見捨てなかった " わたし " へ――尊厳を守り 届いた「信頼の証」
つい 先日
2つの 用事を 済ませることが できました
ひとつは
国民健康保険料 の 支払い
もうひとつは
再就職手当 の 申請
です
国保の請求が届く――10万の現実
再就職により
社会保険(健康保険・厚生年金)に
再び 加入することができました
国民健康保険 を 脱退しまして
その保険料の 残りを
支払ったのです
よく 脱サラを したひとが 言われますね
「会社辞めたとたん
とんでもない金額の
国民健康保険料の請求が来た!」
と
前会社を 辞めた後
わたしにも 請求が来ました
年収が少ないので
請求額は 少ない方なのでしょうが
10万近い 金額の
国民健康保険料の請求が 届きました
わたしは
前会社の 理不尽な 態度
で 辞職したわけですが
そのとき 結構
精神的に 参っていて
その請求額を 見たとき
正直
つらい 想いを いだきました
経緯の資料作り――ひとり
そのころ わたしは
会社の あまりにも 理不尽な対応を
証明しようと
戦っておりました
こんなことを 相談できる友人もおらず
家族とは 当時 断絶して久しい 状態でした
ひとり
でした
くわしくは 当時こんな記事を残しています
▲その会社上司との ハラスメントを含んだ面接の様子
▲辞職を少し俯瞰した記事
自宅療養を申請した直後に 勝手に退職扱いとなっていました
会社であったことの経緯を
資料として まとめていました
心療内科での再会――客観的事実
心療内科の医師向け にも
作成しておりました
精神的なダメージがありましたので
診断名を 付けていただき
診断書を いただきたかったのです
心療内科の医師にも
いろいろな方が いると聞きます
その場で 的確に 説明することが
難しいと 自覚していました
説明するための 資料です
随分 心配し
正直 不安感も 大きかったですが
先ほどの 記事にも記載しましたが
診察室で 待っていたのは
高校時代の 同級生でした
「同窓とはいえ
診察は客観的にする主義だから」
と 彼はいい
わたしが用意した 文書に眼を通しました
「完全に 適応障害 だ
甲状腺の異常がないかも 調べるけどいいね?
(後日異常なしと診断されました)
車を運転する仕事をすること
危険だ
アル もう休め
これは 医療的な判断だ
少し回復してから 今後のことを考えろ」
そう 言ってくれました
彼の作成してくれた
診断書が
客観的な事実 として
とても 力を 発揮してくれました
ハローワークへ提出――会社の否認
その 診断書と共に
経緯の資料を
ハローワーク へ
提出しました
前会社の 本質が見え始めた
約半年前から 辞職に至るまでの
経緯について まとめたものです
実は Googleカレンダーに
予定 と その時の 内容 を
記録していたのです
「何かが おかしい」
と
想ったので 記録していたのでした
ただ 残念ながら
録音など 強い客観性のある資料は
残すことができませんでした
彼らは
大事なことは
記録に残らない方法で
ものごとを 動かしていたからです
いま 想い返しても
巧妙
でした
そういう 対策を
もともと していた
会社だったのでしょう
それでも わたしは
自分の退職の形を
「自己都合」
とは したくなかったので
資料を ハローワークへ提出しました
ハローワークは その後
会社側へ 事実確認を 行います
会社がそれを 認めれば
会社は かなり 大きなペナルティ
を負います
予想通り でしたが
会社は 認めませんでした
ハローワーク職員の方からの
お電話で そのことを 知りました
「あれだけの 詳細な資料をご用意いただいたのに
申し訳ございません
先方は 『身に覚えがない』
の 一点張りでした…』
と 暗い声で 教えてくださいました
そうだろうな
と 想いました
それで 構わない
とも 想いました
利用者さんたちの 顔を浮かび
少し 胸が 痛みましたが
しょうがない と 想いました
やるだけのことは
やった
のですから
その後の末路を耳にする――禁じ得ない同情
わたしが 辞職するときは
いつも こんな 気持ちになります
一旦は やりがいをもって仕事をし
辞めさせられることとなった
過去の職場 の その後 について
興味は ありません
ですが
医療 介護の世界は
狭いものです
うわさが 耳に入ります
過去の 職場 や
問題となった 上司同僚 は
その後 " いろいろ "
あった
ようです
あくまでも
うわさ
です
前会社も
いずれ
同じ道 を
たどるのでしょう
