ツンデレ童話 2026:つんでれ・まーじんこーる
文・武智倫太郎
みなさんは、神宮綾さんの『エモーショナル怪人 エモ山』をご存じだろうか。
正直に言えば、noteで『自作が読まれない』と嘆く人は多い。けれど、その嘆きの前に、一つだけ確認したい。あなたは、自分の作品を自分で紹介しているだろうか。作品は放っておけば読まれる、と信じていないだろうか。作家が書くだけで終わる時代は、たぶんとっくに終わっている。
神宮綾さんは、そこを最初から分かっている人だ。彼女は自作のプロモーションビデオを作り、作品世界を活字以外の媒体でも説明し、少しでも多くの人の目に触れるように動いている。これは軽い努力ではない。むしろ、いまの作家が取り戻すべき姿勢そのものだと思う。
しかも、彼女の土台はきちんと硬い。新潮新人賞の候補になり、群像新人文学賞でも優秀作を書いている。つまり、文芸の正面から評価されてきた作家が、いまの時代の表現手段を使って、自分で自分の作品を届けにいっている。ここが重要だ。
いまは生成AIの時代で、Sunoのような道具を使えば、作家が自分の作品を音や映像で紹介することもできる。だが、これは『楽をするため』の話ではない。むしろ逆で、作家が自分の作品を読者に手渡す回路を、もう一度、自分の側に取り戻すための話だ。
思い出すと、ほんの四半世紀前まで、文学賞の募集要項をめぐって『ワープロ原稿を受け付けるかどうか』が論争になる時代があった。手書きの原稿用紙がまだ標準で、印刷した原稿で送るだけでも驚かれた。私もその時代から物書きをしているので、文章生成AIがなくても原稿は書けるが、あの頃の作家がいちばん感動する瞬間は、手書きの原稿が活字になり、校閲工程に入ったときだった。作品が『自分の手を離れて、読まれる形になる』という実感が、そこにあった。
だからこそ、いまの時代の作家が、読者に届く形を自分で作ることには、別種の感動がある。海外の作家は昔から、サイン会だけではなく朗読会を開き、イベントで自作を売り、読者との距離を自分で縮めてきた。作家は書くだけでなく、届けることまで含めて作家なのだ、という感覚が強い。
一方、日本はもともと作家と読者の距離が遠い。そのうえ、スマホで活字が簡単にコピペされ、SNSで断片だけが拡散する時代になった。作品は『読まれる』より先に『消費される』。この状況で、作家が何もしなければ、作品は沈む。沈んだあとで『読まれない』と言っても、仕組みがそうなっているのだから、ある意味で当然だ。
そしてnoteは、さらに露骨だ。タイムラインとおすすめが強いぶん、基本的に『新しい投稿』に視線が集まる。過去作品は、傑作であっても、黙っていれば沈んだままになる。習作であれ、代表作であれ、放置した瞬間に『過去』へ送られる。つまりnoteは、作品の寿命が短いのではなく、作品を掘り起こす仕組みが弱いメディアだ。だから作家は、ときどき自分で掘り起こさないといけない。自分の過去作を、自分の手で『現在形』に戻す必要がある。
だから私は、神宮綾さんのやり方を推したい。作品の質が高い人が、作品の届け方まで自分で引き受ける。その姿勢は、noteの時代における作家の一つの模範だと思う。自作を紹介するのは恥ではない。むしろ本業である。
ここからが本題だ。なぜ今、あらためて『ツンデレ童話』を紹介するのか。理由は単純で、作品には本来『消費期限』がないからだ。書いて一週間で価値がゼロになる文章は、ニュースには向いても、作家の文章としては負けている。作家の出発点は、少なくとも数年、できれば自分の死後も、作品や思想が残ると信じることにある。
新聞の価値が一日で減衰するのは、情報が『今日』に従属しているからだ。今日の事件は明日更新され、昨日の速報は紙くずになる。新聞記者が偉いとか偉くないとかではない。役割が違う。日付に命を預ける文章と、日付を超えて残る文章は、設計が違う。作家がやるべきなのは後者だ。
ところがnoteは、放っておくと、後者まで前者として扱ってくる。新着で流れ、反応が止まり、過去に沈む。だから、作品を残したいなら、作家は『作品の再掲』ではなく『作品の再提示』をやる必要がある。新しい読者に、同じ作品を別の入口から渡し直す。これを恥だと思った瞬間に、作家はプラットフォームの奴隷になる。
神宮綾さんがプロモーションビデオを作っているのは、その『再提示』を自然にやっているからだ。ならば私も、同じことを別の手段でやってみる。Sunoで『ツンデレ童話:金融地獄編』のOPソングを作った。作品を説明するのに、活字だけに頼らない。音で入口を増やして、過去作を掘り起こす。これは宣伝ではなく、作家としての保存行為だ。
そして、入口を増やした以上、本文も出す。音だけ聞かせて、童話を読ませないのはフェアじゃない。だからここからは『ツンデレ童話 2026』の第一話として、『つんでれ・まーじんこーる』を置く。話は、いつものように、むかしむかしから始まる。
むかしむかし、とうきょうの高い塔に、ひとつの王国があった。王の名は『はげ』。臣民はそれを『びじょん』と呼び、反対派は『でっき』と呼んだ。
この国のルールは単純だった。『未来を担保に、現在を買う』
