見出し画像

【がん闘病記②】抗がん剤 VS わたし!

こちらの記事にたどり着いてくださり⁡⁡
ありがとうございます🌼


この記事は、2018年のガン闘病中のブログの転載です。

8年前のガン闘病中。
あまりの衝撃に、感情をマヒさせないとやってこれませんでした。明るく振る舞っていたけれど、内心とても怖くて仕方ありませんでした。

最近noteを書いていく中で、置いてきぼりになっている過去の自分が、そのまま傷を抱えていることが分かってきました。
なので、当時の闘病ブログをnoteに移しながら、自分の気持ちの整理をしていこうとマガジンをはじめました。

最後に、今の私からのコメントも足しています。
よかったら一緒に見届けてくださると嬉しいです。

このマガジン内で少しずつ更新していきます。

▶闘病記①はコチラ


▶▶注意書き

※当時の文章をほぼそのまま転載しています。
表記や謎すぎるテンションも含めて、2018年の私の記録として温かい目で読んでいただけたら嬉しいです。

悪性リンパ腫(血液ガン)の闘病記。判明したとき、既にステージ4でした。

※2018年2月から治療開始。

※当時の標準治療「R-CHOP」で治療中。

※現在、再発なしで8年経過しました。




【闘病記②】抗がん剤 VS わたし


[告知直後のことは、振り返ることができない]


こんばんは。
「ポジティブっていいね!」って思いはじめたネガティブ星出身のakaneです。


昨日、ブログを書いてみて思ったこと!

まだ、告知直後を振り返るのは
早かった・・・・・・!!!


きっと、闘病ブログを読まれる方って

同じように今現在、⁡
⁡病気と闘ってる方、そのご家族。

告知を受けたばかりで、
不安でいっぱいな方、そのご家族。

なにか症状があって
「もしかして、がんなのではないか」とひとり不安と戦ってる方

そんな方が多いのだと思います。
私も、そうでした。


たくさんのブロガーさんの情報で、
支えられたり励まされてきました。
私も、
そんな風に誰かの支えになれたら!

と!!!

思ったのですが、
ごめんなさい。

30年間、どろっどろのマイナス思考にまみれた私は
まだ、人生で1番の衝撃かもしれなかった「告知直後」を振り返ることができません。

書けることは書けるんです。


でも、書いたあとに

ドッカーーーーーーーンと疲労感!!

虚無感!!!

あとなんだろ。


・・・・・・しんどい感。
(圧倒的な語彙力のなさよ)


なので、ごめんなさい。

闘病記にとって、
肝心な、
告知を受けてからのこと。

まだ書けません。
でも、いつか書きます。必ず!

なので、今は
日頃、思ったことを
少しずつ。

そんなこんなで、今日は
経過を書かずに、
現状のことを書きます。



[私の抗がん剤と経過]


▶2026年の補足です。

※ここから少し治療の話が出てきます。


当時の私は「R-CHOP」という治療を受けていました。

ざっくり言うと、悪性リンパ腫(びまん性大細胞型B細胞リンパ腫)に使われる標準治療で、いくつかの抗がん剤を組み合わせて行う治療です。

その中に「リツキサン」という点滴のお薬(当時は新薬扱い)がありました。

このリツキサンは、私にとってとても大事なお薬でした。
リツキサンの登場によって生存率が格段に向上した、と当時聞いたことがありました。

でも、初回に強いアレルギー反応が出てしまい、1クール目は途中で主治医の判断により中断になりました。

なのでこの記事は、
「大事な薬なのに、体がうまく受け入れてくれない」
「でも、なんとか治療を続けたい」

そんな気持ちで迎えた、リツキサン2回目の日の記録です。


私は、R-CHOPという
標準治療を受けています。

今現在、治療真っ最中。
現在 2クール目です。


クール初日に、
この抗がん剤をぶちこんでもらいます。

左から2番目の赤い子に毎度ビビる。


最終日にリツキサンという点滴を。

これらのお薬をつかって
14日間をかけて、
治療をしていきます。


これが、1クールの内訳です。
これを、計6~8クールします。

1クール目は、

「私の副作用こんな風に出るからね!」
「主治医さま、看護師さま、どうにか助けてねー!」
と病院スタッフさんに知ってもらうため
(患者自身も、こういう感じね!おk!と勉強するため)
14日間入院をするんです。

