“楽器を買った”話ではなく、“音楽と一生生きていく”ための、お金の話
タイトルの写真は2023年11月、Be Phil Orchrstraリハーサル後にサントリーホールで撮影したものです。
序章|合理的ではない選択
正直に言うと、
今でもあのときの出費は、
「よく決断したよな」
と思います。
楽器に100万円近く使う。
それもプロではなくアマチュアで、趣味の範囲でしか演奏しない自分が。
将来の安心を優先するなら、選ばなかったはずの使い道。
少なくとも、“合理的”とは言えない選択でした。
でも今は、
「あの出費がなければ、今の自分はいない」
とはっきり言えます。
最初の相棒|社会人一年目の無謀
大学を卒業して社会人になったと共に、一人暮らしを始めた2002年。
「社会人になったら、バストロンボーンを買う!」
それは夢というより、
自分の中ではすでに決まっている“予定”といえるものでした。
中学生の時に、大好きな祖母の援助もあって手に入れることができた初めての楽器(テナーバストロンボーン)も大切にしていました。
けれど、学校吹奏楽部の配備楽器のバストロンボーンを何度も演奏していた僕は、自分のバストロンボーンが欲しい、という想いが抑えられなくなっていきました。
今は亡きN響のプロの方から(!)使い込まれていて程度のいい中古を安く譲ってもらえる話もあり、心が揺れていました。
そんなある日、狙っていたタイプの楽器が、ある日突然、思いもよらない小さな楽器店に入荷したのです。
こういう偶然は、たいてい後から意味を持つものなんだなぁと今にして思うのですが…
吹いた瞬間、どストライクに心に突き刺さりました。
音の立ち上がり、響き、息の通り、など、すべてが異次元!
理屈より早く、身体が「これだ」と反応してしまったのです。
「そのまま持って帰ってもいいよ、じっくり考えなよ」
という店主の言葉に甘え、いったん楽器店を出て、アパートに戻り、一晩かなり真剣に考えました。
でも、朝になっても答えは変わりませんでした。
親には言えませんでした。
一人暮らしでかかるお金に加えて、すでに車のローンもあったのです。
それでも、ローンを組んで、その楽器を迎え入れました。
習い事の月謝みたいなものだろう、と自分に言い聞かせて。
今思えば、かなり無謀だったと思います。
返済にはかなりの期間を要しましたし、親にバレたときは結構叱られました。
でも、この楽器があったおかげで、トロンボーンアンサンブルに入って演奏したり、管弦楽(オーケストラ)の中で音を出す経験を重ねることができました。
何より、音楽を通じた人との出会いが一気に増えました。

(2014年頃撮影)
行き詰まり|思うように鳴らなくなった
以来その楽器は、18年間、僕の音楽活動の一時代を一緒に築いてくれた、かけがえのない相棒でした。
しかしある時から、その楽器はガクリと膝をつくように鳴らなくなりました。
音が出ない、のではないのです。
なんとなく、響きも、吹いた感じも、“重い”・“鈍い”。
ひとたび息を入れれば軽やかに鳴り渡るような伸びが、全然しなくなってしまいました。
まるで、
「これ以上、同じやり方では進めない」
と言われている気がしました。
もっとふくよかで柔らかく響く、扱いやすい楽器が欲しい。
そう思いながらも、100万円近い買い物に踏み切る勇気は持てませんでした。
障害者雇用で収入は限られていて、演奏でお金を稼げるわけでもない。
副業も禁止されている。
音楽は人生の中心にあるのに、生活はそれを前提に組まれていない…。
その現実が、何度も背中を押し返してきました。
行きつけの楽器屋さんでたびたび開催される楽器の試奏会で、新型の楽器に触れることがあり、
「ああ、このコといつまでも一緒にいたい!」
という楽器に何度も逢えたのですが、やはり金銭的な理由で泣く泣く諦めました。
試奏会の中で、新しい楽器を手にした人を何人も見てきましたが、本当にうらやましくて仕方がなかったです。
そして僕の場合、お金がないこともさることながら、親(特に母)からの反対が強かったというのがありました。
親は、音楽に理解がなかったわけではありません。
ただ、楽器を買い替える話になると、決まって言われました。
「楽器はもうあるでしょう?」
「将来のために貯めなさい」
正論だと思います。間違っていません。
でも、その言葉を聞くたびに、
自分がやろうとしている音楽は
「あくまで趣味」
「人生の本筋においてもらえないもの」
としての扱いでしかない気がしていて、苦しかったです。
新たな出会い|GREENHOEの衝撃
2019年11月23日、勤労感謝の日。
神奈川県の発達障害の友達(ご夫婦)の開催する自助会に遊びに行ったときのこと。
会場入りする前に、東京の楽器屋さんをめぐりたいと思い、新大久保のDAC(ダク)という楽器屋さんに行ってみました。

この楽器店は、NHK番組「ドキュメント72時間」で取材を受けたことでも有名。
ちょうどトロンボーンフェア中で、素晴らしい楽器がたくさん並んでいましたが、中でも写真にあるGREENHOE(グリーンホー)のバストロンボーンがあることに驚きました。

