屍喰い蝶の島 三月二十二日 ③
「ご住職、和田津の人口をご存じですか?」
急に質問されて住職は慌てたように返事をし、質問を質問で返した。
「え? あ、ああ。大浦の?」
「いえ、和田津ですよ」
「うーん……、はっきり知っちゅーわけやないが、多分二十七人ばあかなぁ」
大浦の住職が和田津について詳しく知っているわけではないだろうが、平安末期と比べて土地が開拓されているわけでないなら、人口は大きく変動していないと思われた。
それほど人の気持ちに寄り添う性格ではないのは自分も自覚している。そんな夜須ですら、得体の知れない恐怖がひたひたと海から迫ってくる感覚に襲われた。
もう一度最初から、夜須はわだつ日記を読み返してみた。残念なことに日記には細かな日付が記されていなかった。
女神はどれほどの数の贄を求めたのだろう。シジキチョウはどれほどの死体を喰ってきたのか。
火丸が贄を捧げ過ぎたのだとしても、女神はそれほど止めどなく求めていなかったかもしれない。それともこれまでずっと定期的に与えていたのか? 流れ着いた死体も含めて、どれくらいの期間?
火丸の子孫は惣領屋敷の交野家だ。確か、アクアマリンの親父が漁師をやめた際、交野家もやめたと言わなかったか? かんべの老婆は曾祖父の代で碧の洞窟に繋がっていた鍾乳洞の入り口を塞いだと言ってなかったか。しかも、胴塚を何故わざわざ建て直したのだ?
何かあったからやめたのだし、塞いだのだ。良くないものが来ると言って。その良くないものとは一体何なのか? 洞窟に入って撮った画像のことを思い出す。何故削除してしまったのだろうか。今、見返したら何か分かるかも知れないのに。シジキチョウへの手がかりだったかも知れないのに。和田津に潜む得体の知れない存在に関係していたかも知れないのに。
「おまさん、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
夜須は我に返った。これだけは確かめずにいられなくて訊ねる。
「先日伺ったとき、わたしに連れはいましたよね?」
「何を言っちゅーんだね。おまさんは一人でここに来たやないか」
きょとんとした顔つきで住職が答えた。
夜須は反射的に立ち上がった。しばらくぼうっとしていたが、おもむろに住職に告げた。
「鍾乳洞に行ってみますよ」
「どいてじゃ?」
「友人がそこにいる気がして」
「いや、そがなことならええんやないか? だが、鍾乳洞の入り口は塞がれちゅーぜ?」
「そこにいなかったら、惣領屋敷に戻っているかも知れません」
確かめずにいられない。確かに、交野はいた。どんなに住職がいなかったと言っても。それに何故自分は寺に来られた? 惣領屋敷へ行けた? あと諸々の不可思議が夜須の脳みそに迫ってくる。
寒くもないのに、夜須はぶるっと体を震わせた。腕を組み、二の腕をさする。恐ろしさから、人は自然と震えるのだと、初めて知った。
シジキチョウが、蝶ではなく、女神の神使——分身ならば、夜須は一体何を探せばいいのか。交野なら何か知っている。だからこの島に呼んだのだ。それ以外にどんな理由がある。
それとも、呼んだのは交野ではなく、夜須を恨む御先様なのか? 交野家を一人残らず祟り殺した御先様が交野の魂を利用したのか?
