日記をやめたら楽になった|離れることも回復のうち【パニック障害】
パニック障害など、抱えている疾患に向き合い過ぎると、消耗する時ありませんか?
時には離れることも大切だなあ、そう実感したことがあります。
パニック障害になって半年経ったころ、日記をつけ始めました。
日々のめまいや吐き気、発作が起きたときのショック、緊張や不安、そういったことばかり書いていました。
ネガティブな感情を吐き出せばすっきりするかと思いきや、私には逆効果でした。書けば書くほど、頭の中がパニック障害でいっぱいになりました。
そこで日記をやめました。するとパニック障害について考えない時間が、少しずつ増えていきました。とてもシンプルなのですが。
私にはこの方が合ってるのかな。そう思ったので、noteを始めるときも正直不安でした。パニック障害に特化した内容で大丈夫?と。
結果的に、日記のときのようなモヤモヤはありません。自分の考えを整理できる、交流ができる、学べる場だったので、やって良かったなと思っています。
もしかすると、パニック障害に対してある程度うまく付き合えてきたので、タイミングが良かったのかもしれません。
その日記はほんの1~2か月で終えてしまったのですが、今読み返すと、当時こんなふうに考えていたんだとか、少しは成長しているなとか、振り返りができます。
止めてしまったけれど、記録として残しておくことは無駄ではないんだなと思いました。
というわけで、たまにはパニックを忘れて全然関係ない話をしてみたいと思います😊(唐突)
漢字の読み間違い、したことありますか?
読み間違いの恐ろしいところは、自分は正しいと思っているので、人から指摘されて初めて気づくということ。
知らなかった!と、恥を晒してしまった!がセットになり、結構な衝撃です。
私が過去に指摘された読み間違いは、パッと思いつくだけで3つあります。
ああ恥ずかしい!
・「至新宿」を「しつしんじゅく」
駅とかで見る「至〇〇駅」(~方面行き)という言葉。夫に「何のこと言ってるか分からなかったけど、『室』と間違えてる?」と言われ、本当だ、よく見たら至るって書いてる!と驚きました。
(こっちが驚いたわ!と夫に突っ込まれました)
・「御用達」を「ごようたつ」
学生時代に友達が気まずそうに指摘してくれました。そんな思いさせてごめんよ…
・「文筆家」を「ぶんひつか」
こちらも友人からご指摘。ここ数年の話なので、私はまたかという感じ(全く成長してない)
他にもテレビを観ていて、「これってこう読むんだ…」と思ったことは何回かあります。
でも人から指摘されないと強く印象に残らないようで、何の漢字だったか思い出せません。恥をかく伸びしろはまだまだありそうです😇
英語みたくアルファベットだけだったらシンプルなのに。ひらがな、カタカナ、漢字と欲張りすぎだよ~!
と、昔の人に八つ当たりをしています。
あらためて思い返すと、まあアホだなあ😅
でもなんだか、気持ちが軽くなったような感じがしました。
「ゆるく生きよう」をひそかに心がけているので、アホなことでゆるさに近づけたような感じがします。
「なんだ私、ちゃんとアホじゃん」と思うことで、ちょっと肩の力が抜けました。
これは、こころを整えるひとつの方法かもしれないと思いました🤔
あ…またパニック障害の回復につながるようなことを考えてしまいました!
私はパニック障害対策を5つの角度から取り組んでいます。そのひとつである『こころを整える』こととして、今回はパニック障害からあえて離れることについてお話しました。
他の4つの柱については、こちらの記事で詳しく書いています。
参考になった、共感したという方がいたらスキを押してもらえると嬉しいです。一緒に穏やかな時間をちょっとでも増やしていけますように!
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