王国のパンは焼けていなかった。だから王国は、焼けていないパンを売って、先に現金をもらった。それを決算書では『前払式先渡契約(前受けフォワード)』と呼ぶ。
この国には、決算書よりも強い掟がある。名前は『キャッチ22』。それは注記番号ではない。番号に見せかけた、制度の笑い方だ。
読めば安心する。読んだら眠る。眠ったら終わる。読まなくても終わる。つまり、どちらを選んでも詰む。これが王国の会計であり、王国の童話でもあった。
雪の街で、ツンデレのマッチ売りの少女ソフィアは言った。『マッチ、いりませんか。べ、別に、買ってほしいわけじゃないけど』
そこへ会計に詳しい黒い紳士が現れた。顔にはにこにこ笑顔。目は、ひとつも笑っていない。紳士は言った。『その火、売らない? 火そのものじゃない。火を渡す約束だけでいい。今、現金をあげる。あとでモノで払えばいい』
ソフィアは眉をひそめた。『それ、借金じゃないの』
紳士は笑った。『借金じゃないよ。取引だよ。しかも安全だ。物理決済だからね』
物理決済。耳ざわりはいい。だが意味は冷たい。期日が来たら、株を引き渡して終わる。売ったことにして資金を取るが、現実に『売った』ことになる。
SBGはアリババ株を使ったプリペイド・フォワードについて、物理決済により関連するデリバティブ金融負債が減少し、契約を決済したと説明している。ソフィアは小声で言った。『やさしそうな言葉って、だいたい冷たい』
次の日、王国の広場では花火が上がった。『デリバティブ益』。決算の言葉は童話よりも強い。だれも内容を読まないからだ。
SBGの説明資料には、アリババ株のプリペイド・フォワードに関連したデリバティブ益が載る。臣民は安心した。『ほら、儲かった』
だがソフィアは知っていた。それは儲かったのではない。評価の出し入れで、寒さをごまかしただけだ。暖炉の前で笑っている間も、外では雪が積もる。それが財務だ。
王国にはもう一匹、別の怪物がいた。名前は長い。だから臣民はこう呼ぶ。『おーぷんえーあい・ふぉわーど』
SBGの報告では、SVF2においてOpenAIの評価益(未実現)と並んで、OpenAI Forward Contractによるデリバティブ益が語られる。ソフィアは凍った。『それ、マッチ何本ぶん』
紳士は答えない。答えるのは決算書だけだ。決算書は、こういうとき黙って微笑む。利益という言葉は出す。現金という言葉は小さくする。
ソフィアは塔の寝室に入った。そこには赤い日付だらけの壁紙が貼ってあった。『さいむかれんだー』
債務の満期が、眠りの上に印刷される。この国の悪夢は怪物じゃない。期日だ。
SBGは投資家向け資料で、借入や社債など負債の厚みを示しつつ、取引の決済で負債が減ったと説明する。減った。良かった。では次は。ソフィアは気づく。減ったのは過去の約束で、増えるのは次の物語だと。
その夜、マッチの火が消えた瞬間、遠くで通知音が鳴った。ちりん。ちりん。
紳士が言った。『まーじんこーる』
ソフィアは言い返した。『別に、こわくない。こわくない、はず。だって物理決済したんでしょ。だってデリバティブ益が出たんでしょ。だってOpenAIが神さまなんでしょ』
紳士は優しくうなずいた。『そうだよ。だから安心していい。全部、注記に書いてある』
ソフィアは聞き返した。『注記を読めば助かるの』
紳士は笑った。『読めば助かる。読めるならね』
ソフィアは言った。『読めない人は』
紳士は答えた。『読めない人ほど、安心する』
ソフィアは小さく言った。『それがキャッチ22』
注記。読者向けの、武智式の毒。ここで言う注記は、決算書の注記番号ではない。ヘラーの『Catch-22』みたいなものだ。逃げ道に見える条文が、逃げ道を塞ぐためにある。
『物理決済だから安全』と言われた瞬間、あなたは安全の定義から取り残される。『デリバティブ益が出た』と聞いた瞬間、あなたは現金の話を聞かなくなる。『OpenAIで未来が来る』と言われた瞬間、あなたは未来を担保に出していることを忘れる。
読めば眠る。眠れば終わる。読まなくても終わる。これがキャッチ22のこもりうただ。
しゅっ。火はあったかい。でも、すぐ消える。消えた瞬間にだけ、真実が見える。
王国は今日も未来を担保に、現在を買う。少女は一本だけ火を残し、雪の街へ戻った。
べつに、売りたいわけじゃない。売らないと、死ぬだけだ。
次回予告
次回『つんでれ・えぬえーぶい:ねむりの評価益』
王国では、新しいこもりうたが流行していた。名前は『えぬえーぶい』。それを聞くと、人はなぜか安心する。損しているのに安心する。現金が減っているのに安心する。帳簿の中だけで、雪が溶けた気がする。
ソフィアは気づく。これは火ではない。温度ではない。『見え方』だ。しかも、その見え方は、誰かの都合で作られている。
黒い紳士は言う。『安心していい。まだ売ってない。評価しただけだ』
ソフィアは言う。『売ってないのに、どうして儲かったの』
紳士は笑う。『儲かったのは、気分だよ』
読めば眠る。眠れば終わる。読まなくても終わる。キャッチ22は、第二章へ。
次回も、べつに読まなくていい。
読まないと、あとで困るだけだ。
