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その孤独をくれよ。

あぁ、孤独だ。
孤独で、退屈で、だけどだからといって、どこかに居場所を作る気にもなれない。
思い描く世界は、昔はもっともっと広かった気がするのに。
もしかしたら、知識を得るたびに狭くなっていっているのかもしれない。



「あ、コノ!」
「久しぶり」
「えっ…と、なんで?」

    名前を呼ばれて振り向くと、そこにはモトカレとモトカノがいた。二人に接点はなかったはずだと考えながら、琴乃はそのままの疑問をぶつける。

「私たち、付き合ってるの」
「もうすぐ、半年になるんだ」
「なんか、二人してすっごい酔っ払っちゃった日があってね」
「そうそう、それでお互いの以前の恋人を教え合おうってことになって」
「びっくりしちゃった、二人ともコノの写真出すんだもん」
「いや、でもなんで元恋人の写真なんか持ってんのよ」
「いいじゃん」
「そうそう、別に喧嘩別れじゃないし」
「円満に別れたんだし。え、もしかしてコノ私たちの写真消しちゃったの?」
「…いや、残ってるけどさぁ」

    そういうことじゃないんだけどなぁと、こっそり息を吐いて琴乃は、じっとりと二人を見つめる。まぁでも、お似合いではある。自分が面食いであったことを、いっそ褒めたいくらいだ。

「コノ、今イイヒトいないの?」
「んーないかなぁ」
「めずらし。君、恋愛体質なのにね」
「いやいや」

    琴乃は別に、恋愛体質というわけではない。ただいつも、閉じ込めたいという独占欲に負けてしまうのだ。
    それは、琴乃の望む楽しい恋愛ではなかったから。楽しく、軽やかに生きていたいと望む琴乃には、その感情は重すぎた。

「新しい人、早く見つかるといいね」
「んーはは」
「あ。じゃあ、そろそろ俺ら行くわ」
「うん、ばいばい」

    手を振るとあっさりと離れていく。これが今生の別れかもしれないというのに。
    別れ際はいつも、思うのだ。友だちも恋人も、家族でも。
    これでもう会えなくなるかもしれないのに、ずいぶんあっさりそちらを向いてしまうんだな、と。

あたしもそちら側に連れてってよ

    琴乃は願ってしまう。重くて暗くて、およそ似つかわしくないこの感情。嫌なのに手放せないのは、なぜなんだろうか。
    琴乃に分からないのだから、きっと誰にも分からない。くるりと琴乃も、背を向けた。こちら側には、琴乃しかいない。琴乃はいまだ、ここへの侵入を誰にも許してはいない。
    ステージに目を向ける。そこに立つ、同じ遺伝子の違う人間に、琴乃はいまだに焦がれている。
    琴乃には、乃斗という双子の弟がいる。乃斗は一時、声が出なかった。声変わりが遅かったのだ。そのことを友だちにからかわれ、声が出せなくなってしまった。それが今では、バンドを組んでたまにこうして歌っている。
    乃斗の声が戻ったときのショックを、琴乃はきっと一生忘れないだろう。いや、乃斗はなにも悪くはないのだ。ただ、琴乃が人一倍、変声期前のあのコロンとした声が好きだっただけで。
    変わってしまった。変わっていく、いろんなことが。耐え難いほどではないそれが、琴乃をずるずると引きずり落としていく。
    変化は大事なことだ。変わっていかなければいけないし、それ自体は琴乃も歓迎している。
    だけどそうやって変わっていくたびに、少しずつひとりぼっちになっていってるような、琴乃はそんな気がするのだ。 
    街ですれ違う、見知らぬ人から投げられる視線の数をみんなで競って。ビルに遮られて、小さく切り取られた空からですら、雨粒は落ちてくるのだ。
    どこにいたって見られていて、間違えばすぐにはじかれる。枠組みの中か外かにしか、居場所はない。

「アンタはどっちにいんの」

    愛や希望を歌う声は大きくて、でもその逆は小さく消え入るようだ。孤独や絶望も歌えばいいのに。全部一緒に、抱えて生きているのに。

「ここにいんじゃん、もうずっと」

    その境界線は、琴乃が作ったものだった。自分を守るために、そちらとこちらに分けた。
    誰にも、侵入は許していないと、思っていた。この孤独は、どこからきたのか。
    現れては消えて、一体どこがお前の居場所なんだ。お前自身は、それで寂しくはならないのか。

「おれはさ、寂しかったよ」

    乃斗の声が、静かに響く。琴乃の孤独はどうやら、一番近くにあったらしい。
    愛も孤独も、混ざりあって、どちらがどちらか分からなくなって、それから。あぁ、愛は孤独で、孤独は愛で、それはどちらでもよくて。
    ただ、乃斗の言う寂しいに全てが凝縮されていた。

「あたし、アンタの声が好きだよ」

    あのとき、言えなかった。乃斗の声が出なくなったとき、伝えていればよかった。琴乃は、閉じ込めてしまいたかったのだ、大好きな透き通ったあの声を。
    だけど、閉じ込めてはおけなかった。変わってしまった。みんなみんな、変わっていく。好きなものをいつまでも好きなままではいられないことが、寂しい。

「知ってたよ」

    多く疑問を持ってみても、全ての答えがあるわけではない。


たったひとつ、それが孤独なのだ。




1988文字


#第二回すべて失われる者たち文芸賞

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