写真よ、さようなら──そしてこんにちは。森山大道『光の記憶』が写し出す60年の軌跡
ぼくにとって、
カメラがあってよかった。
写真があって本当によかった。
この言葉がすべてを物語っている。
森山大道の「光の記憶」は、ただの写真集ではない。
それは、彼の60年間の「生き方」そのものだ。
世界のDAIDOへ──写真家としての頂点
2012年、テート・モダンでのウィリアム・クラインとの二人展。
2018年、フランス芸術文化勲章シュヴァリエ。
2019年、ハッセルブラッド賞。
これらの偉業は、日本写真界の歴史においても燦然と輝く。
そんな彼の全貌を網羅した本書『森山大道 光の記憶』は、まさに“森山大全”とも言える決定版。
PART.I:反逆の時代(1965–1973)
『にっぽん劇場写真帖』──世界が最初に“DAIDO”を認識した名作。
**『PROVOKE』**の革命的な粒子、ブレ、アレ、ボケ。
写真が「綺麗なもの」から、「生の断片」になった瞬間を焼き付けた記録。
彼の目は、いつも光と闇のちょうど境界を捉えていた。
PART.II:彷徨と再生(1974–1990)
「光の化石」と題されたこの時期。
写真を一度“さようなら”した彼は、再びカメラを手に取る。
「もうひとつの国」での異邦人としてのまなざし。
「光と影」では、ストリートが抽象化され、記号のようになっていく。
「仲治への旅」では、内面と対峙し、写真を問い直す。
一度壊したものを、自分の手で再構築する勇気がここにある。
PART.III:街に戻る(1991–2023)
再び“街”に帰ってきた森山大道。
「新宿」「hysteric」など、90年代の都市と雑踏を捉えたシリーズは、
デジタルとフィルムの間を往復しながら進化していく。ブエノスアイレス、ハワイ……世界中に視線を向けるが、どこかで**「新宿の幻影」が重なる**のが面白い。
「記録」シリーズでは、個人的でありながら、社会の時代感覚まで写し込む。
森山大道という存在の、ただならぬ“軽やかさ”
一見、過激で挑戦的に思える森山大道の写真。
でもページをめくると、そこには不思議な軽やかさとユーモアがある。
iPhoneで撮った作品
コンパクトカメラでのショット
書き殴るような言葉、だけど心に残る言葉
彼にとって、写真は“芸術”というより“呼吸”に近いものなのかもしれない。
「写さずにはいられない」その衝動が、全ページから滲み出てくる。
まとめ:森山大道の写真は、光の記憶であり、生の断片
この書籍は、写真家・森山大道の足跡をたどるだけでなく、
「写真とは何か?」を読み手に問いかけてくる。
読後、ふと自分のスマホを手にしたくなる。
いつもの道、あのビルの影、コンビニのネオン……
「撮りたい」と思ったとき、もうそれは“あなたの記憶”になっているのかもしれない。
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