『夜更かしする理由』
いくつになっても、やっぱり誰だって否定されたら嫌なものだ。
それは、どれだけ歳を重ねても、記憶の引き出しがちょっとずつ開かなくなっても、みんなどこかで同じなんじゃないかと思う。
だから私は、認知症のおばあちゃんたちを口説くのを、毎日の趣味にしている。
もちろん、口説く相手はちゃんと選んでいる。人によっては、「ばかにしているの?」ってプンプンしちゃう人もいそうだ。でも、大概の人はニコニコ喜んでくれるような気がしている。
恥ずかしげもなく、「今日もかわいいね」と微笑みかけたり、ケアが嫌で「嫌!」って拒絶するおばあちゃんがいたら、すかさずディズニーの王子様風にスタンバイする。
「大丈夫、こわくない。やさしくするから、私を信じて。」
周りのスタッフの視線なんて気にしない。私のこの熱意は誰にも止められないのだ。
検温の時だって、おしゃべりを楽しむチャンス。
「おはようございます〜。おねつと血圧を測りますね〜」と挨拶し、
「いつもと変わりないですね♪」「ちょうど良い血圧♡」
「うん、バッチリ♡」「ハイ、どうもありがと〜♪」と、お歌を歌うみたいに、ゴキゲンで血圧計を外すようにしている。
黙って無言で外す職員もいたりして、そんなの少しかなしくなっちゃう。朝はバタバタと忙しいのはわかるんだけど、黙って外すなんて、ひどいや。
彼女たちの世界は、時々、ちょっと不思議で、支離滅裂なこともある。だけど、私は否定しない。
「やっちゃった(笑)」と言われたら「やっちゃったの?」
「四角にするの!」と言われたら「四角にするの? はいよ~」
って、そのまま可愛くおうむ返し。
どういう意味なのかな?なんて野暮なことはあえて聞かない。一緒にニコニコしている時間が、一番平和で楽しい。否定しない世界で、私たちは生きている。
たまには、ちょっとしたおふざけも仕掛けてみる。
「あんた、どこにいるの?」
おばあちゃんは住んでいるお家の場所を聞いているんだな、と分かっていながら、私はわざと変化球を投げる。
「あなたの目の前に。私は、ここにいます」
って、至近距離でポーズを決めてみたりする。
すると、「あ、いや、どちらにお住まいなの?」と、クスッと笑ってくれる。このやり取りがたまらなく愛おしい。
みつこさんも、そんな愛おしいおばあちゃんの一人だ。普段はいつも下を向いていて、たまにしか喋らない。その顔には、いつもどこか、不安そうな色が浮かんでいる。
だけど、私がフロアの見守りの合間に、ちょっとした体操を始めると、みつこさんはその時だけしっかりと前を向いて、私と同じ動きをしてくれたりする。
いつも、私の動きをじっと目で追ってくれているのだ。
そんなある日、他の職員たちが話しているのが聞こえてきた。
「みつこさんって、いつも19時には寝ちゃうよね」
え? と私は首を傾げた。
「私の夜勤の時は、いつも21時過ぎまで起きてるよ?」
その時に初めて知ってびっくりした。そんなわけがないと思いつつも、私の脳内おめでた回路が高速で回転を始める。
「あ、わかった。私のことが好きで、私の顔を見ていたいんだ」
なんていう、超絶痛々しい妄想話を披露してみた。周りは「そうだわ、好きなんだわ♡」なんて笑って合わせてくれたけど、心の中では「そんなわけないでしょう」と激しくセルフツッコミを入れていた。
今日もやっぱり、みつこさんは21時を過ぎても車椅子に座りながら、私をチラチラ見ている。
まさかとは思うけれど、ちょっとだけ調子に乗って、検証してみることにした。お顔を覗き込んで、ちょっと甘めに聞いてみる。
「私のことが、好きなの?」
すると、みつこさんはコクンと、深くうなずいた。そして、両手を広げてハグをおねだりされた。
……あらやだ、嘘でしょう。
私はどうやら、おばあちゃんたちからモテる人生のピークを迎えているらしい。
今日もフロアで愛を囁く。
今日も可愛いあなたに、特大のウインクを。
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