放課後にあった“あそび”が、消えていく
先日、病気休職になった先生のことを
書いた記事に、
たくさんのコメントをいただきました。
当事者になった経験のある方からも、
言葉をいただきました。
「こんな思いで
待っていてくれる先生がいることが救いになる」
「お休みしている間、
人が怖いって思う時期もありましたが、
きっかけを与えてくれるのもまた人です」
その言葉に、私自身もすごく考えさせられ、
救われました。
本当にありがとうございました。
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今日は、また学校の話です。
教師をして20年近くになりますが、
最近ずっと感じていることがあります。
学校現場から
「余白」がなくなってきていること。
その象徴のひとつが、放課後です。
20年前。
放課後に子どもを残すことは、
特別なことではありませんでした。
「宿題やってきてない人、
残って仕上げて帰ろう」
「図工、もう少しで完成の人は残ってやろうか」
最初はイヤイヤだった子も、
だんだん楽しくなってきたり。
友達が残るから、
なんとなく一緒に残ったり。
正規の時間が終わったあとの、
どこか時間がゆるむ空気。
いつもは“40人の中のひとり”の子が、
担任をちょっと独占できる時間でもありました。
そして、そういう時間にこそ、
ぽろっと本音がこぼれます。
「最近、あの授業ちょっとしんどい…」
「実は、あの先生ちょっと苦手なんだよね」
「〇〇ちゃんたち、
仲良さそうでそうでもないよ」
「兄弟ケンカばっかりで、家に帰りたくない」
「パパとママ、最近ケンカしてて…」
授業中でも、休み時間でもなく、
ただ一緒に何かを仕上げている時間。
ゆったりとした時間だからこそ出てきた言葉が、
確かにありました。
でも今は。
放課後に残すと下校時刻とずれてしまい、
安全面の確保が難しいこと。
そして、放課後に入る会議。
私の勤める学校では、
ほぼ毎日何かしらの会議があります。
これも20年前と比べると、確実に増えました。
働き方改革で会議を5時までに終えるため、
開始時刻はどんどん早まっています。
昔のように勤務時間を過ぎても
延々と会議をするのが、
良かったとは思いません。
それでも――
子どもを追い立てるように教室の鍵を閉め、
そのまま会議へ向かう放課後。
何をこんなに急いでいるのだろう、と
ふと我に返ることがあります。
あのゆるんだ時間は、
もうほとんどありません。
あまり語られませんが、
放課後のゆったりとした時間。
あの「余白」が、
学校教育から消えつつあること。
安全も大事。
効率も大事。
どれも間違ってはいない。
でも――
余白がなくなり、
何か大切なものを
静かに手放しているような気がしてなりません。