※私の病院は、です。


1クール目
抗がん剤の副作用は
初日にハイパーしんどいのが来ましたが
あとは、それだけで
おもったより元気でした(*´з`)



[しかし、事件が起こったのです!!]


最終日、リツキサンの日です。

このお薬は、
初回にアレルギー反応が出ることがあるのだそうです。

元々、すごいアレルギー体質の私。

案の定、
強烈なアレルギーに苦しみました💦


鼻づまりから始まり、
あれよあれよ、と顔は膨張💦

ごっつい岩が何個もくっついてるように
肌はボッコボコ。

細かいぶつぶつも。
顔全体が真っ赤に腫れあがり、
くしゃみ、涙、もう止まらん💦


結果、中断!!!!

……なってしまったのです( ;∀;)


このあたりも、一大事でしたが
ここも、まだ振り返らずにいきます
(いつか書きます)


とにかく、想っ定っ外っっ/(^o^)\


「もしかしたら、アレルギー出ないかも✨」
と期待するのもダメなんかーい/(^o^)\

やっと退院できるーって時に、
中断ですYO💦


[リツキサン VS 私(2回戦目)]


そんなことがあり、おそるおそるの
今回、あれからぶりの
リツキサン VS 私(2回戦目)❗

前振り長すぎですね、すみません。

結果ですが、

イイ感じです!!!!!!



バーサスとか言っちゃいけませんね。

こればっかりは、
勝ちとか負けとかじゃありませんね。


過去に、たくさんの方が治験したり、
たくさんの方の努力があって
今こうして、私は効果の高いお薬を使えるわけですもんね。



[改めて、結果は!!!]


リツキサンと
ネガティブハッピー三十路の
ドタバタなかよしアドベンチャー
(?)


そんな感じですっ!
(突然、面倒くさくなるやつ……笑)


アレルギーは今回も
もちろん出ました。

でも、初回時を踏まえて、
たくさん対策を用意してくださいました。


リツキサンは、
最初はゆっくりスタートします。

30分ごとに様子を見ながら速度を上げていき、問題なければ最終的には最大速度まで上がります。

ところが私は、
開始直後にアレルギー反応が出てしまいます。

今日も一瞬、
ほっぺにごっつい岩ができましたん。
痛い(´;ω;`)

そのため何度も
速度を調節しながら慎重に進めてもらうことに。

リツキサン開始から9時間経った今も、まだ点滴中です。

今は一番遅い速度で、
そーっと落としてもらっています。


本来なら3時間で終わるのですが、
このペースだと、いつ終わるんだろ笑

もはや、計算できない。
ううん、しない

開始してから7時間後のリツキサン🌟


見てください✨️
ボトルがへっこんできました(*´꒳`*)

ゆーっくりでも、確実に
私の体に入っていってる✨

こんなに嬉しいことはない!!!!
(この台詞を最終回で主人公に言わせた某ガ○ダム、すごい!何)


治療できること。
本当にありがたいです。

リツキサン。
嫌々ながらも受け入れてくれてる
私の体ありがとう!!


いっぱい「大丈夫だよ」って
エールくれた 全ての方へ!

ありがとう!
大丈夫だったよ!!




