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守ってくれた会社が、あなたを外で食えなくしていた|黒字リストラと雇用変化の話

「黒字なのに、なぜ切るのか」

ニュースでそのフレーズを見るたびに、少し引っかかるものがありました。黒字リストラという言葉は矛盾を示すように聞こえますが、実はあれは矛盾ではない。むしろ、今起きていることの本質を、ちょうどよくぼかしてしまう言い方だと思っています。

TBSが取り上げた特集で印象に残った場面があります。大企業を早期退職した57歳の男性が、100社近く応募しても採用されないというものでした。退職金の上乗せ分を手にしていたにもかかわらず、次の仕事が見つからない。

「手を動かせる仕事をする自信がない」という言葉が、そこには出てきました。

この一言が、今の雇用で起きていることを、すべて要約しているように感じます。

今日は、日本の雇用に静かに起きている変化と、今まさに働いている人が何をしておくべきかについて、自分なりに考えたことを書きます。


黒字リストラは、矛盾ではなく「後払いの清算」だ

なぜ黒字なのに切るのか。答えを先に言うと、体力があるうちに「後で払う約束」を買い取っているからです。

日本の終身雇用・年功序列は、実態としてはこういう契約でした。若いうちは市場価値より安く働く代わりに、年を取ってから割高に払ってもらう。その差額を後でまとめて受け取る、後払い契約です。

今、バブル期に大量採用された50代〜60代が、その「後でもらう側」のピークに達しています。賃金カーブの最も高い地点に、最も多くの人数がいる。企業にとってはそれが重い。

だから体力のある今のうちに、割増退職金という形で「後払いの残額を一括で精算する」。5,000万〜6,000万円の上乗せは温情ではなく、溜まった後払い債務を金で買い取る取引です。赤字になってからでは払えないし、日本では一方的に解雇することも難しい。だから黒字のうちにやる。

2025年度に早期・希望退職を実施した上場企業のうち、約7割が直近決算で黒字でした。黒字リストラは例外ではなく、今やトレンドとして定着しています。

この見方をすると、「なぜ黒字なのに切るのか」という問いは解けます。黒字だからこそ、今切れる。これは矛盾ではなく、体力があるうちに債務を整理するという、冷静な財務的判断です。

「守ってきた制度」が、同時に「外で食えなくする構造」を作っていた

ここに、このニュースで一番残酷な皮肉があります。

日本のメンバーシップ型雇用が育ててきた人材は、「手は動かさず、人を回す汎用マネージャー」です。それは悪い仕事ではありませんでした。その会社の人間関係を知り、社内調整ができ、組織を動かせる。それが求められていたから、そういう人が評価されてきた。

ところが、その能力は「その会社でしか通用しない能力」でした。

転職市場では、特定の会社の社内調整能力に値段はつきません。中小企業が即戦力として求めるのは、来週から実際に手を動かして成果を出せる人です。そこで「部下に任せてきたので、自分では手を動かせません」と言ってしまうと、採用に至らない。

守ってくれていた制度が、同時に、外の市場で食えない人を量産していた。57歳の男性の話は、一人の不運ではなく、日本型雇用が生んだ構造的な結果です。

AIは「手を動かさない人」を最初に置き換える

そこへ今、もうひとつの変化が重なっています。AIです。

AIは全員の仕事を均一に置き換えるわけではありません。最初に影響を受けるのは、定型化された情報処理や調整作業、つまり「人を通じて仕事を回す」ような業務です。

「手を動かさずに人を回す」というのは、裏を返せば、自分の仕事がAIに代替されやすい形に最適化されていた、ということでもあります。会議を回し、報告書を取りまとめ、承認フローを動かす。それらはAIが最も得意なタイプの作業と重なっています。

逆に、現場で手を動かし続けてきた人、専門的なスキルを維持し続けてきた人は、相対的に守られます。

「管理職が偉い」という序列は、AIによって静かに反転しつつあります。役職を持ちながら自分で手を動かせる人の市場価値が、そうでない人より高くなる時代が、すでに来ています。

