noteを始めて2ヶ月|「自己受容」できる人になりたい
noteを始めてからの2ヵ月で、
劇的なことが起こり過ぎたので、
一度整理してみたいと思います。
初投稿に、noteを始めた動機を
書いていました。
問いは2つでした。
① どうすれば自由になれるのか?
② 人とどのように接するべきか?
①に対して、まず取り組んだのは、
自分自身のことを客観的に見つめ
直して理解する、ことです。
②は具体的に、この視点で考えました。
人を大切にすることと、
自分を大切にすることは共存できるか?
人と適度な距離をおいて保つことで、
人を傷つけず、自分自身も傷つかない
ようにするためには、どうすべきか?
これらに関する記事やコラムを書き、
さらに、詩や小説も投稿しました。
そして、最初の目標として、
「自己受容」できる人になりたい
と思うようになりました。
高校3年の時に出会った
人生を変えた本をご紹介しました。
『自分らしさを愛せますか』
(レオ・ブスカーリア著)
その後も様々な失敗だらけの
七転び八起きの人生を送りながら、
自分を愛せない、自己肯定感が低い
という人生を送ってきました。
『宿命と運命』の詩を書いた時にも、
運命は変えられると思ってましたが、
宿命は変えられないと思っていました。
宿命を受け入れることができれば 、
自分と向き合って
受け止めることができれば
人生を本当に再出発できると
思っていたのです。
つまり、
「自己肯定」できるようになるには、
「自己受容」できることが
前提なのだとあらためて思いました。
高校3年の人生最大の失恋の経験から
『四つ葉みたいにならない恋』という
短編の恋愛小説を書いてみました。
この失恋は人生の中の大きな汚点で
自分を愛せない象徴的な経験でした。
それは、自分のわがままのために
大切な約束を破ってしまったことで
告白という大事な場面が記憶から
完全に脱落してしまっていたほどでした。
僕は、その体験によって、
自分の心の中に深く刺さっている
「トゲ」が自分自身を深く傷つけて
いたことに気がつきました。
この「トゲ」のような
心の奥に残っている傷や痛み
に向き合うことができたのです。
この小説を書くことによって、
自分自身に向き合うことになりました。
そして、
最終章を書いている時に、
自分では自分自身を愛せないとしても、
自分は受け入れられ、優しさに包まれ、
愛されていたのかもしれないという
感情になり涙が止まらなくなりました。
その時、
自分の心の中に深く刺さっていた
「トゲ」を抜くことができ、
心の奥に残っている傷や痛みが
癒されるという経験をしました。
noteの記事を拝見すると、
難病や心の病に苦しんできたり、
それらの要因とも思われるような
自身の生い立ちや家庭環境、
親との関係性に向き合って、
見つめ直しておられる方が
多くいて心から尊敬しています。
僕は大変恵まれてきた人生でしたが、
そんな僕でさえも人生の中で、
心の奥に残っている傷や痛みが
いくつもあると思っています。
しかし、
それらの辛い経験や自分自身の
心と向き合えてきませんでした。
これからは、
それらと1つ1つ向き合って
自分自身を受け入れられるようになり
自分自身を許せるようになれば、
自分自身を愛せるようになれば、
自分の心の中に深く刺さっている
「トゲ」を抜くことができ、
心の奥に残っている傷や痛みを
癒せるだろうと思っています。
そうすることができれば、
心の「自由」を取り戻せるようになり
自分を大切にすることができるようになり、
人と接する時にも、人を大切にする
ことができるのだろうと思います。
僕の座右の銘の1つがこれでした。
愛することは信じること
信じることは許すこと
許すことは許されること
それらを、まず自分自身に対して
このように取り組みたいと思います。
「自己受容」自分を受け入れて許せば
「自己信頼」自分を信じることができ
「自己肯定」自分を愛せるようになる
「自己受容」をどのように行うかを
わかりやすく教えてくださる記事や、
実践してこられた方の記事があるので、
参考にしたり、勇気に変えたくて、
マガジンを作成いたしました。
これらも参考にさせていただきながら、
「自己受容」できる人になるための
原動力にさせていただきたいです。
これからもよろしくお願いいたします。
◆マガジンのご紹介
自分自身を見つめ直すため、
自分自身の心と向き合う旅日記
自分の生い立ちや、家庭環境、
学生から社会人になって退職するまで、
人生の足跡をたどって、自分自身を
理解するために綴っています。
(2026年6月現在は学生の頃まで)
