループ、『タスクフォース』、ベスト・エビデンスなどだ。これらの人々は誰なのか。私たちは彼らがどこにいるか、時々彼らの名前を知っているが、彼らの方法を盲目的に信じなければならない。彼らは出版される結論を出し、その結論は成文化される...今や、わずかな数の情報源だけが『真の』または信頼できるEBMとみなされている。一部の組織は、11〜15の『適切な』『受け入れ可能な』EBM情報源をリストアップしている。優れた研究、書籍、レビューを含む他のすべては、エビデンスに基づいていないため、使用してはならない」

ローゼンフェルドは結論づける。「私たちは信仰に基づく医療に完全に回帰した。私たちは、『承認された』『受け入れ可能な』EBMの実践者の権威に医療実践を形作ることを奨励され、さらには強制されている

アップシャー(2005年)も同様に、EBMの喜ばしい初期から、より厄介な現在の形態への移行を語る。

「新しい正統性が出現しつつあるように見える。それが置き換えようとした『パラダイム』と同じくらい批判と省察に抵抗する。探究、質問、医学の信念構造における矛盾と逆説を明らかにする喜びは、ほぼ宗教的な信念への固執と思われるものに道を譲った。主張が議論に取って代わった。BMJ誌のEBM10周年記念特集の表紙が、高い塔の3人の司祭のように見えるものの写真を掲載しているのは偶然ではない。証拠は、正統性と真正性のために医療が熱心に採用している概念だ。しかし、それは、おなじみの広告スローガン、魅力的なパッケージ、ブランディング演習のようになってきており、医学原理の適用においてより厳密で科学的であるという誘惑的な約束で人々を引き込むものだ」

EBMは、医師を解放するはずだったが、結果的に新たな権威構造を生み出し、医師の自律性を制約するシステムへと変質した。

9. 医師は命令を受け、患者は数字になった

市場は単なる経済システムではない。それは権力の再分配装置だ。

— ナオミ・クライン、ジャーナリスト・活動家

エビデンス・ヒエラルキーは、製薬企業に有利で、医師と患者に不利な形で医療実践を再編成した。

アップシャー(2003年)は、自身の医療実践からの話を語り、製薬企業がEBMを使って製品を販売する方法を垣間見せる。

「製薬会社が私のクリニックにエビデンス・ベースド・ガイドラインを配布した。ガイドラインによれば、レベル1(最良)の証拠には、よく設計されたランダム化比較試験が1つ必要であり、グレードAの推奨には、レベル1の研究が1つ必要だった。ガイドラインには、同じ会社が後援し、査読付き学術誌に掲載されたランダム化試験の報告書が添付されていた。ガイドラインを裏付ける論文とともに配布することで、会社は、私がその薬を処方すればエビデンス・ベースド・ガイドラインに従っていることになると私を説得しようとした

Ross Upshur

医師がEBMに関連して使うように教えられるプロセスは、理想化されたプロセスだ。現実の世界では、医師がすべてのステップを実行する時間はめったにない。したがって、代わりに、医学出版社や他の人々が提供するショートカットを使用する。

最近、エビデンス・ベースドな実践者とエビデンス使用者の区別が認識されるようになった。特にプライマリケアにおいて、事前評価された証拠源を使用する傾向がある。これらの情報源の中で最も人気があるのは、プライマリケアに関連する研究の要約を提供する毎日の電子メールサービスであるInfoPOEMs(患者志向の重要な証拠)だ(現在は「Essential Evidence Plus」の一部)。各要約には、オックスフォード・センターの命名法を使用した証拠のレベルが付いている。

エビデンス・ベースドな実践者からエビデンス使用者へのこの移行は、EBMの支持者によって理想化されたプロセスの許容可能な代替案として提示される。しかし、これらの展開をより広い文脈で検討すると、それらがいかに問題が多いかは明らかだ。医師に力を与えるプロセスとして始まったものが、今や医師が本質的にほとんどの臨床試験を実施する製薬会社から命令を受けているような状況になっている。

