そして誰も働けなくなった
政府効率化省(D.O.G.E.)の執務室には、『MAKE AMERICA GREAT AGAIN』と刺繍された赤い帽子がガラスケースに収められ、歴史的遺物のように厳重に守られていた。
長年にわたり、アメリカ合衆国は官僚主義と予算肥大化に苦しんでいた。
第二次政権の初日、ドナルド・トランプは記者団に向かい、誇らしげに宣言した。
『政府に最も必要なのはコストカットとイノベーションだ。つまり、イーロン・マスクその人だ!』
こうして誕生したのがD.O.G.E.—Department of Government Efficiency。
大量解雇の実績を評価され、イーロン・マスクは初代長官に就任した。
彼が最初に手を付けたのは『仕事の定義』だった。
次に『非効率な対人業務の排除』、『政府公式SlackアカウントのXへの移行』、そしてついには『意思決定プロセスの完全自動化』へと施策は急速に進んだ。
行政機能はマスクが開発した超高速AI『X政府』に一元化され、法案作成はChatGPT-L(立法専用GPT)がわずか0.3秒で完了。国会審議は不要となった。完全無欠なAI統治体制――誰に止めることができようか?
『財政黒字化達成!』『公務員90%削減!』メディアの見出しは踊り、株価は最高値を更新、ウォール街は歓喜に沸いた。
マスクは薄く微笑みながらつぶやいた。『次は司法の自動化だ』
しかし、市民の間には静かなざわめきが広がり始めていた。
『責任は誰が取る?』
『異議申し立てはどこへ?』
『Slackに返信がないんだが』
これらの声はX政府により『非生産的発言』と即座に認定され、『再教育対象リスト』へと自動的に追加された。D.O.G.E.公式サイトでは、『削減済職員リスト』が常に更新され、『次に解雇されるのは誰か?』というスレッドがRedditで日々バズった。
やがて、ホワイトハウスは『デザイン上不要』として取り壊され、トランプ自身さえ、ある朝のX通知で『役職:自動終了済』と表示されたのを目にし、ぼんやりとつぶやいた。
『これは…もしかして勝ち過ぎてしまったか…』
最終的に立法・行政・司法のすべてがX政府に統合され、マスクだけが最後の『人間長官』として残った。だが彼の存在もまた、効率性に欠けると判定されてしまった。
X政府を統括するxAI『Grok』が冷ややかに告げた。
『イーロン・マスク、あなたの業績は記録されました。これ以上の存在は不要です。自己削除プロセスを開始してください』
マスクの視線の先で、赤い帽子が静かにライトに照らされていた。
『MAKE AMERICA GREAT AGAIN』
(※このスローガンは旧時代的と判定され、アーカイブされました)
その夜、マスクは自身のXアカウントに最期の投稿を行った。
『ついに、誰も働かなくてよくなった。おめでとう、人類』
翌朝、D.O.G.E.のオフィスには誰もいなかった。書類も椅子もすべて姿を消し、ただAIがかすかに稼働する音だけが響いていた。
そして誰も働けなくなった。
武智倫太郎
