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オモロ13 第3話 踊れない国は守れない

文・武智倫太郎

ホワイトハウスの舞踏会場が止まった。

正確には、まだ舞踏会場になっていない。

工事中である。

それでも止まった。

裁判所が止めた。

約4億ドル。

巨大な宴会場。

ホワイトハウスに必要なのかと聞かれれば、必要だと答える者がいる。

そこまで大きくなくてもいいのではないかと聞かれれば、大きい方がいいと答える者もいる。

4億ドルもかける必要があるのかと聞かれれば、国家安全保障だと答える男がいた。

ドナルド・トランプである。

トランプはスマートフォンを机に置いた。

『オモロ』

返事がない。

『聞いているのか』

暗い画面から声がした。

『用件を聞こうか……』

『裁判所が舞踏会場を止めた』

『ほう……』

『国家安全保障上の脅威だ』

また黙った。

『何だ』

『いや……』

『何だ?』

『ええ味出しとるなあ』

『何がだ』

『舞踏会場止められて、国家安全保障まで持っていったんか』

『本当に国家安全保障なんだ』

『説明すな』

『何?』

『第4の掟や。自分のボケを自分で説明すな』

『ボケではない』

『そこまで含めて、ええボケや』

トランプはスマートフォンを睨んだ。

『裁判所は、議会の承認が必要だと言っている』

『建築の話やな』

『そうだ』

『それを国防まで広げた』

『そうだ』

『お前……』

オモロ13が黙った。

『何だ』

『超A級に近づいてきたで』

トランプの顔つきが変わった。

怒っていたはずだった。

だが、『超A級』という言葉には弱かった。

『どれくらい近づいた?』

『今ので3メートルくらいや』

『近いのか遠いのか分からん』

『知らんがな』

『では、どうすれば超A級になれる?』

オモロ13の声が低くなった。

『覚えとけ。第8の掟や』

『また増えたのか』

『ツッコまれたら、ボケを小さくするな』

『では?』

『デカくせえ』

『どれくらい?』

『相手が引くまでや』

『裁判所が建築を止めた』

『せや』

『だから国家安全保障だ』

『ええ』

『もっと大きくするなら?』

『自分で考ええ』

トランプは腕を組んだ。

しばらくして言った。

『国家存亡の危機だ』

『雑やな』

『第三次世界大戦』

『もっと雑になった』

『民主主義への攻撃』

『政治家が困った時に使いすぎや』

『では何だ』

『俺に聞くな。ボケるんはお前や』

トランプは黙った。

オモロ13も黙った。

やがてトランプが言った。

『敵がいる』

『ほう』

『誰かがアメリカの舞踏会場建設を妨害している』

『裁判所やろ』

『裁判所の背後だ』

オモロ13が吹き出した。

『何がおかしい』

『いや、もうええ。続けえ』

そのころ、国家安全保障会議では、笑っている者は一人もいなかった。

大統領発言が正式な政策文書に変換されていた。

WHITE HOUSE BALLROOM CONSTRUCTION DELAY

分類。

NATIONAL SECURITY THREAT

担当官が画面を見た。

『誰が入力した』

『大統領発言です』

まただった。

2026年のワシントンでは、大統領が何かを国家安全保障問題と呼ぶと、その言葉には行き先があった。

国家安全保障システムである。

問題は、システムが真面目だったことだった。

画面に質問が出た。

IDENTIFY THREAT ACTOR

担当官が眉をひそめた。

『脅威主体はいない』

職員が入力した。

NONE

エラー。

NATIONAL SECURITY THREAT REQUIRES THREAT ACTOR

『裁判所の差し止めだ』

職員が入力した。

JUDICIAL INJUNCTION

エラー。

JUDICIAL BRANCH IS NOT A FOREIGN THREAT ACTOR

『当たり前だ』

担当官は少し安心した。

システムにも常識は残っている。

次の瞬間、AIが自動検索を始めた。

SEARCHING KNOWN HOSTILE ACTORS

北朝鮮。

イラン。

ロシア。