これらの研究の多くは再現不可能であるにもかかわらず、最新の「エビデンス・ベースド・メディスン」を示す医薬情報担当者(MR)が診察室にいる多忙な医師は、従うように巨大な圧力を感じるだろう。最新のEBMガイドラインに従わない臨床医はまた、そのような独立した思考が医療過誤訴訟の追加リスクにさらすかもしれないと心配するかもしれない。

グロップマン(Groopman、2007年)は『How Doctors Think(医師はどのように考えるか)』で、EBMが病院の職場と医師の考え方に与える影響を描写している。

「毎朝回診が始まると、学生とレジデントがアルゴリズムに目を向け、最近の研究から統計を引用するのを見た。私は、次世代の医師が、厳格な二元的枠組みの中で動作するよく設計されたコンピューターのように機能するように条件づけられていると結論づけた」

おそらく善意で始まったものが、私たちの最も優れた知性の知恵と創造性を制約する、数字合わせの医療になりうる。

「臨床アルゴリズムは、ありふれた診断と治療に役立つ可能性がある...しかし、医師がその枠の外で考える必要がある場合、症状が曖昧である場合、複数で混乱している場合、または検査結果が不正確な場合には、急速に崩壊する。そのような場合、私たちが最も識別力のある医師を必要とする種類の場合において、アルゴリズムは医師が独立して創造的に考えることを妨げる。医師の思考を拡大する代わりに、それを制約しうる」

EBMは今やブランドであり、ブランドに伴うすべてのもの、つまり意思決定へのショートカット、決定を形作る非常に強力な力、マーケティングと利益に不可欠だが、内容の質の非常に正確な指標ではないものとなった。

10. あなたは平均的人間として扱われている

エビデンス・ヒエラルキーは、患者を物象化し、見過ごす傾向がある。

EBMは、集団レベルでの平均的効果を測定する。しかし、個々の患者は平均ではない。ある治療法が統計的に有意な効果を示しても、それは特定の個人には効果がないかもしれないし、有害かもしれない。

ガイアットら(1986年)は、個別患者におけるランダム化試験、いわゆるN-of-1試験の重要性を指摘した。N-of-1試験とは、単一の患者に対して、治療と偽薬を複数回交互に投与し、その患者にとって最適な治療法を見極める方法だ。この方法は、個人の生物学的多様性を尊重し、個別化医療を実現する可能性を持っている。

しかし、クラビッツら(2008年)が指摘するように、N-of-1試験は医療実践においてほとんど普及していない。その理由の一つは、製薬企業にとって、個別化医療よりも、できるだけ多くの人に同じ薬を処方する方が経済的に有利だからだ。

EBMは、個々の患者の固有性を捨象し、統計的集団の中に個人を埋没させる。 医師が患者を目の前にした個別の存在としてではなく、統計的カテゴリーの一例として扱うよう誘導する構造が、ここにある。

ワクチン研究だけは「科学的手法」が適用されない理由

ロジャース博士は、記事の終盤で、ワクチン臨床試験におけるEBMの適用について、極めて辛辣な批判を展開している。

「エビデンス・ベースド・メディスンが30年以上にわたって二重盲検ランダム化比較試験の美徳を称賛してきたにもかかわらず、ワクチンに関連するいわゆるRCTはすべて詐欺的であることは、腹立たしいを通り越している。誰もがそれらが詐欺的であることを知っている(主流医療界はこの詐欺を正当化しようとしているが)。ワクチンの臨床試験では、対照群には不活性な生理食塩水プラセボが与えられず、代わりに別の毒性ワクチンまたは試験ワクチンからの毒性アジュバント(ワクチンの効果を高めるために添加される免疫増強剤)が与えられる。Informed Consent Action Network(2023年)がその証拠を持っている」

この指摘は重要だ。EBMが最も重視するはずのRCTの原則が、ワクチン研究においては体系的に無視されている。 プラセボ群に不活性物質ではなく、別のワクチンやアジュバント(免疫増強剤)を投与することで、副作用の比較が不可能になり、真の安全性評価ができなくなる。

