見出し画像

なぜ今回の選挙、Xで「レスバ」を見かけなかったのか?

先日の衆院選、あなたのXのタイムラインはどうでしたか?

私は正直、拍子抜けしました。いつもなら選挙のたびに目にしていた、あの過激な言葉の応酬。支持政党の違う人同士が延々と繰り広げる「レスバトル」。誰かの失言を切り取った動画が何万リポストもされて、怒りのコメントで埋め尽くされる光景。今回、それがほとんど見当たらなかったんです。

「平和でいいじゃないか」と思った方もいるでしょう。私も最初はそう感じました。でも、医療現場で人の心と向き合う仕事をしていると、「静けさ」の裏にあるものが気になってしまう。この穏やかさは、本当に私たちが望んだ形で訪れたものなのか。それとも、誰かの手によって「そう見えるように」調整された結果なのか。

今日は、あの「静かな選挙」の正体について、一緒に考えてみませんか。



怒りが「届かなくなった」という事実


結論から言うと、今回の静けさには明確な理由があります。Xのアルゴリズムが大きく変わったんです。

これまでのSNSは、良くも悪くも「怒り」で回っていました。MITの研究チームが発表したデータによれば、虚偽の情報は真実の約6倍の速さで拡散するそうです。なぜか。人は怒りや不安を感じたとき、「これを誰かに伝えなきゃ」という衝動に駆られるからです。私たち人間の脳は、危険を察知したら仲間に知らせるようにできている。SNSのアルゴリズムは、その本能を巧みに利用してきました。

怒りを感じる投稿ほど、リプライが増える。リプライが増えれば「盛り上がっている」と判断されて、より多くの人のタイムラインに表示される。表示されれば、また誰かが怒る。この「怒りの増幅回路」が、選挙のたびにフル稼働していたわけです。

ところが今回、Xはこの回路を意図的に遮断しました。否定的な感情表現や論争的なキーワードを含む投稿は、「おすすめ」に表示されにくくなった。過激な内容ほど届かなくなったんです。

「インプレゾンビ」たちの退場


もうひとつ、見逃せない変化があります。選挙のたびに湧いて出ていた、あの「便乗アカウント」たちの姿が消えたこと。

Xには収益化の仕組みがあって、投稿がたくさん見られればお金になります。だから一部の人たちは、政治的な信念なんて関係なく、ただ「バズりそうなネタ」に飛びついていた。AIで作った真偽不明の情報、誰かの発言を悪意ある形で切り取った動画、とにかく怒りを煽れそうなものなら何でも投稿する。彼らは「インプレッション・ゾンビ」なんて呼ばれていました。

今回のアルゴリズム変更で、こうした投稿は収益化の対象外になったり、アカウントの評価を下げる要因になったりするようになったようです。金銭的なうまみがなくなれば、彼らは撤退する。当然の帰結ですよね。

これ、実は医療の世界で「症状」と「原因」を分けて考えるのと似ています。タイムラインの荒れ具合は「症状」であって、その背後には「怒りを増幅するアルゴリズム」と「それで稼ごうとする人々」という「原因」があった。今回、その原因の両方に手が入ったから、症状が劇的に改善したわけです。

コミュニティノートという「減速装置」


もうひとつ効いているのが、コミュニティノートの進化です。

ご存じない方のために説明すると、これはXユーザーが投稿に「背景情報」を追加できる機能です。たとえば「この動画は5年前のもので、今回の選挙とは無関係です」といった注釈がつく。従来、ファクトチェックの最大の問題は「スピード」でした。デマが何万人に届いた後で「あれは嘘でした」と訂正しても、もう遅い。火事が燃え広がってから消防車が来るようなものです。

でも今のアルゴリズムでは、コミュニティノートがついた投稿は拡散力が大幅に抑えられます。言ってみれば、火が広がる前にスプリンクラーが作動する仕組みになった。扇情的な投稿が「バズる前に減速させられる」ようになったことで、あの爆発的な炎上が起きにくくなったんです。

でも、本当にこれでいいのだろうか


ここまで読んで、「なんだ、良いことずくめじゃないか」と思われたかもしれません。怒りの連鎖が止まり、デマの拡散が抑えられ、収益目的の悪質アカウントが退場した。素晴らしいことです。

でも私は、手放しで喜べない自分がいます。

今回の「静けさ」には、もうひとつの顔があるからです。それは「分断の完成」という顔。

アルゴリズムが賢くなりすぎた結果、私たちは自分と似た意見の人としか出会わなくなっている可能性があります。右寄りの人のタイムラインには右寄りの投稿しか流れず、左寄りの人には左寄りの投稿しか届かない。以前は、わざと対立する意見を表示してエンゲージメントを稼ぐという手法がありました。それはそれで問題だったけれど、少なくとも「違う意見の存在」を知る機会にはなっていた。

今は、その衝突すら起きない。なぜなら、そもそも違う意見が目に入らないから。タイムラインが「静か」に見えるのは、嵐が去ったからじゃない。お互いの存在が見えなくなっただけかもしれないんです。

「心地よい檻」の中で


心理学では、自分と似た意見ばかりに囲まれる現象を「エコーチェンバー(反響室)」と呼びます。自分の声が反響して返ってくるだけの部屋。外の音は聞こえない。

私たちは今、かつてないほど快適なエコーチェンバーの中にいるのかもしれません。怒りを煽られることもなく、不快な意見を目にすることもなく、自分の信じたいことを信じていられる。それは確かに「心の平穏」ではあります。

でもそれは同時に、民主主義にとって必要な「異なる意見との対話」の機会が失われているということでもある。

私は別に、昔の荒れたタイムラインに戻れと言いたいわけじゃありません。あれはあれで有害だった。ただ、今の「静けさ」を「問題が解決した証拠」だと思い込むのは危険だと感じています。問題は解決したんじゃなく、見えなくなっただけかもしれない。

私たちにできること


じゃあどうすればいいのか。正直、簡単な答えはありません。でも、ひとつだけ確かなことがあります。それは「自分のタイムラインが世界のすべてではない」と自覚することの大切さです。

SNSで見える景色は、アルゴリズムによって編集されたものです。あなたが見ている「静かな世界」と、隣の人が見ている「静かな世界」は、まったく別物かもしれない。だから時々、意識的に「自分のバブル」の外に出てみる。違うメディアに触れてみる。リアルで、違う意見を持つ人と話してみる。

面倒くさいし、時には不快な思いもするでしょう。でも、その「面倒くささ」や「不快さ」を完全に排除したとき、私たちは本当の意味で「つながり」を失うのかもしれません。

今回の選挙の「静けさ」は、ひとつの転換点だったと思います。怒りの時代が終わり、穏やかな時代が来た——そう解釈することもできる。でも私は、それを「分断が完成し、お互いが見えなくなった時代の始まり」と捉えています。

どちらの解釈が正しいかは、これからの私たち次第です。少なくとも、「静かだからOK」と思考停止しないこと。それが、今の私たちにできる最初の一歩なんじゃないでしょうか。


#SNSと民主主義 #エコーチェンバー #情報リテラシー #アルゴリズム #2026年衆院選


いいなと思ったら応援しよう!

AIでエビデンスを探る_公認心理師 よろしければ応援お願いします。いただいたチップは、執筆のための書籍購入や、AIのために使わせていただきます。