[気づくことのできた、大切なこと]


初回入院時に
運命の出逢いを果たした
同じ悪性リンパ腫の戦友。

ほぼほぼ同じタイミングで、
同じ治療をしています。

いつも前向きスタンプを送ってくれて元気づけてくれます。

でも今日、連絡してみたら、
リツキサン治療を前にして
少しだけ、元気ありませんでした。

だから、今日は私は元気なので
元気になれるスタンプを送りました。

元気な時は、
元気をわけてあげる。

元気じゃないときは、
誰かに 元気をもらう。

そんな風に、
地球はまわってるんだなぁ~

きっと、
今までも世界はそうだったんだろうな。

ネガティブ沼につかったままでは
気付けなかった 大切なこと。


やっぱり、私はネガティブ人間から
ポジティブ人間になれてきてるように思います。


がん患者だけど/(^o^)\笑

でも、きっと、
告知を受ける前よりも、幸せ!

2018年03月27日(火)



▶2026年の私より。


[ 今、思うこと。 ]


この記事を読み返して、
まず思ったのは、
「よくこんな明るく書いていたな」と。

実はね。
当時、ものすっごく怖かったんです。

リツキサンによってこの病気の生存率が格段に向上した、と。
そんな話を聞いていたから、
「この時代に治療ができて良かった」と安心した矢先。

中断になってしまった1クール目。

家族に中止になったことを報告するの、
すごく嫌でした。

「2クール目も、この薬が使えなかったら、どうなるんだろう」
「私の生存率は……?」
「私の体は、治るための薬すら受け入れてくれないのかな」

そんな不安が、心の奥にありました。
でも、
感情を出すこともできませんでした。

だから、
「抗がん剤 VS 私」
なんてタイトルをつけて、
ネガティブハッピー三十路とか言いながら、どうにか笑いに変えようとしていたんだと思います。

怖くないふりをしていたわけじゃない。
怖さに飲み込まれないように、
必死に言葉で浮き輪を作っていたんだと思います。

そして、この日に私が書いていた、
「ゆっくりでも、確実に私の体に入っていってる」という言葉。

今読むと、胸がぎゅっとなります。

治療できることが、こんなにも嬉しかった。
薬が体に入っていくことを、
こんなにもありがたいと思っていた。

あのときの私は、
明るい文章の奥で、ちゃんと生きようとしていました。

8年経った今、こうして再発なく過ごせていること。
そして、当時の自分の言葉を読み返せていること。

本当に、⁡
⁡当たり前じゃないんだなと思います。

この記事の最後、
「告知を受ける前より、幸せ!」という言葉、
それは8年経過した今でも
気持ちは変わっていません。

そのくらい、
ガンから教えてもらったことが大きかったからです。(こわいけどね!!!)


それと、もうひとつ。

この記事の中で、2018年の私は
「告知直後のことは、まだ書けません」
と書いていました。

そして結局、告知直後のことは、
今日までちゃんと振り返ることができていません。

でも、こうして当時のブログを読み返している今、そろそろ振り返る時がきたのかもしれない。

そんなふうにも感じています。


[ このときの私へ ]


この時、本当はすっごく怖かったよね。

1回目中止になったとき
「あ、終わった……」ってなったよね。

でも、ちゃんと進んでたよ。

ゆっくりでも、そーっとでも、
治療はちゃんと進んでた。

あなたが怖がりながらも受け入れてくれた薬が、今の私につながっているよ。

本当にありがとう。

ちなみに。
3クール目以降の⁡⁡リツキサンは、
割と楽勝になるよ✌️

⁡楽しみにしててね。



そして、あの頃
「大丈夫だよ」と
言ってくれた人たちにも、
もう一度、ありがとうを伝えたいです。

あのときの『大丈夫』は、
8年後の今日まで、
ちゃんと届いていました。




読んでくださりありがとうございます。⁡

▶【闘病記3】はコチラ⁡

▶闘病記はこちらで更新しています。
一緒に見届けていただけると嬉しいです


▶猫を被ってる理由、書いてみました

いいなと思ったら応援しよう!

あかねこ日和@猫被りの物書き 文章を褒めてもらうのが、何よりも力になります✨ もし、いいなぁと思っていただけましたら、ぜひ応援よろしくお願いします🐈✨ いただいたチップは本作りと猫の撮影に使わせていただきます。