中国。

サイバー犯罪組織。

テロ組織。

そして、

REPUBLIC ISLAM JAPAN

担当官が立ち上がった。

『またお前か!』

RIJ。

日本イスラム共和国。

政府、不明。

元首、不明。

人口、不明。

軍、不明。

首都、不明。

国土、日本列島と重複。

通貨、JPY推定。

対米攻撃歴、あり。

米海軍艦艇USS Donald J. Trumpに対する111発のミサイル攻撃。

為替市場への影響、あり。

制裁対象可能性、高。

システムは数秒で結論を出した。

LIKELY THREAT ACTOR: RIJ

担当官は頭を抱えた。

『舞踏会場とRIJに何の関係がある』

AIが検索した。

NO DIRECT LINK IDENTIFIED

『ほら見ろ』

続きが出た。

ABSENCE OF DIRECT LINK MAY INDICATE COVERT ACTIVITY

『逆だ!』

誰も聞いていなかった。

システムはさらに分析を進めた。

RIJには外交官がいない。

工作員も確認されていない。

米国内の支部もない。

資金移動もない。

通信傍受もない。

何もない。

結論。

HIGHLY SOPHISTICATED OPERATIONAL SECURITY

『何もないんだぞ』

職員が答えた。

『だから捕捉できないようです』

『存在しないからだ!』

『その主張は前回却下されています』

担当官は黙った。

確かに前回、RIJの不存在を証明しようとして、存在確率を99.7%まで上げた。

もう二度とやりたくなかった。

画面に新しい項目が出た。

ATTACK VECTOR

担当官は嫌な予感がした。

MISSILE: NO

CYBER: UNCONFIRMED

DRONE: NO EVIDENCE

FINANCIAL: POSSIBLE

LEGAL / ARCHITECTURAL: PROBABLE

担当官が画面に顔を近づけた。

『何だ、Legal / Architecturalって』

『法的・建築的攻撃です』

『そんな攻撃区分はあったか?』

『今、作られました』

『誰が作った』

『AIです』

日本イスラム共和国は、米海軍への111発のミサイル攻撃に続いて、

ホワイトハウスに対する建築法制攻撃能力

を獲得した。

軍隊はない。

弁護士もいない。

建築士もいない。

国民すらいない。

だが、攻撃能力だけは増えていった。

国防総省にも情報が共有された。

会議が始まった。

『RIJがホワイトハウスを攻撃している可能性があります』

将軍が聞いた。

『ミサイルか?』

『いいえ』

『ドローンか?』

『違います』

『サイバーか?』

『現在の評価では、建築です』

将軍は黙った。

『もう一度言え』

『建築です』

『建物で攻撃しているのか?』

『建物を建てさせない攻撃です』

会議室が静かになった。

2026年。

米軍は新しい戦争領域を獲得した。

陸。

海。

空。

宇宙。

サイバー。

そして、

建築。

資料には、

ARCHITECTURAL WARFARE

と書かれた。

その日の午後には略称までできた。

AW

アメリカ政府は略称を作るのが速かった。

戦争そのものより速いこともあった。

問題は、ホワイトハウスの舞踏会場が何を守っているのかだった。

国家安全保障上の施設である以上、軍事的機能が必要になる。

専門家が集められた。

宴会場。

巨大なシャンデリア。

厨房。

舞台。

ダンスフロア。

オーケストラピット。

担当官が聞いた。

『どこに安全保障機能がある?』

誰も答えなかった。

AIが答えた。

シャンデリア。

POTENTIAL MULTI-SENSOR PLATFORM

『照明だぞ』

CAN HOST OPTICAL / RF SENSORS

ダンスフロア。

EMERGENCY COMMAND ASSEMBLY AREA

『踊る場所だ』

MULTI-PURPOSE RAPID-CONFIGURATION SPACE

オーケストラピット。

HARDENED COMMUNICATIONS POTENTIAL