わたしも 苦しい 経験をしますが
相手 となった 組織 や 個人 は
それ以上の 現実
に 向き合うようです
自業自得 とは 想いません
「同情を禁じ得ない」
と 想う事例が あるからです
不思議と わたしの 人生は
そういうふうに
できている ようです
「自己都合ではない」と公認――努力が形に
会社が認めなかったため
特定受給資格者 には なれませんでしたが
特定理由離職者 には なれました
名前が難しいのですが
要するに
「非自発的離職者」
に なれました
「自己都合による退職 ではない」
と
公的に 認められました
国保の大幅減額――生活の再建
最初の方で 10万近い 国民健康保険料の
請求が来たと
お話しましたけど
特定理由離職者となり 手続きをすることで
国民健康保険料の計算式にある
「わたしの収入額」が
3割 と 大きく減額されます
それにより
わたしの 支払いは
約1万 と なりました
ほんとうに 助かりました
埼玉移住後の 国民健康保険料の 残りを
先日 支払いました
これで 終了です
給付制限なしの失業保険――迅速な支援
自己都合による退職ではない
と 認められると
失業保険の 受給も 変わります
一般的には
1~2か月間の「給付制限」
という
収入が無い期間
があるのですが
これが 免除されました
(7日間の待期期間はあります)
すみやかに まとまった
金額が 振り込まれました
その後の移住と 生活の
ちから強い サポートに なってくれました
埼玉移住後の 再就職は
時間がかかりましたが
それでも
再就職手当
を いただくことは できるようです
移住と その後の 生活のため
多額の出費を いたしましたので
それに充てさせて いただきます
ほんとうに ありがとうございます
自分を裏切らない――尊厳
昨年末は
ほんとうに わたしにとって
大きな人生の
選択
の 場面だった
と 想います
前会社は
のらりくらり と
証拠を残さず
責任の所在を 不明にしながら
わたしを 利用するだけ
利用しようと してきました
そのまま その会社の いいなり
という 人生の選択も ありました
しかし
わたしには もう
できませんでした
元妻の モラハラの地獄から
脱出したときから
わたしは もう
自分の 尊厳 を
ないがし(蔑)ろには
できなくなりました
会社を 辞めて
さらに こころが
苦しむことも ありました
よくわからない 制度を前に
迷子になり
不安感に 襲われることも ありました
自分のつらい過去を 見つめ
資料を作成するという行為は
自分の傷口に
再び 触れる行為 です
作成している 途中で
つらくなり
なんども 寝込むことも
実は ありました
『こんな 苦しい想いをしてまで
作っても
意味があるのだろうか…』
と
真冬の寒い部屋で
ひとり 天井を みつめたことも
ありました
埼玉移住後の 再就職の苦労も
経験しなくて すんだかもしれません
ですが
やはり
わたしは
わたしの
尊厳を
けが(穢)さなくて
よかった
そう 想います
代わりに 経験した
苦しみも
今では
わたしの
財産
です
恵まれた職場環境――ご恩を返し送る
再就職した
今の 職場に
大変 満足しています
クリニック独特 の リハビリ
その難しさは
わたしを 成長させてくれるでしょう
労働環境にも
大変満足しています
年間休日は
概算ですが
150日弱 も あります
(前職は110日
その前の 職場は
実質 60日 でした)
年収も
およそ 1.3倍
と なりました
ほんとうに
ありがたい ことです
繰り返すようですが
失業期間中の 手厚い支援に
深く 深く
感謝
いたします
これからは
わたしの 経験と スキルを
もって
ご恩 返し
ご恩 送り(贈り)
に
励みたいと 想います
結び――クレカが届きました!
はい ということで
おはなしは 以上です
これを 綴っている今
クレジットカードが 届きました
今後 盛岡の修行のための 移動は
JR東日本 新幹線
が メインになります
ビューカード を
申し込んだのです
それが 届きました
通常カード ではなく
ちょっと 色が 派手なカードです
審査を通った ようです
「信頼の証」
ですね
「出かけるときは 忘れずに」
はははは
これも 再就職できた
おかげですね
よ~し がんばろう!
ということで
今日という日が
あなたにとって
善い いちにちと
なりますように
ありがとうございました

UnsplashのKévin JINERが撮影した写真のKévin JINERが撮影したイラスト素材