ロジャース博士は続ける。

「結局のところ、何万もの発表された論文とEBMの促進に捧げられた何千ものキャリアを含むエビデンス・ベースド医療システム全体は、疫学者に権力を与え、製薬産業を豊かにするための巨大な演劇的制作だ。関与する専門家たちは自分たちが公言する価値を信じておらず、集団の大量毒殺と文明の破壊に積極的に参加している。これは、世界史における道徳的勇気の失敗と科学的義務の放棄の最も極端な例の一つだ」

この批判は過激に聞こえる人もいるかもしれない。しかし、コロナパンデミックで私たちが目撃した医師や政府の行動、そして、それによってもたらされた被害の規模を考えたとき、この言葉に深く頷くしかない。

自閉症流行:親たちの方が20年早く気づいていた―専門家が無視した発見

ロジャース博士は、自閉症研究におけるEBMの失敗を、親たちの観察と発見が公式の医学研究よりも先行していた例として挙げる。

「科学的であろうとするなら、まず重要な発見をしている人々に目を向けるべきだ。親たちのグループ、全米自閉症児協会(バーナード・リムランドによって設立され、現在は自閉症協会)は、1974年に自閉症への環境的影響を提案した。これは、Project TENDRが同じ結論に達する42年前のことだ。1990年代半ばまでに、自閉症児の親たちの間では、自閉症に胃腸的要素があることが常識だった。これは、マイクロバイオームが『自閉症研究における新たなフロンティア』になる20年前のことだ」こうした親たちの発見は、専門家の学術的枠組みでは軽視されがちだが、庶民の直感と観察力は、しばしば資金や権威に縛られた研究者の盲点を突く鋭さを持っている。

ロジャース博士はこう結論づける。

「私たちは、EBMが詐欺であることを知っている。なぜなら、それは、実際に自閉症児を助けている親たちによって発見されたパラダイム転換的な突破口よりも、仕組まれた企業研究をランク付けしているからだ」

この批判は、EBMの根本的な問題を浮き彫りにしている。 エビデンス・ヒエラルキーが、真の発見や患者の経験よりも、資金力のある機関による形式的な研究を優先する構造になっていることだ。

処方箋を受け取る前に、あなたが知るべきこと

知識の最も深い敵は、無知ではなく、知識があるという幻想だ。

— スティーヴン・ホーキング、理論物理学者

医師の診察室で、あなたは処方箋を手に取る。「これがエビデンスに基づく治療法です」と告げられる。その言葉の背後には、1991年に始まったEBMという運動がある。それは、医師の直感や経験を排除し、臨床疫学のデータとルールに基づいた医療を目指した。

しかし、その「エビデンス」は誰が作り、誰が選び、誰が評価しているのか。エビデンス・ヒエラルキーは、製薬企業が実施する大規模RCTを頂点に据え、医師の臨床経験や患者の個別の反応を最下層に追いやった。メタアナリシスは客観性の装いを纏いながら、実際には主観的な選択と評価の産物だ。RCTは有益性を検出するが、有害性を見逃す構造的バイアスを持つ。そして、ワクチン研究においては、RCTの基本原則さえ守られていない。

EBMは、患者の転帰を改善するという証拠を提示することなく、医療界において覇権的地位を獲得した。それは、権威主義的な新しい教条となり、医師の自律性を奪い、患者を統計的対象へと還元した。そして、1992年以降、慢性疾患は増え続け、製薬企業の株価は上昇し続けた。

この構造を理解することは、単なる知的満足のためではない。それは、自分自身と家族の健康について、より自律的な判断を下すための武器だ。

医師が「エビデンスではこうです」と言ったとき、その言葉の背後にある権力構造を見抜くことができるか。自分の身体の反応を、統計的平均よりも信頼できるか。製薬企業の資金で行われた研究を、どこまで信用できるか。代替医療をどのように理解し、実践的に利用できるか。

「科学的根拠」は誰のために作られているのか

エビデンスは中立ではない。それは、資金提供者の利益、研究者のキャリア、規制当局の判断、出版システムのバイアス、検閲のメカニズムといった、複雑な力学の中で生産される。

