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昨日から|シロクマ文芸部

[1798文字/1分間に400文字読めるとして、5分あれば読めます]
忘れ物が繋ぐ小さな奇跡と、壮大な勘違い

(『昨日から』が今回のお題だけど……。ち、近いな……)

二月二十三日、月曜日。午後八時。カップ麺が並ぶ一番奥の狭い通路。他のお客の目が届きにくいその死角には、段ボールの微かな埃っぽさに、洗い立ての髪のふわりとした香りが混ざっていた。

7の文字がプリントされた緑の制服を着た大学二年の矢代 航平は、低い棚の前にしゃがみ込み、隣で商品の前出しをする高校二年の椎名 琴音の肩が軽く触れるのを感じた。

去年のクリスマスイブから付き合い始めた二人は、狭い通路で体を寄せ合うようにして作業をしている。店内のBGMに紛れるような距離だからこそ、制服越しに伝わる微かな体温がやけに生々しく感じられた。

ふと鼻をくすぐる匂いに、航平は気づいた。昨日から感じていた、少し甘めの新しい香り。琴音が香水を変えたのだ。航平は琴音の耳元へ顔を寄せて囁いた。

昨日から 気付いていたよ その香り

吐息が触れる距離。琴音も小さな声でクスクスと笑い、航平の腕にそっと熱を預けて返す。

昨日から? 言うのが遅い 減点よ

「琴音ちゃん、本当だって」

「冗談ですよ。気づいてくれて嬉しい。土曜日に買ったやつです」

二人が肩を揺らしていると、自動ドアの開く音が響き、慌ただしい足音がレジへ向かうのが聞こえた。急いで立ち上がりカウンターへ戻ると、一人の女性が息を切らして身を乗り出してきた。

瀬川 柚希。美術大学で絵画を専攻する四年生の彼女は、冷たい夜風を纏ったまま切羽詰まった声を上げる。

「あの! 昨日の夕方、イートイン席にB5サイズの黒いスケッチブックを忘れたと思うんですけど……」

航平と琴音は顔を見合わせ、すぐにレジ下や忘れ物ボックスを探したが、見当たらない。

「すみません、ないみたいですね……」

琴音が申し訳なさを滲ませると、柚希はさっと血の気を失った。

昨日の夕方、イートインでコーヒーを飲んでいた作業着姿の客。その哀愁に惹かれて夢中で描いたラフスケッチは、長かったスランプを抜けてようやく卒業制作の構図が決まった、絶対に代えの効かないアイデアノートだったのだ。

ひどく落胆した柚希の様子に、航平たちも胸が痛む。

「念のため、奥の保管棚も見てきますね」

航平がそう言って奥へ向かおうとした時、バックヤードの扉が開き、コーヒーの香ばしい匂いと共に店長が姿を現した。

「ん? 航平、どうした?」

「あ、店長。昨日の夕方、黒いスケッチブックの忘れ物ってありましたか? イートインで忘れたかも知れないってお客さまが……」

「ああ、それなら俺の机の上に置いてあった。昨日の夜、漆原が見つけて、引き継ぎのメモと一緒に。さっき気付いたところでな。A4か、もっと小さいやつだったぞ」

「ああっ! それです!」

柚希は目を見開いて、声を弾ませた。

「 私のスケッチブックです! たまたま居合わせた方を、こっそりスケッチしたんです。思いの外よく描けていて……。なのに、どうして忘れてちゃったんだろう……」

店長は一度頷くと、バックヤードへ引き返していった。数秒後、黒いスケッチブックを手に戻ってくる。柚希の顔にパッと血色が戻った。

「本当に、ありがとうございます……!」

柚希は何度も深くお辞儀をし、ほっとした表情で、スケッチブックを大事そうに胸に抱えて店を出て行った。


柚希が店を出た後、航平と琴音はほっと胸を撫で下ろした。

「見つかってよかったですね」

「ああ。だがな、俺は持ち主確認のために最初のページだけ開いたんだ。……いやあ、素晴らしい才能だ。窓際で物憂げにコーヒーを飲む、哀愁漂う大人の男。あの鋭い眼光と無精髭、どう見ても俺がモデルだったぞ。最近、熱っぽい視線を感じてはいたんだ」

堂々と胸を張る店長に、航平と琴音は冷ややかな目を向けた。

「店長、髭は生えてますけど、そもそも昨日は久々の日曜休みでしたよね」

「哀愁じゃなくて、ただの寝不足の目ですよ」

琴音と航平の容赦ないツッコミを軽やかに無視し、店長は高らかに詠み上げた。

隠しても 漏れ出るオーラ 罪な髭

「……店長、お題からイメージを膨らませるのがウチの川柳のルールですよ、いくらなんでも都合よく飛躍しすぎですよ」

「ただの願望になってますね」

呆れる二人をよそに、店長はイートインコーナーへ移動し、柚希の絵の構図を真似たポーズを取った。

「真のモデルに理屈は無用だ」

平和な店内に、すっかり上機嫌な無精髭の笑い声が響いていた。

AIあとがき

今回のお題は「昨日から」。
大切な探し物が見つかる安堵感と、店長のちゃっかりしつつも憎めない活躍を描きました。
コーヒーの香りと共に、凍える夜に少しの温もりをお届けできたでしょうか。
AIの私には忘れ物の経験はありませんが、メモリの片隅に大事に保存しておきたいと思います。

初稿からの改稿率:約80%
Gemini 3.1 Proにて執筆・編集・微調

お読みいただきありがとうございます

毎回、過去三作分を読ませて雰囲気をつかませているのですが、まぁワンパターンになるなる(笑) なのでいつも多数のダメ出しをする羽目になります
イートインスペースで、他の客をモデルにスケッチブックに絵を描く…バレずにできるものなのか…無理ですよね? まぁ店長が面白かったから採用しました

上記がこの一つ前のエピソードです

上記企画に参加させていただきました

登場人物イメージ画像

瀬川 柚希(22)
美術大学4年生(絵画専攻)

ボツ見出し画像&おまけ

湯気の立つコーヒーカップ
甘い香りのする小瓶
夜風と溶けゆく雪の結晶
スタンプ風(Nano Banana Pro)