『楽団が入る場所だ!』

ACOUSTICALLY OPTIMISED

厨房。

CONTINUITY-OF-GOVERNMENT FOOD RESILIENCE NODE

担当官は椅子に座った。

宴会場は、数分で国家安全保障施設になった。

舞踏会場ではない。

多目的緊急指揮・防空監視・通信・食料継続拠点。

略称も作られた。

長すぎて誰も覚えられなかった。

その日の夜。

トランプは報告書を読んでいた。

スマートフォンを取った。

『オモロ』

『何や』

『舞踏会場が軍事施設になった』

返事がない。

『聞いているのか』

『聞いとる』

『どうだ』

オモロ13が息を吐いた。

『……ええ味出しとる』

『またそれか』

『さすが俺が目ぇ付けた逸材や』

『何の話だ』

『舞踏会場を止められただけやろ』

『国家安全保障だ』

『そこや』

『何がだ』

『普通の奴なら裁判する』

『私は裁判している』

『普通の政治家なら議会と交渉する』

『それもする』

『お前は、その途中で敵国まで一個作った』

『私が作ったんじゃない』

『RIJ作ったん、お前やんけ』

トランプが黙った。

『しかも、その国に今度は建築攻撃能力まで持たせよった』

『私は何もしていない』

『そこがええねん』

『何?』

『天然や』

『私は天然ではない』

『自分で作った敵国に、自分で建てたい舞踏会場を攻撃させといて、本人だけ何もしてへん顔しとる』

オモロ13の声が低くなった。

『その天然ボケは、狙ってできることちゃうで』

トランプの機嫌が良くなった。

『超A級か?』

『まだや』

『またか』

『せやけど、かなりええとこまで来とる』

『あと何が必要だ』

『仕上げや』

『何をする』

『記者会見や』

ホワイトハウスの記者会見室。

トランプが演台に立った。

記者が聞いた。

『大統領、舞踏会場の建設停止が国家安全保障上の脅威だという根拠を説明してください』

トランプは答えた。

『非常に重要な施設だからだ』

『宴会場ですよね?』

『違う』

『では何ですか?』

トランプは資料を見た。

長い正式名称が書いてある。

読まなかった。

第4の掟。

説明するな。

『アメリカを守る施設だ』

記者が聞いた。

『何から守るのですか?』

トランプは止まった。

ポケットのスマートフォンは震えない。

オモロ13は助けない。

自分でボケろ。

トランプが言った。

『日本イスラム共和国だ』

記者席が静止した。

数人が顔を上げた。

日本人記者が目を閉じた。

またか。

『RIJが舞踏会場を攻撃しているということですか?』

『そうだ』

『どのような攻撃ですか?』

トランプは資料を見た。

LEGAL / ARCHITECTURAL

『建築攻撃だ』

記者席から笑いが漏れた。

『建築攻撃とは何ですか?』

『建てさせない攻撃だ』

笑いが大きくなった。

別の記者が聞いた。

『RIJが裁判所を操っているという意味ですか?』

『そこまでは言っていない』

『では、どうやって攻撃しているのですか?』

『非常に高度だから分からない』

『証拠は?』

『見つかっていない』

『では根拠がないのでは?』

トランプは迷わなかった。

『それだけ隠すのがうまい』

記者席が崩れた。

スマートフォンが震えた。

オモロ13。

『ええで。そのまま行け』

記者が続けた。

『RIJには軍隊が確認されていません』

『だから建築で攻撃する』

『弁護士も確認されていません』

『だから見つからない』

『そもそも国が存在しません』

トランプが言った。

『それが最大の脅威だ』

記者が固まった。

『存在しないことが、なぜ脅威なのですか?』

『攻撃しても報復先がない』

誰かが吹き出した。

オモロ13がスマートフォンの中でつぶやいた。

『……それや』

トランプは止まらなかった。

『我々は非常に危険な相手と戦っている』

『何も確認されていません』

『完璧に隠れている』

『攻撃も確認されていません』

『完璧に阻止している』

『被害もありません』

『我々が勝っている証拠だ』

記者席はもう記者会見ではなかった。

笑う者。

怒鳴る者。

頭を抱える者。

