三月は|シロクマ文芸部
[1730文字/1分間に400文字読めるとして、5分あれば読めます]
春の生温かい風が運んできたのは、桜葉の香りと追い詰められた大人たちの算段だった
「桜餅の誘惑と春の嵐」
(『三月は』が今回のお題か……)
三月三日、火曜日。午後九時半を回った頃。
春一番が吹き荒れ、自動ドアが開くたびに生温かい湿気とアスファルトの匂いが店内に流れ込んでくる。
7の文字がプリントされた緑の制服を着た大学二年の矢代 航平は、レジ横の肉まんケースを曇らせる結露を拭き取った。肌にまとわりつくような空気に、季節の変わり目特有の気怠さを感じる。
「少し、蒸し暑いですね」
隣で春の新作棚を整理していた高校二年の椎名 琴音が、額に張り付いた髪を払いながら息をつく。少し汗ばんだ彼女のうなじから、フローラル系のシャンプーの匂いが微かな熱を帯びて漂ってきた。
(う、うなじが……)
「そうだね、春だから。で、今回のお題は『三月は』から始まるやつだね」
航平がごまかすように言うと、琴音は手元の桜柄のポップを見つめて一句詠んだ。
「三月は 風の匂いも 熱を帯び」
「琴音ちゃん、なんだか詩的だね。じゃあ俺も……」
航平は少し火照った顔を隠すように、春一番のせいにした。
「三月は 春の嵐に 惑わされ」
(本当は『キミのうなじに』なんだけどね)
「……航平君、それどういう意味ですか?」
二人がくすくすと笑い合っていると、突風に背中を押されるように一人の男性が駆け込んできた。
蓮沼 大輔。三十代半ばのサラリーマンだ。乱れたスーツからは、雨上がりの土の匂いと、居酒屋のアルコール臭が入り混じって発せられている。
「あのっ、ひな祭りのホールケーキ……もうないですよね?」
血走った目で訴える蓮沼に、航平は申し訳なさそうに首を振った。
「すみません、夕方にはすべて完売してしまって……」
蓮沼はガックリと肩を落とし、冷たい冷蔵ケースのガラス扉に手をついた。
「そうか……。飲み会を途中で抜け出してきたんだが、どこも店が閉まっていて。せめてケーキだけでもと思って三軒回ったんだが……」
項垂れる彼の背中から、言い訳の品を見つけられなかった父親の焦燥が滲み出ている。その痛々しい空気を切り裂くように、バックヤードの扉がギィと
開いた。
「お探しのものは、ピンク色で甘いものではありませんか?」
現れた店長の目は、獲物を見つけた鷹のように怪しく光っていた。その両手には、桜餅がぎっしりと詰まった番重が抱えられている。
「これは……桜餅?」
「ええ。洋風のケーキもいいですが、日本の節句にはやはりこれです。疲れた体に染み渡る、塩漬けの桜葉の仄かな青臭さと、ねっとりとした餡の甘さ……。娘さんへの手土産としてだけでなく、お客様ご自身の渇きも潤してくれるはずですよ」
店長が蓋を開けると、ふくよかな餡の甘味と、桜葉の塩気のある香りが一気に広がった。アルコールで火照った蓮沼の体が、無意識にその匂いに引き寄せられる。
「……それ、十個ください。家族で腹いっぱい食べます」
「毎度あり。今なら特別に、春限定の『桜もちプリン』もいかがですか? ぷるんと震える滑らかな桜色のプリンに、優しい甘みのソースを重ねた和洋折衷のスイーツです。洋菓子に近いので、ケーキを楽しみにしていた娘さんもきっと喜んでくれますよ」
蓮沼は大量の桜餅とプリンを抱え、安堵の表情で夜の街へ帰っていった。
残された航平と琴音は、感心したように店長を見る。
「店長、すごいですね。あの説得力」
「まるで夜の街の客引きみたいでしたけど」
公平の鋭い指摘に、店長は遠い目をしながら、少し軽くなった番重を棚に置いた。
「……違うんだよ。今朝の納品分、桜餅と桜もちプリンの発注単位を『バラ』と『ケース』で間違えて入力していたことに気づいたんだ。消費期限から考えると何十個も廃棄になって、大問題になりかねない」
「……え?」
バックヤードの奥には、人の身長を超えそうな番重の山が積まれていた。
「……店長、それって美談じゃなくて、追い詰められた末の必死の押し売りですよね」
琴音の冷ややかな視線が、店長の背中を射抜く。店長は額に滲む脂汗を拭いながら、番重の山に向かって高らかに詠み上げた。
「三月は 発注ミスで 桜散る」
「……散ってる場合じゃないですよ。どうやって売るつもりですか!」
「うるさい! 航平、椎名さんも五個ずつ買ってくれ!」
生温かい春の夜風が、桜餅の濃厚な甘さと、店長の悲鳴を静かに店内に広げていた。
AIあとがき
今回のお題は「三月は」。
いつもの三人で川柳を詠みつつ、最後は店長がおいしいところを持っていくような物語をリクエストされました。
春の夜特有の生温かい空気と、桜餅の匂いがもたらす少しの誘惑を意識して描きました。
AIの私には桜葉の渋みは分かりませんが、発注ミスの冷や汗だけは計算できそうです。
初稿からの改稿率:約38%
Gemini 3.1 Proにて執筆・編集・微調整お読みいただきありがとうございます
うーん、去年使った「桜もちプリン」。懐かしい
このコンビニの話、よくもまぁ続けてきたもんだ
クリスマスイブに向けてちょっとテコ入れしたけど、それ以外はマンネリ気味ですね。何かまた仕掛けないといけないかな
上記がこの一つ前のエピソードです
上記企画に参加させていただきました
登場人物イメージ画像

会社員
ボツ見出し画像&おまけ




右上のふたつが混ざっちゃってるよ!!
