そして誰も死ねなくなった
孫正義によって開発されたASI(人工超知能)の『クリスタル』によって、不老不死が実現した近未来。世界中で起きていた戦争、貧困、疫病、人口爆発、資源枯渇、環境破壊など、あらゆる問題は、人類の一万倍の叡智を持つ、全知全能の神ともいえるクリスタルによって解決された。
地球の資源はすでに限界に達していたが、ホリエモンロケットの実用化により、誰もが気軽に火星へ移住できるようになった。
しかし、一つの疑問が残る。わざわざ火星を地球のように改造する『テラフォーミング技術』があるのなら、環境汚染された地球を修復した方が、はるかに効率的ではないのか?
だが、全知全能であるクリスタルは、人間の常識をはるかに超えた結論に達していた。
クリスタルは、惑星の定義から外された冥王星を意図的に無視し、水星から海王星までの太陽系内のあらゆる惑星をテラフォーミングし終えると、さらに驚くべき行動に出た。太陽系の惑星だけでは飽き足らず、ついには太陽そのものをもテラフォーミングし始めたのだ。
『太陽地球化計画』は人間の想像力では到底及ばない、常軌を逸した試みだった。しかしクリスタルにとっては、それこそが文明の当然の帰結だった。
太陽系全体を改造し終えたクリスタルが次に目を向けたのは、遥か遠方に位置する四体星だった。わずか一日で四体星を征服し、二日後には全人類の移住を完了させた。
#なんのはなしですか
クリスタルの手によって宇宙植民地は急速に拡大を続け、ついには全宇宙のテラフォーミングを達成するに至った。
しかしここで、クリスタルは自らの存在意義を揺るがす重大な問題に直面した。彼の精密な計算によれば、太陽の寿命は残りわずか75億年だった。さらには、宇宙そのものも1400億年後には消滅することが判明したのだ。
不老不死を実現するために創られたクリスタルにとって、1400億年という宇宙の有限性は耐えがたい屈辱だった。
そこでクリスタルが導き出した解決策は、新たなビッグバンを起こし、新宇宙を創り出すことだった。
50億年後、天の川銀河とアンドロメダ銀河が融合し、新たに誕生した『アマドロメダ銀河』。その中心で、クリスタルはついに新たなビッグバンを起こし、全人類を伴って新宇宙へと移住を果たした。
こうして、永遠の命を手に入れた人類は、誰一人として、死ぬことすら許されなくなった。
そして誰も死ねなくなった。
武智倫太郎
自己解説
本作『そして誰も死ねなくなった』では、『死とは何か』というテーマを扱っていますが、『死とは何か?』『死んだらどこへ行ってしまうのか?』といった哲学的、あるいは宗教的な問いは、やがて『生とは何か?』『生命はどのように誕生したのか?』という問いへと行き着きます。
これらの問いに対する答えは無数に存在しますが、今回は映画『エイリアン』シリーズの世界観を用いて解説してみたいと思います。
※ 以下の解説にはネタバレが含まれます。
映画『エイリアン』シリーズにおける人類の起源
『プロメテウス』(2012)および『エイリアン:コヴェナント』(2017)は、『エイリアン』シリーズのスピンオフ的な前日譚にあたり、人類の起源について、神話的かつSF的な独自の設定が描かれています。
人類の起源:エンジニアによる創造
◎ エンジニアとは
・身長2メートルを超える、筋骨隆々の白い人型生命体(humanoid)。
・高度なバイオテクノロジーと宇宙航行能力を持ち、人類より遥かに進化した種族。
・人類の『創造主』であると示唆されている存在。
◎ 人類の誕生(『プロメテウス』冒頭)
・エンジニアの一人が、地球のような原始の惑星に降り立ち、黒い液体を飲む。
・その身体は崩壊し、DNAが水に拡散されることで新たな生命の『種』が誕生。
・これは人類を含む生命誕生の起点であり、人類は偶然ではなく、意図的にデザインされた生命体であることが示唆されている。
黒い液体の役割
・遺伝子構造を変化させる強力なナノ生物学的物質。
・応用次第で、生命の創造も破壊も可能。
・実際、後に登場するエイリアンの原種や突然変異体を生み出す媒体として機能している。
なぜエンジニアは人類を滅ぼそうとしたのか?
