「人生にナビはない、たとえ発達障害でも道は自分で選んで進め~音楽活動編~」
僕とトロンボーン
トロンボーンを始めたきっかけ
もともと音楽は聴くのもやるのも大好きでした。
アコーディオンなどが中心で、女の子ばかりだった小学校の音楽クラブと違い、いろいろな楽器があり、男子部員も多いことを、地元公民館の文化祭で催された中学校吹奏楽部の演奏で知った僕は、
「中学生になったら吹奏楽部に入る!」
と決めていました。
入学直後、部の見学にいった日、身長195cm(!)の部長さんが手にしていたトロンボーンを見て「カッコイイ!」とひと目ぼれ。
先輩に招かれるままパート部屋に行き、初めて手にしてすぐ音が出て、“ひと吹きぼれ”。
そんな小さなきっかけから、すべては始まりました。
先輩たちが、全日本吹奏楽コンクール本大会初出場にして金賞を受賞したことから、僕も「目指せ!普門館」と練習に励む日々に。
中学校2年生になる直前の2月に、
「一生続けるから、お願い!」
と頼み込んで、今は亡き祖母の援助もあって、自分の楽器も手に入れました。
それからというもの、
「お前、何しに学校来てるんだ?!」
と訊かれたら、
「部活ですッ!」
と言えるくらいに燃え燃えでした。
トロンボーンを吹くことが楽しくて楽しくて仕方がありませんでした。
そして迎えた中学校3年生のコンクール。
自由曲は、セルゲイ・プロコフィエフ作曲 バレエ組曲『ロメオとジュリエット』。僕が演奏するバストロンボーンが活躍する場面が多く、やりがいがありました。
しかし、地元放送局主催の子ども音楽コンクールは断トツの1位だったのに、県大会後の北陸大会では、まさかの銅賞。
今にして思えば、パート練習をみっちりしていなかったから、当然と言えば当然かもしれないです。
でも、「こんなにも結果に差が出るのはどうしてだろう」と悩んだ僕は、子ども音楽コンクールの審査員だった大石清先生に、お手紙を書きました。
すると、先生のお住いの小笠原から、とても丁寧な返事が届いたのでした。
『前途ある君達はいろいろな経験を重ねてゆくのです。コンクールの結果は過ぎ去ってゆく経験の一つとして心にきざみ、次を目指して強く生きてください。
どうぞくよくよしないで、これからの成功を求めてすばらしい大人になってください。
音楽はこれでよいということはありません。永遠に求めていくものです』