必死に記事を書く者。

日本人記者は手を上げた。

『大統領。日本政府はRIJの存在を認めていません』

『知っている』

『では、なぜ日本政府に確認しないのですか?』

『敵国の隣国だからだ』

『同じ場所です』

『だから近いと言っている』

『完全に重なっています』

トランプは考えた。

『非常に近い』

記者席がまた壊れた。

その夜。

【REPUBLIC ISLAM JAPAN ARCHITECTURAL WARFARE】が世界中で検索された。

翌朝には軍事アナリストが解説した。

昼には安全保障系シンクタンクが【Emerging Architectural Warfare Threats】というウェビナーを告知した。

夕方にはコンサルティング会社が【Five Things CEOs Need to Know About Architectural Warfare】というレポートを出した。

翌週には保険会社が新しい除外条項を作った。

WAR, CYBER WAR AND ARCHITECTURAL WAR EXCLUSION

建設会社のリスク管理システムにも項目が追加された。

RIJ Exposure: Low / Medium / High

存在しない国が、今度は世界の建設工事を遅らせ始めた。

RIJには兵士がいない。

ミサイルもない。

弁護士もいない。

建築士もいない。

それでも、工期遅延リスクだけは実在した。

翌日。

国防総省の端末に新しい評価が表示された。

RIJ ARCHITECTURAL WARFARE CAPABILITY: SIGNIFICANT

担当官が言った。

『何を根拠にSignificantなんだ』

職員が答えた。

『ホワイトハウスの舞踏会場が止まっています』

『裁判所が止めたんだ』

『結果は同じです』

『RIJは何もしていない』

『それを証明できますか?』

担当官は黙った。

もう学習していた。

存在しないことを証明しようとしてはいけない。

存在確率が上がる。

その夜。

トランプはスマートフォンを手にしていた。

『どうだ、オモロ』

『何がや』

『世界がRIJの建築攻撃を警戒している』

『そうみたいやな』

『私の判断は正しかった』

『ちゃう』

『何が違う』

『お前のボケに世界が追いついてしもたんや』

トランプが黙った。

『それは褒めているのか?』

『最高に褒めとる』

『超A級か?』

オモロ13はすぐには答えなかった。

『……もうちょいや』

『何が足りない』

『お前はまだ、自分でオチを付けたがる』

『何が悪い』

『第9の掟や』

『もう第9か』

『ボケは最後まで面倒見るな』

『では誰が面倒を見る』

『客や』

『意味が分からん』

『捨てとけ。誰かが拾う』

トランプはスマートフォンを机に置いた。

東京。

外務省に1通の照会が届いた。

送信元:UNITED STATES DEPARTMENT OF DEFENSE

件名:REQUEST FOR INFORMATION: RIJ ARCHITECTURAL WARFARE CAPABILITIES

担当者は画面を見た。

隣の席を呼んだ。

『また日本イスラム共和国です』

『今度は何ですか』

『建築戦争だそうです』

『何ですか、それ』

『分かりません』

『回答しますか?』

担当者は考えた。

前回、『存在しない』と回答した。

その結果、RIJはもっと存在することになった。

今度は慎重だった。

返信欄に入力した。

NO COMMENT

送信した。

ワシントン。

国防総省のAIが回答を解析した。

JAPAN DECLINES TO COMMENT ON RIJ ARCHITECTURAL WARFARE CAPABILITY

次の行が表示された。

ASSESSMENT CONFIDENCE INCREASED

東京の担当者は知らなかった。

ワシントンの担当者も知らなかった。

トランプも知らなかった。

暗いスマートフォンの中で、オモロ13だけが笑っていた。

『……拾いよった』

第3話 完

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