ちなみにこのコには買い手がついていたのですが、なぜか売り場に展示してありました。
「吹くだけならタダですから!」とのことで試奏させていただいたのでした。
以前、金沢の楽器屋さんで、輸入元の方にお会いした時、
「GREENHOEのトロンボーン、機会があったら一度吹いてみてください。ちょっとお高いですが、価値観変わりますよ!」
と言われていた楽器…。
「店頭に並んでいることなどまずないから、あったら吹いてみたらいいよ」
という楽団の仲間の言葉もあり、試奏させてもらうことにしました。
吹き比べた瞬間すぐにわかりました。
息を入れたら入れた分だけ通り、詰まった感じも通り過ぎる感じもない。
ベルが心地よい振動をして豊かに響いてくれる感じ。
他の楽器との吹き比べを、店員さんに聴いていただきましたが、
「響きの豊かさといい、音の伸びといい、段違いです!」
と言われ、とにかくうれしかったです。
心の底から「ほしい」と思ってしまいました。
でも現実は厳しいもので…。
簡単に出せる金額ではないし、まだ使える楽器が手元にある。
Shiresをオーバーホールし、リフレッシュして使ったら?とかも考えました。
だけどそれでも、この音を忘れることができませんでした。
決断|お金と覚悟
2020年の初詣の絵馬にも、
「GREENHOEのバストロンボーンを手に入れる!」
と書くくらいに心を決め、次に日本に入ってくる楽器で、試奏したものと全く同じモデルを、お世話になっている隣県の楽器屋さんに納入してもらうよう段取りをお願いしました。
そして、その楽器屋さんに下取り見積もりを出してもらったところ、そんなに大した金額ではなく…。
そこで、ダメもとで、フリマアプリに少し多めの金額で出品してみたところ、
「この年代の製造のShiresを探していた」
という方が現れ、想定以上の金額で手放すことができました。
佐渡裕さんをはじめ、大物アーティストのサインが入っているケースを引き続き使えるように&カモフラージュのために残し、楽器屋さんが用意してくれた中古ケースに丁寧に梱包してもらい、18年間の感謝を込めてお別れをしました。


そこから先はもう勢いのようなものでした。
500円玉・50円玉貯金をコツコツして、
あの“国民一人当たり10万円の給付金”も注ぎ込み、
あと少しのお金は貯金で工面することにして。
そして、2020年7月。
心待ちにして届いた楽器を手にした時は、涙が出るくらい嬉しかったです。

(2020年7月11日撮影)
内緒にしていた親には、誕生日に手紙を書きました。
音楽が自分の人生の中心であること。
これが最後の楽器だという覚悟。
返ってきた言葉は、
「わかったよ。大事に使いなさい」
でした。
広がった世界|Be Phil Orchestraへ
この楽器は、不思議なほど自分に寄り添ってくれます。
息を入れた分だけ応えてくれることで、演奏に対する迷いや不安が減っていきました。
そして、少しずつですが、僕の音楽の居場所を広げてくれました。
たとえば、石川県立音楽堂の落成20周年記念演奏会。
プロのオーケストラの中に加わり、同じ舞台に立って演奏する機会をいただきました。
客演、エキストラという立場ではありますが「アマチュアだから」という線引きを感じさせない現場。
音楽の流れの一部として音を出せた経験は、大きな自信になりました。
もうひとつ大きかったのが、
「交響する氷見」
というオーケストラとの出会いです。
農耕をしながらチェロを弾く方が代表を務める、縛りのきつくない、でも音楽への敬意が深い団体。
それぞれの生活や特性を抱えたまま、音楽を続けていける場所です。
ここでは、
「無理をしないこと」と
「音楽を手放さないこと」が、
ちゃんと両立しています。
そうした経験を重ねていた中で、
2023年、ベルリン・フィルとの共演企画「Be Phil Orchestra」のオーディションが発表されました。
応募者総数は約1200人。
その中から100人しか選ばれない。
バストロンボーンはたった一人。
ASDの特性に悩みながらも、
「それでも音楽で人とつながれる」
そう信じて、動画を提出しました。
届いたメールの件名は、「Congratulations!」。
完璧な演奏ではなかったと思います。
でも、とにかく丁寧に演奏すること、自分らしさを消さないことを、この楽器が支えてくれた気がしています。
そのあとの夢のような日々のことは、こちらに記してあるので、よければご覧ください。
終章|得をしたもの
今、楽器の値段は当時よりずっと上がっています。
でも、あの出費が「得だったかどうか」を、相場や金額で判断する気はありません。
本当に“得をした”のは、
怖さや不安を理由に、音楽から距離を取らなかったことでした。
もしあのとき引き返していたら、音楽は僕の人生の中に「残って」はいたと思います。
でもそれは、どこか遠くて、無難で、刺激のない存在になっていた気がします。
お金の使い道には、その人が何を大事にしているかが表れます。
僕にとってあの出費は、
単に楽器を買った、という話ではなく、
「音楽と一生付き合っていく側に、自分を置く」
と覚悟を決めた表明だったのだと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
