なぜ最高権力者が陰謀論を語ると、社会の共通基盤が壊れるのか
みなさんは、ニュースで耳にする「陰謀論」という言葉に、どこか他人事のような印象を抱いていませんか。
私自身、医療の現場で働きながら心理を学んできた立場として、しばらくはそう感じていました。社会の周縁にある、一部のマイナーな話。距離を置いていたのです。
でも、近年のアメリカで起きていることを丁寧に追っていくと、ある事実に気づかされました。陰謀論はもう「隅っこの話」ではない。社会の中心から、しかも最高権力者の口から語られる時代に入っていたのです。
今日は、なぜそれがこれほど危険なのか、情報と心の関係を考えてきた一人として、書いてみたいと思います。
「サブカル」が「公用語」に変わった日
最初に押さえておきたいのは、陰謀論というものの位置づけの大きな変化です。
かつて陰謀論は、社会の隅にあるマイナーな話でした。一部の人たちが「異様 (アウトランディッシュ)」な物語として語り、多くの人はそれを横目で見て通り過ぎる。そういう関係性のもとに置かれていたのです。
ところが、ある時期から景色が一変しました。国の最高権力者であるトランプ大統領自身が、陰謀論を語る側の中心人物、いわば「スーパー・スプレッダー」になったのです。
これは、単に「変わった大統領が現れた」という話ではありません。最高権力者の口から語られた瞬間、根拠のない物語に「正統性」が貼り付けられてしまうのです。
私はこれを、水道に異物が流れ込む現象に近いと感じています。一部の家庭の井戸水に異物が入っていても、影響は局所的です。けれど、国全体に水を配る浄水場の蛇口から異物が出はじめたら、話は一気に変わってきます。受け取る側の意識にかかわらず、社会全体が同じ汚れを口にすることになるからです。
陰謀論はこうして、サブカルチャーから「国家の公用語」へと、静かに昇格してしまいました。
「みんなが立っている地面」が消えていく
二つめにお伝えしたいのは、もっと深いレベルで起きていた破壊の話です。
健全な議論というものは、「何が事実か」という共通の土台があってはじめて成立します。私たちが意見の違いを話し合えるのは、足元に「共有された現実」という地面があるからです。
その地面を維持しているのが、自由な報道機関であり、大学であり、政府の専門機関といった「知識生産機関」だと私は考えています。完璧ではないにせよ、彼らは社会に光を当てる灯台のような役割を担ってきました。
ところがトランプ大統領は、自らに不都合なメディアを「フェイクニュース」と呼び、政府の専門機関や司法省を「ディープ・ステート(闇の政府)」として攻撃しました。
これは知識生産機関への単なる批判ではありません。事実そのものを「党派的な忠誠心の対象」へと作り変えてしまう試みだったのです。
事実が「事実」でなくなり、「あなたが何を信じたいか」に置き換えられてしまった社会では、議論も、説得も、妥協も、すべてが成立しなくなります。みんなが立っていた地面そのものが、足元から崩れていくような感覚。私はこの現象に、本当に強い不安を覚えています。
「政敵」が「悪魔」に変わるとき
三つめに、もっとも深刻な変化について書きたいと思います。
民主主義の根幹には、ある約束ごとがあります。それは「正当な野党」を認めること。つまり、自分と意見が違う相手であっても、選挙で勝てば政権を譲るし、相手は単に政策の違う隣人にすぎない、という前提です。
「選挙は盗まれた」「リグ(不正操作)されている」という証拠なき主張は、この前提そのものを破壊する力を持っていました。競争的な選挙という、民主主義の根幹そのものに「正統性なし」のレッテルを貼ったわけです。
さらに恐ろしいのは、対立政党や政敵を「単に意見の違う人」ではなく「子どもを虐待する悪魔」と描くナラティブが助長されたことです。ピザゲートやQAnonがその典型例ですね。
ここで私が立ち止まって考えたいのは、心の動きとしての怖さです。相手を「悪魔」だと信じてしまえば、もはや話し合いやルールの遵守は不要に思えてしまいます。「悪魔」相手に紳士的に振る舞うほうがおかしい、という心理が動いてしまうのです。
その帰結のひとつが、2021年の連邦議会議事堂襲撃事件だった。言葉の積み重ねが、現実の暴力に結実してしまった瞬間だと、私は受け止めています。
「内部から」制度を攻撃するという異常性
最後にもう一つ、専門家たちが警鐘を鳴らしている、過去の歴史にもなかった新しい構造についてお伝えします。
これまでのアメリカ政治における陰謀論は、おもに「権力を持たない側」が「権力者を告発する」かたちで使われてきました。負けた側、外側にいる側が、内側の権力に対して投げかけてきたのです。
ところが「大統領による陰謀論」では、構造が完全に反転しています。権力の頂点にいる人物が、自らが率いる国家の制度や行政府を「内部から」攻撃したのです。
これは、家の主が自分の家の柱を内側から削っているような状態に近いと、私は感じています。外敵から守るべき立場の人が、その柱の信頼性そのものを揺るがしている。
専門家たちが「権威主義的支配への地ならし」と警鐘を鳴らすのは、まさにこの構造のためです。国民に「うちの制度は信用できない」と思わせる流れは、過去の歴史研究でも想定されていなかった、新しい現象なのです。
私たちにできること
ここまで読んでくださって、もしかすると重い気持ちになっている方がいらっしゃるかもしれません。
でも、私はこの話を「絶望」のために書いたのではありません。むしろ、起きていることの「構造」を知ることが、私たち一人ひとりの自衛になると思っているからです。
権力者がどんな言葉を選んでいるか。誰を「悪魔」として描こうとしているか。何を「信用できない」と言って崩そうとしているか。
その三点を意識して眺めるだけでも、情報の受け取り方は変わってきます。ニュースの背景に何が動いているのか、見える解像度がぐっと上がるのです。
「共有された現実」を守るのは、最終的には、私たち一人ひとりの「事実への信頼」だと私は信じています。あなたがいま、こうして長い文章を最後まで読み、自分の頭で考えようとしている。その姿勢こそ、もっとも強い防波堤だと思うのです。
終わりに
今回お伝えしたかったことを、最後に整理しておきます。
ひとつ、最高権力者が陰謀論を語ると、それは突如「正統性」を獲得し、社会の中心言語へと昇格してしまうこと。
ふたつ、報道や大学、政府の専門機関といった「共有された現実」を支える灯台が攻撃されると、議論や説得の土台そのものが崩れていくこと。
みっつ、政敵を「悪魔」として描くナラティブは、最終的にルールも対話も否定する暴力へと結実してしまうこと。
そして、権力の内部から制度を攻撃するという、過去にも想定されていなかった異常性が、現代の私たちの目の前で進行していること。
遠い国の話に見えても、情報空間はもはや国境を超えて繋がっています。だからこそ、私たちが自分の頭で考え、事実への信頼を手放さないことが、いま何よりも大切なのだと思います。
あなたには、自分の足で立つ力があります。今日の小さな気づきが、明日の選択を少し変えていく。それは決して大げさな話ではなく、ひとつひとつの「考えること」の積み重ねが、社会の土台を支えていくのだと、私は信じています。
長文にもかかわらず、最後までお付き合いくださりありがとうございます。これからも、いい意味で"ちょっとだけマニアックな"情報を届けていけたらと思います。
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