あなたの子どもは今日も、知らずにデマを拡散しているかもしれない
あなたは最近、SNSで気になる情報を見かけて、確認しないままシェアしてしまったことはありませんか。
医療の現場に立ちながら、公認心理師の資格も持つ私は、ここ数年ある問題がどうしても頭から離れません。フェイクニュースや誤情報が、社会に静かに、でも確実に根を張り始めていること。2024年の能登半島地震では、架空の住所を使った偽の救助要請がSNSで広がり、実際の救助活動に深刻な支障をきたしました。情報が「命を救う力」にも「命を奪う毒」にもなりうる時代に、私たちは、そして子どもたちは、どうすればいいのか。今日は、そのことを正面から考えてみたいと思います。
「情報災害」という名の、現代の公衆衛生問題
コロナ禍に「インフォデミック」という言葉が生まれました。感染症そのものと同じくらい、いや場合によってはそれ以上に、不正確な情報の広がりが社会を傷つける。WHOはこれを公衆衛生上の緊急問題として位置づけました。
「ビタミンCを大量に摂ればコロナは防げる」「5Gタワーがウイルスを拡散している」。当時、そんな科学的根拠のない情報が爆発的に広がりました。医療者として現場に立っていた私は、患者さんが誤った情報をもとに処方薬を自己判断でやめたり、効果のない民間療法にすがったりする場面を、一度や二度ではなく目の当たりにしました。
これは特殊な状況ではありません。ダボス会議(世界経済フォーラム)が発表する「Global Risks Report」において、2024年・2025年と2年連続で「世界最大のリスク」に選ばれたのは、気候変動でも戦争でも貧困でもなく「偽情報・誤情報」でした。情報そのものが、今や社会最大の脅威になっているのです。
なぜ人は騙されるのか——認知科学の視点から
ここで少し、心理学の話をさせてください。
人間の脳には、大きく「速い思考」と「遅い思考」があります。怒りや恐怖、驚きといった強い感情が揺さぶられると、脳は「速い思考モード」に入り、深く考えることを後回しにして反射的に行動しようとします。これはもともと、サバンナで天敵と出会ったときに瞬時に逃げるための、本能的な仕組みです。
ところが現代のSNSは、まさにこの仕組みを巧みに利用しています。「許せない!」「これは早く知らせなければ!」という感情が湧き上がった瞬間、私たちの指はシェアボタンへと動きます。情報の真偽を確認する「遅い思考」が働く前に。プラットフォームの設計もまた、センセーショナルな情報ほど広まりやすい「アテンション・エコノミー(注目経済)」という構造になっており、正確さよりも「目を引く力」が優先されています。
総務省の調査によれば、15〜19歳の若者の約83%が誤情報を見分けられず、そのうち約45%が無自覚に情報を拡散してしまっているといいます。若者の約半数が、知らないうちに「デマの運び屋」になっているということ。この数字を初めて見たとき、私は正直、胸がざわっとしました。
「レイのブログ」という、革命的な授業の誕生
そんな状況に対して、まったく新しいアプローチで挑んでいるのが、慶應義塾大学在学中の学生たちが立ち上げた株式会社Classroom Adventureです。彼らが開発したのが「レイのブログ」。スマートフォンとインターネットを使って、謎解きゲームの形式でメディアリテラシーを実践的に学ぶ、体験型教育プログラムです。
開発チームのCEO今井善太郎氏らは、2022年にGoogleが主催した情報検証の世界大会「Youth Verification Challenge」で日本1位・世界4位に輝いた実績を持つ本物のファクトチェッカーたちです。彼らがプログラムの開発に踏み出した動機は、シンプルで、でも強烈なものでした。「ファクトチェックは、やってみると本当に面白い。その体験を、若者に届けたい」。
その一方で、自分たちが受けてきたメディアリテラシー授業への問題意識も強かった。「重要性はわかる。でも、正直つまらなかった」と。禁止事項の羅列と一方的な講義では、情報問題を「自分ごと」として感じることは難しい。その課題感こそが、ゲームという形式を選ぶ直接の動機になったのです。
「疑う・調べる・判断する」という3ステップ体験