ガタガタと両足が震えてくる。
「おまさん、大丈夫かね。ここで横になって収まるまで待ったらどうだ?」
心配そうに住職が夜須を見上げて言った。
確かめずに逃げてもいいのだ、と夜須は思い至り、腕時計を見るが、すでに十六時二十分を過ぎていた。最終便は行ってしまった。どんなに急いでももう無理だ。直行便なので大浦に寄港しない。
夜須は覚悟を決めたようにため息をついた。この島——和田津は、夜須が最後まで調べ尽くすのを望んでいるのだろうか。
夜須がおびき寄せられたシジキチョウのことや、こうやって日記を読ませて知らせた過去の話や、和田津に潜む恐怖の源を夜須は見届けないといけないのか。
ならば、確かめてやろうじゃないか。夜須は自棄になって思った。
「この日記と地図、いただいていいですか」
有無も言わさぬ勢いで、畳に広げていた鍾乳洞の地図を掴んだ。
「え? お、おい。いただくって……、交野さんとこは知っちゅーのかね」
「お邪魔しました」
かなり乱暴に、夜須はあっけにとられている住職を尻目に、庫裏から出て行った。
外に出て空を見上げると、暗い夜の帳がゆらゆらと海の向こうからやってきている。太陽は辛うじて海と空の境にしがみついて赤く燃えている。石段と石垣が、緋色に染まり始めていた。
夜須は発券所の前に停めたレンタルサイクルに飛び乗り、全力でペダルを踏んだ。和田津へ戻って交野を探してやる。交野は確かにいたのだから。たとえ、御先様から呼ばれてここに来たのであっても。
徒歩だと十五分かかる道のりを、自転車で五分で移動する。神部山への遊歩道の前に自転車を置き、夜須は案内板を頼りに登っていった。
自分でも無謀だと分かっている。これ以上踏み込むと、戻るのが難しくなる。現実と虚実の区別くらい付く。自分が幻を見て、それを現実と勘違いしていたかも知れないが、夜須は認めたくなかった。
まるで鼻先にシジキチョウというにんじんをぶら下げられて追いかける愚かな馬だと、自分のことを思いたくなかった。交野如きに自分が騙されたと考えることすら許せなかった。
夜須は意地になって自尊心を保とうと必死だった。
案内板を照らしていた太陽の光がじわじわと水平線の向こうに消えていくと、あとはつるべを落としたように日が暮れた。
登り始めて二十分ほどで、鍾乳洞の案内板が見えた。膝がブルブルと嗤っていたが、手すりに掴まりながら、荒れ果てた遊歩道を歩いた。一旦、遊歩道を登り、さらに下っていくと、やっと木々の生い茂った、ぽっかりと開かれた月の光も届かない暗い空き地に辿り着いた。
自然に開けたわけではなさそうだ。人為的に木々が切られており、岩場が剥き出しだ。それでも枯れた雑草と、春に芽吹いたものとが入り交じって、結構な荒れ具合だ。ずいぶん長いこと、人が訪れた様子は窺えない。
夜須はますます暗闇に浸食され景色が黒く沈んでいく洞窟のほうを見る。洞窟の入り口だったであろう場所の脇に、由来書のような案内板が立てられている。柱も金属板も錆付いて、白いペンキが赤錆色に剥がれ落ちている。ずいぶん古いもののようだ。おそらく昭和の終わりか平成に設置されたものかも知れない。
スマートフォンのライトをつけて、夜須はそこに書かれた文言を眺めた。珍しい貫通型鍾乳洞で、事故があったために入り口が塞がれた。入り口の側には清水が湧く泉があるらしいが、今のところ見当たらない。現在は塩害で飲めなくなってしまった、と書いてある。清水が湧いていた泉に塩が混じると言うことは何らかの地殻変動によって地下水脈に異変が起き、海と繋がってしまったのかも知れない。考えてみれば、惣領屋敷の井戸も同じと言える。井戸も泉も海と繋がっているのだ。
しかし、和田津の島民が由来書に嘘を書いたのは何故だ。自分たちで入り口を塞いだくせに事故で埋まったとは、一体何を隠しているのだろう。それとも、良くないものを封じているのを知られたくないのか。
ブルゾンのポケットに突っ込んだ、思わず持って来てしまったわだつ日記を読みたかったが、片手をスマートフォンに塞がれているため、今は無理だ。
由来書を読み進めると、興味深い部分があった。泉が塩害に侵されたとき、ここに海難事故の犠牲者の首が上がったことから、首塚を慰霊碑として建てた、とある。ふと、交野が首塚だと教えてくれた、庭の目立たない石を思い出した。
海と繋がっていて、さらに水死体の首がここに集まる。だから、ここに首塚を作ったと由来書に書き付けたのだろうが、現在首らしきものは見えない。井戸と泉が同じであれば、井戸にも首が上がっている可能性がある。
夜須は交野がここに潜んでいる可能性を考えて、交野の名前を呼んだ。
「交野」
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