僕はあまりの嬉しさに何度も読み、恩師である顧問の先生にも見せました。
そして、顧問の先生から言われたことも忘れられません。
「お前は音大に行ってプロになって演奏するタイプの人間じゃないナ。仕事頑張りながら、趣味として楽しみながらずっと長く続けていったらいい」
その言葉を胸に、高校も大学も吹奏楽部に所属。
社会人になってからは、大学のOBOGが立ち上げた吹奏楽団で活動をはじめました。
また、学生オーケストラのエキストラという形で、ベートーヴェンの交響曲第五番「運命」を演奏したのを皮切りに、オーケストラの出演もするようになりました。
混迷の社会人時代の音楽活動
しかし、最初の職場でうつ病を発症し、その後は職を転々としました。
仕事が決まると元気になるのですが、ぶり返したりして仕事が安定せず、何度も離退職を繰り返していて不安定な20代~30代でした。
また、今振り返れば“かわいいもの”かもしれませんが、音楽活動における背景や人間関係は順風満帆ではありませんでした。
高校時代は、女子からの執拗ないじめや嫌がらせにあい、辛くて何度も合奏を抜け出したり…
トロンボーン経験者の女性と運命的な出会いをし、一緒に活動しましたが、片思いのまま失恋して、団を辞めたり…。
それでも楽器の練習だけは頑張っていましたし、吹奏楽団、もしくはオーケストラ、どこかの団には所属して演奏活動は続けました。
でも、先述の恩師が指揮をしていた社会人吹奏楽団では、積極的に活動していたのに、理由の説明無しに、
「次からもう来ないで」
と言われ泣く泣くやめました。
また、全パート団員募集を謳っていたので見学に行き、メンバーからは歓迎ムードだったのに、なぜか入団を拒まれた吹奏楽団もありました。
(後から聞いた情報によると、その金沢市内の吹奏楽団は、取り仕切っている女の子のお眼鏡にかなう人間でないと入団できない、とのこと)
それで、一時期どこにも受け入れてもらえない自分が嫌になって、初めてトロンボーンが吹きたくなくなったことがあり、奏者が少なくあちこちから歓迎されるファゴットに転向しようか、とも考えました。
そのとき、僕を長く知るバストロンボーンの方が、
「ファゴットに代わっても、またトロンボーンが吹きたくなるって。本気で音楽をやるのだったら、本当に自分が演奏したい楽器が一番だよ。うちの団の2番奏者の枠が空いているんだ。こないかい?」
と言っていただき、その方が所属する社会人オーケストラに入団させていただき、現在に至っています。
今のオーケストラに在籍していることで、毎年春に開催される音楽祭に出演したり、石川県立音楽堂落成20周年記念という大舞台にて、「オーケストラアンサンブル金沢」の方とともに演奏できたりという貴重な経験もできていて、本当に感謝しています。
35歳の時に発達障害の診断を受け、仕事が変わり、出会う人も変わっていきましたが、絶えず音楽活動が続けられていたのは、家族が音楽活動に理解を示してくれていていたことと、
結婚や出産でやめざるを得ない人も多い中、僕は独身で、自分の好きなものに思いきり情熱を傾けられる環境にあったということが、大きな理由だと思います。
また、発達障害の自助グループをはじめ、SNSなどを通じて音楽以外の友達も増えていき、音楽活動以外の人とも交流するようになって、
「にしむートロンボーン吹けるんだ、ずいぶん長いこと続けているんだね、すごいね」
と褒めてもらう機会が増えました。
演奏や自己肯定感が低かった自分が、少しずつですが
「トロンボーンが演奏できることは、僕にとってかけがえのない大切なもの」
と思えるようになりました。
そんな時でした。一生ものの経験がおとずれたのは。
Be phil Orchrstra
オーディション!
2023年7月、何の前触れもなく驚きのニュースが発表されました。
来日するベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と指揮者キリル・ペトレンコ氏によるプロジェクトで、オーディションによって選ばれた、約100名の日本のアマチュア音楽家たちによる一夜限りのコンサートを、東京・サントリーホールで開くというもの。
しかも演目は、バレエ組曲『ロメオとジュリエット』。全国大会に行けず涙をのんだ苦い思い出の曲。
選ばれるのは難しいと思いましたが、
「えー受けないの?受けてみなよ!」
と、多くの方から背中を押してもらいました。
レッスンでお世話になっている沼田司先生や、NHK交響楽団の黒金寛行先生に教えをいただき、6分間の演奏動画を撮影することに。
普段独奏曲など演奏しませんし、『ロメオとジュリエット』のオーケストラスタディ(※)も、実際やってみると本当に難しい。
しかも、ASDの特性の一つである“こだわり”が発動してしまい、限られた時間で何回撮っても納得いくものができず、次第に口もばて始め、もうダメかなと思いました。
黒金先生は、
「突き詰めようと思うとキリがありませんから、『これくらい出来ていればよし』としましょう」
とおっしゃってくれて、「これかな?」というベストなものを選びました。
そして、応募動機には英語で、
『ASDの僕でもオーケストラの一員として演奏でき、自分の強みを活かして音楽で人々に感動を与え、人生を楽しんでいることを、世界中の人たちに知ってもらいたい』
と書きました。
2023年9月26日。19時ちょうど。1通のメールが届きました。
タイトルには「Congratulations!」。
本文には、「約1,200人の応募者の中から選ばれたことを…」
一瞬目を疑いましたが、まぎれもなく合格通知。バストロンボーンの奏者に選ばれたのでした。
両親をはじめ、レッスンの先生や友人知人みんなが、自分のことのように喜んでくれました。


そこから先はもう大変でした。
会社に一週間のお休みをもらい(もちろん即OKをもらいましたし)、滞在先のホテルや新幹線のチケット購入など…。
東京滞在は11月21日~26日の本番を経て27日までの6日間。
そんな中、音声SNS「clubhouse」で交流している人たちが、電子マネーで活動資金をカンパしてくれたのです。それもかなりの額を。
障害者雇用の自分は、恥ずかしいかな、お世辞にもそんなに月給は多くありません。
ですから、すごくありがたかったです。
夢のような日々
書面のやり取りもそうでしたが、リハーサル中のやり取りも全部英語。
スタッフの方に流ちょうな英語で話している他メンバー。
コミュニケーション面でも演奏面でも、他メンバーから(こんな奴が受かったのかよ……)と思われないか不安でしたが、それは杞憂でした。
音楽に対して直向きで上手なだけでなく、いつも笑顔で、他人をリスペクトする気持ちが感じられる人ばかり。
初日の金管楽器練習のあと、グループLINEに自己紹介プロフィールを載せ、同じトロンボーンパートと2人とチューバの方に、ASDをカミングアウトしました。
3人とも、
「別段気にしないですよ。ちゃんと普通に話せてコミュニケーション取れていますし。一緒に楽しみましょう!」
と優しく声をかけてくれました。
リハーサルが進むにつれて
「俺たち受かったんですから、自信持って、楽しんで演(や)りましょ! 」
「バストロの音、すごく心地良くて、いい音です」
と温かい言葉をたくさんかけてもらえて、安心感と共に、一層身が入りました。
ベルリン・フィルのメンバーの指導の下、4日間にわたる綿密なリハーサル。