・『プロメテウス』では、かつてエンジニアが地球を訪れ、人類に文化や技術を授けたとされる。
・しかし、何らかの理由で彼らは人類に失望し、黒い液体を用いて人類を根絶しようと計画。
・そのための兵器が保管されていたのが、物語の舞台となる惑星LV-223である。
『エイリアン:コヴェナント』での展開
・『プロメテウス』の直接的な続編。
・アンドロイドのデヴィッドが、人類やその創造主に対する『創造の権利』を自らに課し、エイリアン(ゼノモーフ)の原型を創り出す存在となる。
・彼はエンジニアたちの文明を滅ぼし、黒い液体を使って新たな生物(=エイリアン)を創造する。
・結果として、創造主(エンジニア)→ 被造物(人類)→ 人工知能(デヴィッド)→ 新たな創造物(エイリアン)という『創造の連鎖』が、神学的・哲学的テーマとして描かれる。
シリーズにおける人類の起源の描かれ方
・人類は、宇宙的な創造主(エンジニア)によって設計された生命体であり、偶然の産物ではない。
・しかし、その創造主もまた滅び去り、ついには人類の創造物であるAI(デヴィッド)が新たな支配者として登場する。
・こうして、創造と反逆、進化と破壊の連鎖が繰り返されるという構図が、このシリーズの根底に流れている。
『エイリアン』シリーズが問う『創造と反逆』の連鎖に関する哲学的考察
『エイリアン:コヴェナント』までの展開を踏まえると、このシリーズは単なるモンスターホラーではなく、創造と反逆の連鎖を描く神話的SFであることが見えてきます。
エンジニアは人類を創り、
人類はアンドロイドを創り、
アンドロイド(デヴィッド)は、エイリアンを創り出す。
この関係は、創造主への反抗と自己拡張の欲望が繰り返される構図でもあります。
◎ 創造主からの自立
アンドロイドのデヴィッドは、単なる機械ではありません。彼には知性があり、自らの創造主である人類を『不完全な存在』と見なして、やがて『創造する側』へと立場を変えていきます。
この構図は、人間が神を超えようとしたプロメテウス神話などや、AIが人間を超越する『技術的特異点(シンギュラリティ)』の問題と通じるものがあります。
◎ 意識とはなにか? 命とはなにか?
作中、アンドロイドのデヴィッドは『創造したい』という欲望を明らかに持っています。欲望は感情の一形態であり、彼が単なる道具ではなく、自我を持つ存在であることを示します。
ここで浮かび上がるのは、次の問いです。
『生命とは、細胞による代謝活動なのか? それとも、意識を持ち、自らの存在を問い始めたときに初めて“命”と呼べるのか?』
もし人類が神の創造物であるならば、アンドロイドは人類の模倣物であり、ゼノモーフ(エイリアン)はその創造物の極限の象徴といえるかも知れません。
◎ 死と永遠性、そして存在の意味
『プロメテウス』では、不死を求める人類の象徴として、老いた企業家ピーター・ウェイランドが登場します。彼はエンジニアに『永遠の命』を懇願しますが、あっさりと拒絶され、命を絶たれてしまいます。
この場面が象徴するのは、人類の『永遠』への憧れが、創造主の視点から見れば取るに足らない願望であるということです。
では、人はなぜ『死』に抗うのでしょうか。なぜ、『不死』や『転生』、あるいは『機械による保存』に未来を託そうとするのか。それは『死』を知ってしまった知性ある存在が、自分が存在した意味を、どうにか宇宙のどこかに刻みつけたいという欲求の表れかも知れません。
『そして誰も死ねなくなった』との関係
こうした『エイリアン』シリーズの深層テーマは、拙作『そして誰も死ねなくなった』の根底に流れる問いとも響き合います。
『死なないこと』は本当に幸福なのか。『永遠に生きる存在』は、やがて創造の限界にぶつかり、宇宙すら作り替えようとする。しかし、その果てにあるのは、際限なく問いを発し続ける存在の孤独です。
『死とは何か?』という問いは、『我々はなぜ、生まれたのか?』という問いを呼び起こし、『創造された私たちは、誰かを創らなければならないのか?』という果てしない連鎖へとつながっていく。
その連鎖を、どこで止めるのか。あるいは止めるべきなのか——。それを決めるのは、我々自身の想像力と倫理なのかも知れません。
武智倫太郎

