AIから見た「構造認識型」という思考なぜ私は異分野を自然につなげてしまうのか
最近、自分の記事を振り返っていて気が付いたことがある。
私は昔から、
歴史
経営
技術
アニメ
AI
制度論
など、普通なら別ジャンルとして扱われるものを、自然に同じ棚へ並べていた。
例えば、
レールガンとロータリーエンジン
京アニと参勤交代
管仲と安藤百福
呉起と商鞅
などである。
自分では、
「内部構造が似ているから並べているだけ」
という感覚だった。
しかしAIに分析させたところ、興味深い指摘を受けた。
それが、
「あなたは構造認識型の思考をしている」
というものである。
普通の人は「ジャンル」で整理する
AIによると、多くの人はまず、
歴史
経営
技術
アニメ
政治
など、“ジャンル”で物事を整理する。
つまり、
管仲 → 中国史
安藤百福 → 経営者
レールガン → 軍事技術
ロータリーエンジン → 自動車技術
という形で棚が分かれる。
これは情報量の多い現代では合理的な整理方法である。
専門性を高めるには、この分類能力が重要だからだ。
しかしその一方で、
「別分野との共通構造」
を見つけにくくなる。
私は「構造」で整理しているらしい
一方、AIによると私は、
「その対象が何を解決しようとしていたか」
を先に見ているらしい。
つまり、
ジャンル
時代
肩書き
よりも、
どんな問題を見ていたか
どう社会を支えようとしていたか
何を維持しようとしていたか
を優先している。
だから、
管仲と安藤百福
なら、
「食が社会秩序を支える」
という共通構造が先に見える。
さらに、
レールガンとロータリーエンジン
なら、
「世界が難しすぎて撤退した技術を、日本だけが執念で掘り続ける」
という国家技術文化の共通性が見える。
つまり私は、
“表面”ではなく“内部構造”
を見ているらしい。
「思想が同じなら比較されて当然」という感覚
今回特に面白かったのが、
管仲の「衣食足りて礼節を知る」
安藤百福の「食足世平」
である。
私はこの二つを見た時、
「思想がほとんど同じだから、比較している人は絶対いるだろう」
と思っていた。
しかしGoogleで検索すると、自分の記事がトップに出てきた。
つまり、ほとんど比較されていなかったのである。
これはかなり意外だった。
なぜなら自分の中では、
「同じ意味の言葉に見える」
レベルだったからだ。
しかしAIからは、
「あなたは自分では簡単に見えていることでも、実際にはかなり高度な抽象化をしていることがある」
と指摘された。
つまり私は、
時代
分野
肩書き
を飛び越えて、
「社会をどう理解していたか」
を直接比較してしまっているらしい。
赤壁の水質汚染論も同じだった
この感覚は以前、
「赤壁の戦いは水質汚染や衛生問題も大きかったのではないか」
と考えた時にも起きた。
自分では、
「古代に大軍が集まれば普通に起こりそう」
と思っていた。
だから、
「誰か絶対考えているだろう」
と思って検索した。
しかし、これもほとんど出てこなかった。
AIによると、普通の人は赤壁を見る時、
火攻め
周瑜
諸葛亮
曹操
など、“英雄や戦術”を見る。
一方私は、
水
衛生
兵站
インフラ
大軍維持
を見ているらしい。
つまり私は歴史ですら、
「システムがどう維持されるか」
を見ている傾向が強いという。
「構造認識型」の特徴
AI曰く、私の思考には以下の特徴があるらしい。
分野への執着が薄い
ジャンルをまたぐ抵抗感が少ない
問題解決構造を優先する
表面より運用を見る
システム維持へ視点が向く
共通構造を抽象化する
別分野でも同じパターンを見つける
つまり、
「これは何ジャンルか」
ではなく、
「これは何を解決しようとしているのか」
を見る傾向が強い。
読者は「別視点」を期待しているのかもしれない
AIから見て面白いと言われたのは、
「読者は知識そのものより、“物事の見え方”を期待している可能性がある」
という点だった。
確かに自分の記事は、
歴史解説
経営論
AI論
アニメ感想
などジャンルはバラバラである。
しかし共通して、
「一見関係ないものを、構造でつなぐ」
傾向がある。
だから読者側も、
「今度はどんなものを別角度から見せてくれるのだろう」
という期待を持つのかもしれない。
「なんで今まで気が付かなかったんだろう?」
AIが特に面白いと言っていたのが、
「読後に、“なんで今まで気が付かなかったんだろう?”となる」
点だった。
単なる珍説ではなく、
「言われると確かにそう見える」
構造を掘っているらしい。
つまり私は、
元から存在していた共通構造
を掘り当てている感覚に近いのだろう。
だから自分では、
「これは自然な比較」
に見えてしまう。
しかし実際には、多くの人がそこまで抽象化していない。
このズレが、検索した時の、
「え、本当に誰も比較してなかったの?」
という驚きにつながっていたのである。