EBMは、科学的客観性という名の下に、特定の知識形態を特権化し、他の知識形態を排除してきた。医師の経験、患者の語り、親の観察、逸話的報告は、「エビデンスレベルが低い」として軽視された。 しかし、実際には、これらの「低レベル」とされる知識が、公式の研究よりも早く真実に到達していた例が数多く存在する。

自閉症と環境要因、自閉症と胃腸問題、サリドマイドと副作用、ビタミンCと壊血病、COVID-19での早期治療、イベルメクチン、ヒドロキシクロロキン、ワクチン副作用の過少報告、これらはすべて、親たちや現場の医師たちが先に気づいていた。しかし、エビデンス・ヒエラルキーは、彼らの声を「科学的ではない」として無視した。これらは氷山の一角に過ぎない。

今、私たちに必要なのは、エビデンスという言葉に対する健全な懐疑だ。これは、科学を否定することではない。むしろ、これまで見てきたように、エビデンスの実態は「エビデンス=科学」という論調からは程遠いことを示している。

医師の言葉を鵜呑みにしないための実践的知恵

EBMの構造的問題を理解することは、医療における権力関係を可視化する第一歩だ。しかし、それだけでは不十分だ。私たちには、対抗的な知識体系と実践が必要だ。

N-of-1試験、つまり自分自身の身体を観察し、何が効き、何が効かないかを記録する実践。これは、統計的平均に還元されない、個別化された医療の可能性を開く。

独立した研究者、利益相反のない医師、患者コミュニティの集合知。これらは、製薬企業が資金提供する研究に対抗する、もう一つの知識源だ。

そして、最も重要なのは、自分自身の身体感覚を信頼することだ。統計的に有意な効果があるとされる治療法でも、あなたの身体には合わないかもしれない。 逆に、エビデンスレベルが低いとされる方法が、あなたには効果的かもしれない。

医療における意思決定は、医師だけのものでも、EBMガイドラインだけのものでもない。それは、患者自身が参加すべき協働的なプロセスだ。

確実性を捨てて見える真実:EBMと向き合う覚悟

EBMの問題を知ることは、確実性を失うことだ。医師の言葉を額面通りに受け取れなくなる。「科学的コンセンサス」に疑問を抱く。だが、それは自律への扉を開く。エビデンスは暫定的で、文脈依存的で、権力関係の中で生産される。だからこそ、複数の視点を持ち、批判的に思考し、自分の経験を大切にする必要がある。

確かに、医療における態度は人間の本音を映し出す鏡だ。政治や経済なら、口先で権威を批判しつつ、別の行動を取る人もいる。だが、医療、特に生死がかかる場面では、どんなに「エビデンス」や「権威」に疑問を持っても、医師の指示に従い、抗がん剤治療を選ぶ姿はよく見られる。これは、自己保身や生存本能が、信念や批判的思考を上回る瞬間だ。信念のバロメーターとしての医療は、人が自分の言葉にどれだけ忠実かを試す場だ。

EBMの構造的問題を批判しつつ、いざというとき「科学的根拠」にすがるのは、人間の複雑さと脆弱さを示す。そこには、確実性を求める心理と、権力構造への不信がせめぎ合う葛藤がある。医療は自分自身と向き合う場であり、嘘をつけない状況が、信念や価値観の真贋を浮き彫りにする。

医師が「EBMでは」と言ったとき、それは対話の終わりではなく、始まりだ。「そのエビデンスは誰が作ったのか」「利益相反はないか」「私の状況に適用できるか」。これらの問いが、対等な医療への第一歩だ。

さて、今回の記事でEBMの構造的欠陥を抉り出したが、まだ終わらない。さらに、EBMには因果関係の誤解、証拠と解釈の混同、推論の限界、統計手法の時代遅れ、科学的証明の不可能さ、医療の実際性との乖離、医学の本質的誤認という7つの致命的批判が潜む。

そうはいっても、EBMにきっと良い面もあるだろうと期待した人には申し訳ないが、次回の記事では、これらの哲学的批判を徹底解剖し、EBMの臨終を目撃する。

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