見出し画像

ツバメが運ぶ、小さな季節

何と!お隣の家の通気口にツバメが巣を作り始めていました。

昨年の夏、我が家のシマトネリコの樹にヒヨドリが巣作りをしたことがありましたが、今年もまさかの出来事!
うちのねこ達の関心事が一気に増えました。

いつもなら、私に「おはよう」を言いに来るシオンちゃん、あれ?今朝はどうしたのかな?と思っていると、
窓辺で「カカカカッ、カッ」と小さく可愛いクラッキングが響きました。


猫のクラッキングとは、窓の外の鳥や虫などの獲物を見つけたときに、「カカカッ」と小刻みに歯を鳴らすような独特の鳴き方のことで、 獲物を発見してアドレナリンが出ており、気分が高揚している状態です。


ツバメのお父さんかな?お母さんかな?


シオンちゃんの視線の先で、ツバメがせっせと泥や枯れ草を加えて飛び回っています。
私の部屋の窓から見える場所に、どうやら巣を作っているようです。


ツバメが低空飛行中

カーテンを開け、即席の特等席を設えました。ツバメが右へ飛べば、シオンちゃんの丸い頭も右へ、左へ旋回すれば左へ、その規則正しい動きを見ているだけで、ツバメの飛行ルートが手に取るようにわかるのが可笑しくて、私もこの部屋から離れられません。

ツバメにとっては、天敵から身を守る安全な要塞なのでしょうけど、すぐ隣の窓辺で、自分たちの巣作り計画を熱烈に応援(監視?)している毛むくじゃらなねこが2匹もいるとは夢にも思っていない様子です。

ねこ達の瞳はツバメが運んでくる「小さな季節」でキラキラ輝いていました。
やがて、巣が完成し、可愛いツバメのヒナの声が聞こえる頃、我が家のハンター達は、もっと忙しくなるのでしょうね、私も窓の向こうの新しい命の誕生が楽しみでしかたがありません。

ツバメと言えば、オスカー・ワイルドの小説
『幸福な王子』を思い出します。

ツバメが自らを犠牲にして尽くしたいと思える王子との出会い。その無償の愛と献身に胸を打たれました。と同時に、大人になるにつれて現実の難しさを思い知らされます。

「実際、そんな出会いはない」と感じる寂しさも、現実を知るからこその実感です。フィクションの中に見出す無償の愛が、私たちの心の中で、生き続けるのかもしれませんね。

私の悪い癖と言いますか、こんな物語を作ったオスカー・ワイルドという人は、いったいどんな人だったのでしょう。知りたくなります。


『幸福な王子』の最後の場面を覚えていますか。
ツバメは王子に「エジプトに行くのですね」と聞かれ、「僕が行くのは死の家(天国)です」と答えて、王子の唇にキスをして息絶えました。
暖かい南の国へ行くことより、王子のそばにいることを選んだのです。

そこまで深く愛することができれば、もう何も言うことはありません。

オスカー・ワイルドは、(1854–1900)は19世紀末のアイルランド出身のイギリスで活躍した劇作家・小説家です。 耽美的・退廃的・懐疑的だった時代の旗手のように語られ、多彩な文筆活動を行った。しかし、男色行為の発覚により実刑判決を受けて服役し、出獄後に失意から回復しないままに没した。

ウイキペディアより


天才劇作家と知られたオスカーが、同性愛がもとで投獄され一転してすべてを失う、まさに自身の作品のようにドラマチックで悲劇的な人生に、驚きました。

『サロメ』という戯曲も、
昨年NHKの「日曜美術館」で大変話題になりましたね。
ビアズリーの挿絵は、一度見たら忘れられない強烈な魅力があり、またこのビアズリーという人もオスカーの投獄のとばっちりを受け、仕事を干された、あの時代の荒波にのまれた一人。
漫画家の萩尾望都さんも大ファンだと言われていました。あの悪魔的な曲線と不穏な美しさが・・・。


話が逸れてしまいました。

名作『幸福な王子』の誕生には、オスカー・ワイルドが2人の息子さんに語り聞かせていた背景があるそうです。彼の父親としての優しさに満ちた親子の情景が浮かびます。
お話を語っていた父親のオスカー・ワイルドが涙を流しているのを見て、息子のシリルが聞きました。

「お父さん、どうして泣いているの?」
「本当に美しいものは、いつも人を泣かせてしまうものなんだよ」

とオスカー・ワイルドは答えます。

あたたかい親子の会話とともに紡がれた物語が、世界中で愛され、まだ「無償の愛」が何かもわからなかった子どもの私の心にも残ったというわけです。

子どもの頃に読んだ童話の記憶は、大人になってから振り返ると、また全く違う深い意味を持って心に迫ってきます。

『幸福な王子』は、現代の「ルッキズム(外見至上主義)」に対する、強力なアンチテーゼにもなっていますね。140年前からの鋭い先取りでした。

人間社会において、外見を基準に他者を差別したり評価したりする行為のことを「ルッキズム」。

「本当に大切なものは、目に見えない心の中にある」という強いメッセージをツバメが運んでくれたのかもしれない、と思いました。

初夏という小さな季節とともに。