「放射能が消える」と被災地で散布されたEM菌、その結末は?
「環境に優しい」「善意の活動」——そんな言葉に疑問を持つ人は少ないでしょう。でも、その善意が科学的根拠のない「ニセ科学」に利用されているとしたら?
今でも、全国の学校でプール清掃や環境学習に使われているEM菌。「有用微生物」として紹介され、水質浄化や土壌改良に効果があると信じられてきました。しかし、タイ政府による大規模検証、福島県や広島県の見解、そして裁判所の判断——すべてが同じ結論を示しています。
私たちの子どもたちが学ぶ教育現場で、一体何が起きているのでしょうか。
EM菌ってそもそも何?
EM菌(Effective Microorganisms)は、1980年代初頭に琉球大学農学部教授だった比嘉照夫氏が開発した微生物資材です。乳酸菌、酵母、光合成細菌などの「共生体」とされていますが、実は具体的な成分の詳細は明らかにされていません。「有用微生物」という曖昧な表現で語られることが多いのも特徴です。
もともとは農業の土壌改良が目的でした。ところが興味深いことに、世界救世教の「救世自然農法」との深い関わりがあり、普及の背景には宗教的な側面もあったと指摘されています。
「万能」すぎる主張に違和感はなかったか
EM菌の主張を見ていくと、正直「本当に?」と首を傾げたくなります。
農業・環境分野では、土壌改良、農作物の増収、水質浄化、ヘドロの減少、悪臭の除去。ここまでなら「微生物だし、あり得るかも」と思えるかもしれません。
しかし健康・医療分野になると、話は一気に怪しくなります。「ウイルスを完全に消滅し得る」として、エイズ、肝炎、インフルエンザなどの治療効果まで主張しているのです。免疫力を高めるとも言われています。
さらに驚くのは放射能への効果です。福島第一原発事故の後、「放射能を消す」「被曝対策になる」と主張し、実際に被災地で散布が行われました。科学的にあり得ない話です。
極めつけは、比嘉氏が効果を説明するために持ち出す理論。「重力波」「波動」「結界」「蘇生の法則 (シントロピー)」——現代科学では認められていない概念ばかりです。さらに「EMは神様だと考えることがスタート」とまで述べており、もはや宗教の領域に入っています。
科学はどう判断したのか
では、科学者たちはEM菌をどう評価したのでしょうか。
最も決定的だったのは、1990年代のタイでの大規模検証です。タイ政府とカセットサート大学が共同で、14ヶ月間、約100名の研究者を投入して徹底的に調べました。
結果は明確でした。作物の収量増加、害虫駆除、水質浄化のいずれにおいても、EMに顕著な効果は認められなかったのです。EMで作った堆肥は、現地の市販肥料や牛糞よりも効果が低かったとさえ報告されています。
日本でも土壌肥料学会のシンポジウムで、ホウレンソウの栽培試験においてEMボカシ区と他の区で有意差がなかったことが報告されています。
医学的効果についても同様です。ウイルス感染症への効果について、信頼できる臨床試験などのエビデンスは存在しません。学会発表レベルの資料はあっても、対照実験が欠如しているなど、科学的妥当性に欠けると指摘されています。
水質浄化効果はどうでしょう。福島県や広島県は、EMによる水質浄化効果が認められないとして、県として推進しない方針を明確に示しています。2016年には当時の環境大臣が国会で「水質浄化に効果があるとの科学的検証データを承知していない」と答弁しました。
なぜ「ニセ科学」と呼ばれるのか
EM菌が単なる「効果のない商品」ではなく、「ニセ科学 (疑似科学)」として問題視される理由があります。
それは、科学的な用語を使いながら、実証データに基づかない「波動」や「精神論」を混在させている点です。「微生物」「光合成細菌」といった本物の科学用語が出てくるので、一般の人は「科学的根拠があるんだ」と誤認しやすい構造になっています。
さらに厄介なのは、都合の悪いデータが出たときの対応です。「使い方が悪い」「愛が足りない」——こうした反証不可能な言い訳で逃げようとする傾向があります。これでは科学的な議論になりません。
教育現場という最も深刻な問題
個人が信じて使うのは自由かもしれません。しかし、学校教育に入り込んでいるとなると話は別です。
「環境に良い」という善意を利用して、全国の学校でプール清掃や環境学習にEMが導入されるケースが多発しています。子どもたちに科学的根拠のないものを「効果がある」と教えることは、科学的思考力を損なうと、理科教育の専門家から強く批判されています。
想像してみてください。あなたの子どもが学校で「EM菌を川に流すと水がきれいになる」と習って帰ってきたら。科学の授業で学ぶべきは、実証と検証の大切さのはずです。
生態系破壊のリスク
環境に良いどころか、環境を破壊する可能性も指摘されています。
特定の地域の微生物を培養し、異なる環境(川や海)に大量投入することは、その土地固有の生態系を破壊する「環境汚染」になり得ると、日本生態学会などの専門家が警鐘を鳴らしています。
「善意の環境活動」のつもりが、実は生態系を乱していたとしたら——これほど皮肉なことはありません。
批判に対する「スラップ訴訟」という反応
EM側は、批判的な記事を書いた新聞社や研究者に対して名誉毀損訴訟を起こしました。科学的議論ではなく、法的圧力で批判を封じ込めようとしたわけです。
しかし裁判所の判断は明確でした。批判には公益性と真実性があるとして、EM側の請求を棄却(敗訴)しています。裁判所も、EMの効果については「学術的見解」であり、批判は正当な論評の範囲内と判断したのです。
私たちにできること
EM菌の問題は、科学リテラシーの大切さを教えてくれます。
「環境に良い」「自然に優しい」——そんな耳障りの良い言葉こそ、一度立ち止まって考える必要があります。善意につけこむ手法は、ニセ科学の常套手段だからです。
もしあなたの子どもの学校でEM菌が使われていたら、PTA会議で科学的根拠を尋ねてみてください。「みんながやっているから」「環境に良いと言われているから」では、理由になりません。
科学とは、検証できること。反証可能であること。そして、都合の悪いデータも受け入れることです。その基本を、私たち大人がまず理解しなければ、子どもたちに正しい科学の姿勢を伝えることはできません。
1980年代から40年近く。科学が一貫して否定し続けているにもかかわらず、EM菌が今も学校や地域で使われ続けている——この現実こそが、私たちの科学リテラシーの課題を浮き彫りにしているのかもしれません。
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