中小企業では、別の変化が起きている

大企業の黒字リストラは目立つので話題になりますが、実際に働いている人の7割近くは中小企業にいます。そこでは、違う形の変化が進んでいます。

中小企業には、希望退職を打てるだけの現金がありません。だから「最初から正社員の枠を作らない」という方向に動く。正社員ではなく、契約社員、業務委託、パートタイムで埋める。採用コストも社会保険料の事業主負担も抑えられる。

ただしここで、逆向きの力も効いています。人手不足です。

人口が縮んでいる今、頭数そのものに値段がついています。不安定な条件では人が来ない、続かないという問題が、特に現場系の仕事で深刻になっています。非正規で安く回そうとして回らなくなり、倒産する中小企業が増えているのは、その裏返しです。

つまり中小の雇用は、一様に非正規化するのではなく、二極化します。定型的・周辺的・代替しやすい業務は委託やスポットワークへ。継続的に現場で手が要る仕事や専門スキルは、むしろ正社員で抱え込む方向に動く。

どちらに転ぶかは、業種と、その仕事が「代替可能か」によって分かれます。

では、今働いている私たちは何をしておくべきか

ここからが、いちばん書きたかったことです。

制度を変えることは、個人にはできません。大企業が後払い契約を精算するトレンドも、中小が非正規化を進める力学も、一人では止められない。でも、その中でどう自分を置くかは、選べます。

最も大事な防御は、「会社の外で通用するスキルを、手放さないこと」です。

手を動かせる状態を維持する、とは具体的にどういうことか。役職が上がれば上がるほど、現場から遠くなるのは自然な流れです。でも、完全に離れてしまうと、57歳男性のようなことが起きる。

管理職になっても、専門的な仕事を少しでも自分でやり続けることに意味があります。自分でPythonを書かなくても、その仕組みを理解して、生成AIのツールを実際に触って、技術の感触を手放さないでいる。それだけで、再び「手を動かす仕事」が必要になったとき、ゼロからではなく戻れます。

逆に言えば、「自分では手を動かさなくていい立場になった」と感じたとき、そこが危険の入り口かもしれません。

次に大事なのは、「会社固有の資本」と「市場で通用する資本」を混同しないことです。

社内での人脈、その会社の慣習、特定の社内システムの使い方——これらは「会社固有の資本」です。その会社にいる間は価値がありますが、一歩外に出ると値がつかない。

「市場で通用する資本」は違います。特定の技術、問題を解く思考力、対人的な信頼を築く能力、業界や分野の専門知識。これらは会社が変わっても持ち出せます。

今の仕事の中で、会社固有の仕事と、市場に持ち出せる仕事の比率を、意識して見てみることを勧めます。もし市場に持ち出せるものが少ないと感じるなら、何かひとつでも外に通用するものを積み上げていく意識が、今の時代の防御になります。

そして、「ノスタルジック・ジョブ」の可能性も忘れないでください。

AIがどれだけ進んでも、「作業」を代替することと「その職業が消える」ことは別の話です。人が人から受けたいと感じる仕事——共感、安心感、信頼関係——は、人間の手を必要とし続けます。介護、医療、教育、カウンセリング、職人的な技能。こうした仕事では、長い経験の積み重ねが強みになります。

ただし、これを「だから何もしなくていい」という意味で読まないでください。ノスタルジック・ジョブが残るのは本当ですが、旧来の処遇で大量の中高年管理職を吸収できる受け皿は大きくありません。あくまでも選択肢として知っておく、という位置づけです。

手を動かせる感触を、どんな立場になっても手放さない

以前、「生まれた年で人生の土台が変わるなら、それは自己責任ではない」という話を書きました。バブル期に採用されたこと、その頃の制度に乗ったこと、それは個人の選択ではなかった。

今回も同じことを思います。終身雇用・年功序列の中で「手を動かさなくていい立場になること」を良しとする評価をされてきた人たちが、いま外に出て困っているとしたら、それは一人ひとりの怠慢ではなく、そういう評価をしてきた制度の帰結です。

でも、これからどうするかは、今の自分が選べます。

制度が変わるより先に、自分のスキルの構成を変える。会社に守られることと、市場で通用することを、両方少しずつ持ち続ける。手を動かせる感触を、どんな立場になっても手放さない。

黒字リストラのニュースを、他人事として読めなくなっている人も多いと思います。そういう人に、今日の記事が少し役に立てば、と思いながら書きました。

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