すごかったのが、2日目に登場したマエストロ・ペトレンコ氏。
一気にその場の空気が澄み、音の粒がこれまでに聴いたこともないきらめきを放っている感じ。
マエストロの表情とタクト、全てが心地よく、それらすべてに、どういう音が欲しいのかが全部溢れている!
それに応えるようにどんどん演奏が洗練されていきました。

本番前最後のリハーサルで、初めてサントリーホールのステージへ。
数々の名演を響かせてきた名ホール。そこはまさに未体験の響きでした。
残響の時間がとにかく長く、音を出していて心地よくてたまりませんでした。

2023年11月26日 本番
本番。
舞台袖にいた時よりも数段緊張してしまい、「あっ、イメージと違う音になってしまった…!」という箇所こそありましたが、演奏の出来と楽しさは、間違いなく今までで最高でした。

演奏後の残響の直後に届いたのは割れんばかりの拍手。
さらにステージ後席にいたベルリン・フィルメンバーからも笑顔とエールが。

夢の中にいるような…とはまさにこのことをいうのだろうな、思える時間でした。
演奏してこんなにも清々しい気持ちになれたのも今までで一番だったし、最高の形で中学校3年時のリベンジができました。
Be Phil Orchestraで過ごした日々の中で体感できたのは、表現し尽くし難い、素晴らしい世界でした。
打ち上げにて
公演終了後の打ち上げでのこと。ファゴットの若い女の子が隣にやってきて、声をかけてくれたのです。
「グループLINEの書き込みを見た時思ったんです。どうしてあんな風に発達障害のことをちゃんとオープンにできていて、そんなに前向きになれているのかなって……すごいなって」
彼女自身も、心を病んで仕事を休んだ時があったそう。
僕は今までを振り返り、いろんな面で辛いことはたくさんあったけれど、多くの人の支えがあり、とても感謝していること、
そして何より、
『障害があっても生き方に障害は持たない』
『ASDは僕のアイデンティティであり、いいところも悪いところもひっくるめて僕は僕』
と思えたからこの場にいられるのかも、ということなどを伝えました。
すると彼女は、涙をたくさん流して泣きながら、
「ありがとうございます。すごく勇気もらえました。この事、もっといろんな人に伝えていってください!」
と言ってくれたのです。
本番の舞台と同じくらい感動した出来事でした。
Be Yourself, Be Music
僕は一時期、ASDの特性の悪い部分を減らすことに躍起になっていました。
なぜなら、本やネットにあるASDの特徴説明が、巷のマイナスイメージの増長に繋がるような「○○が苦手・○○ができない」という否定的な言葉で綴られているから。
さらに、発達障害関連のSNSにある、あるあるネタやそれへの同調、
「どうせ私たちのことはわかってもらえない」という孤立感、
さらには、
「発達障害になったら・診断されたら『人生ベリーハードモード』」
「仕事も出来ない・お金もない・恋人もできない・ないないづくしの詰んだ人生」
大変さが書かれている投稿を目にすることが辛かったからです。
ずっと自分の「できない・苦手」だけにフォーカスしていた僕が、ASDの特性を排除しようとしなくなって自分を受け入れ、前向きになれたのは、「できる・得意」にフォーカスを向けてくれた人が周りにたくさんいたから。
そしてその人たちのおかげで、僕らしい人生を取り戻すことができたからだと思います。
そして、ASDでもこんな大舞台に立つことだってできたのです。
こんな未来が待っているなんて、過去のどの自分にも想像できなかったことです。
このかけがえのない経験は、たまたま運が良くて……とか、
僕の発達障害の特性の出方が、たいていの発達障害の人より少ない……とか、そういったことは関係ないと思うのです。
自分でやろうと思って進んだ道。
自分で続けようと思って歩んだ道。
そして「ASD の自分でもいい」という許可を出すことをし始めた僕に、きっと神様がご褒美をくれたんだ、と思いました。
メンバー全員に配られたTシャツには、
『Be Yourself, Be Music』=あなたらしく、音楽であれ
と書かれていました。
“常識”とか“普通”というもので固められたものではない、あなたらしい人生がきっとある――あなたの心が決めた人生を歩んでいいんだよ
そういうメッセージのような気がしたのです。
だからこそ心から言えます。
「生きるコトや仕事に直結しない特技でも、続けることによって得られるものがある」
「生きていると、悪いことも起こるけど、その分いいことも必ずある」と。
Be Yourself, Be Music.
僕はこれからも“自分の音楽”を奏でていきます。
2024年11月26日、ちょうどあの日の本番から1年が経った日に記載。
最後までお読みいただきありがとうございました。
※オーケストラの楽曲の有名な旋律やソロ部分を抜き出した、練習用のパート譜。略称“オケスタ”。