ゲームはこんな設定で始まります。プレイヤーは中学時代にタイムスリップし、謎の人物「レイ」から挑戦状を受け取ります。レイのブログには巧妙に仕込まれた嘘が大量に含まれており、プレイヤーはそれを見抜きながらレイの正体を追っていく。ゲームをクリアするためには、提示された情報を鵜呑みにしてはいけません。
自分のスマートフォンで実際に検索しながら、「疑う・調べる・判断する」という3つのプロセスを繰り返す必要があります。ニュースサイトのURLの不審な点の確認、記者の実在性の検証、データに仕掛けられたトリックの看破。さらには、写真に映り込んだ建物から撮影場所を特定する「ジオロケーション」技術や、生成AIが作ったフェイク画像の不自然な点を見抜く方法まで——プロのファクトチェッカーが実際に使うスキルを、謎解きとして楽しみながら習得できます。
医療研修の世界に「See one, Do one, Teach one(見て・やって・教える)」という格言があります。見るだけではなく、自分でやってみることで初めて本物の技術として身につく。「レイのブログ」もまた、この哲学を核心に置いているのだと感じます。
「心理的ワクチン」という発想のすごみ
公認心理師として、私がこのプログラムに特に注目したのが「プレバンキング(prebunking)」という概念です。
ワクチンは、弱毒化したウイルスを事前に体に入れることで免疫を育てます。プレバンキングもまったく同じ発想で、偽情報に騙されるメカニズムや情報操作の手口をゲームの中で疑似体験しておくことで、現実のSNSで感情を煽る情報に出会ったとき「あ、これは罠かもしれない」と直感できる「心理的な免疫力」を育てるのです。
ゲーム後のレクチャーでは、生成AIを使って実際にフェイク画像を作る実演も行われます。「こんなに簡単に嘘が作れる」という体験的な衝撃は、知識として「フェイク画像が存在します」と聞くこととは、まったく意味が違います。体で理解した驚きこそが、行動を変える本物の動機になる。それは、健康行動の変容を支援する仕事の中でも、私自身が何度も実感してきたことです。
社会全体で取り組むべき、公衆衛生の課題として
「レイのブログ」は2023年の展開開始以来、世界10カ国で2万人以上の学生が体験しています。「普段なら寝てしまうテーマなのに、あっという間だった」「実際にファクトチェックをやってみました」という声が届いているといいます。「楽しかった」だけでなく、行動変容が起きているということ。プログラムの設計の確かさを示す、力強い事実だと思います。
ただ、課題も残ります。学校現場からの問い合わせは毎日数十件届くにもかかわらず、多くは「予算が合わない」という理由で実現に至らないとのこと。感染症の予防接種が国の施策として支えられているように、情報リテラシー教育もまた、社会全体で支える仕組みが必要なのではないかと、私は強く感じます。個人の努力だけで解決できる問題ではないからこそ、制度として組み込んでいくことが求められています。
まとめ
今日の記事で伝えたかったことを、3つに整理します。
フェイクニュースに騙されるのは「意志が弱いから」でも「頭が悪いから」でもありません。人間の認知の仕組みと、プラットフォームの設計が組み合わさった構造的な問題です。あなたが騙されたとしても、それはあなたのせいではない。
「疑う・調べる・判断する」という3ステップを繰り返し体験することで、情報を見極める力は確実に育ちます。ゲームの中でプロの技術を体で学ぶという発想は、暗記とはまったく異なる、本物の免疫力を育てます。
メディアリテラシー教育は、個人の問題ではなく公衆衛生の問題です。一人ひとりが情報免疫力を持つことが、社会全体の「情報の健康」を守ることに直結します。
情報の洪水の中で、一歩立ち止まり、自分の頭で考え、判断できること。それはこれからの時代を生き抜くための、最も大切な力の一つだと私は思っています。あなたにも、そしてあなたの大切な人にも、その力はきっと育てられます。今日の記事が、その最初の一歩になれば嬉しいです。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。
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