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忌み地 第三章 亜美

 こぽこぽこぽ……。

 水面にあぶくが浮かび弾ける音がする。亜美はしゃがみ込んで、粘り気のある水面を覗き込んでいた。水面は墨を溶かしたようにどす黒い。タールのような粘り気があり、あぶくも簡単には弾けない。

 ぼこんぼこん……。

 いつの間にか水音の質が変わってきている。どす黒い水面に大きなあぶくが浮かんでは潰れ、それぞれの形や大きさが違う。あぶくかと思ったそれに黒い膜が張っているのに気付いた。風船のように膨らんだものが少しずつ水面から競り上がってくる。あっという間に水面いっぱいに丸いものが浮かんでいた。正確な丸ではなく、少し楕円で歪んでいる。ジッと目をこらしていると、水面の縁に細くて黒い小さな芋虫のようなものが四匹並んでいた。それはうねうねと蠢き、やがて、四匹ずつ縁にいくつも湧いて出た。すぐにそれが虫ではないと悟る。小さな指が四本、縁を掴んで、ベタベタと何かを探っているのだ。黒い粘液にまみれた手がにゅっと水面から出てきて亜美の足にすがりついた。

 亜美は声もなく息を飲む。

 いびつな楕円形に、闇を吸い込んだような黒と、照りを帯びた灰色のでこぼことした目鼻が生まれ、やがて真っ黒な大きな口を開けた。ゴボゴボと黒い水を吐き出しながら、闇をつんざくような声を張り上げる。

 鼓膜が破れそうだ。亜美は耳を押さえた。

 べちゃべちゃという音を立てながら、赤ん坊の黒い粘液にまみれた手が亜美の足に這い上る。泣く赤ん坊が水底から群がってよじ登ってきた。

 亜美は声にならない悲鳴を上げた。

 目を開けると、真っ暗な闇がまだ広がっている。自分の荒い息づかいとは別に、静かな寝息が左横から聞こえてきた。枕元のスマホを手探りで掴み、ほっとする。スマホの画面に映し出された時刻は夜半過ぎ。眠って間もない時間帯だ。気味の悪い夢を見た。喉がカラカラに渇いている。

 そっと起き出して水を飲み、ついでにトイレに行こうと廊下に出た。ふと見ると、ふすまの細い隙間から光が差している。何気なしに亜美はそこから仏間を覗き込んだ。

 仏間に寿晶が正座していた。手には日本人形が抱かれている。ぼそぼそとつぶやく声が、「もうすぐだからねぇ……。もうすぐお友達が来るからねぇ」と言っているように聞こえた。人形をまるで赤ん坊のように抱き、軽く揺すってあやしている。部屋に明かりはともっているのに、丸めた背中に薄暗い陰が降りていた。

 亜美は見てはいけないものを見てしまったと、そそくさと居間に戻った。

#創作大賞2025 #ホラー小説部門

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