怒りに振り回されなくなる、公認心理師が教える扁桃体ハイジャックの鎮め方
「またSNSで、腹の立つニュースを見て、思わずシェアしてしまった」。そんな経験、ありませんか。
実はそのとき、あなたの理性はほんの一瞬、脳のある部分に主導権を奪われています。心理学ではこれを「扁桃体ハイジャック」と呼びます。
意志が弱いからではありません。人間の脳に、もともと組み込まれた仕組みなのです。今日は公認心理師として、この現象がなぜ起こり、どう付き合っていけばいいのかを、私自身の実感も交えてお話しします。
脳が「乗っ取られる」というのは、比喩ではありません
扁桃体ハイジャックとは、心理学者のダニエル・ゴールマンが提唱した概念です。強い恐怖や怒り、驚きを感じたとき、理性を担う前頭葉を飛び越えて、感情の中枢である扁桃体が脳の主導権を一時的に奪ってしまう現象を指します。
私はこれを、患者さんやご家族に説明するとき、「家の火災報知器」にたとえることがあります。火災報知器は、煙を感知したら考える間もなく鳴り響きます。「これは本当に火事だろうか」と検証する余裕はありません。とにかく鳴らして、逃げる準備をさせる。それが役目だからです。
扁桃体もまったく同じ働きをします。太古の人類が野生動物に出会ったとき、「あの模様は何の動物だろう」と悠長に考えていては命を落としてしまいます。だから脳は、視覚や聴覚からの情報を、じっくり考える経路を飛ばして、直接扁桃体へと送り込むルートを持っているのです。生き延びるための、実によくできた仕組みだと思います。
問題は、現代の私たちの目の前に、もう野生の猛獣はいないということです。その代わりに、スマートフォンの画面の中に、私たちの感情を揺さぶるように設計された情報があふれています。
デマが真実の6倍速く広まる、これだけの理由
マサチューセッツ工科大学の研究チームが行った大規模な調査によると、虚偽の情報は、真実の情報よりもおよそ6倍速く拡散することが分かっています。これは私の推測ではなく、実際に検証されたデータです。
その理由を、私は臨床の現場で人の感情の動きを見てきた経験から、次のように理解しています。真実のニュースは、多くの場合「悲しみ」や「信頼」といった、比較的穏やかな感情を呼び起こします。一方で、作られた情報は現実の制約を受けないぶん、「驚き」「嫌悪」、そして何より「恐怖」を、効率よく刺激するようにできてしまうのです。
扁桃体は、見慣れないものや、自分や大切な人を脅かすものに対して、もっとも敏感に反応する器官です。ですから、恐怖や怒りを煽る情報ほど、私たちの中の「火災報知器」を鳴らしやすく、思わず人に伝えたくなってしまう。これは意志の強さの問題ではなく、脳の構造上、ごく自然な反応なのです。
「システム1が暴走している状態」だと考えてみる
心理学者ダニエル・カーネマンは、人の思考には二つのモードがあると説明しました。直感的で速い「システム1」と、じっくり検証する「システム2」です。
扁桃体ハイジャックが起きているとき、脳の中では何が起きているのでしょうか。私はこれを「システム2が一時的に強制終了され、システム1だけが独走している状態」だと捉えています。情報の出どころを確かめたり、論理の矛盾に気づいたりする機能が働かないまま、目の前の情報をそのまま「真実」として受け取ってしまう。それが、この現象の恐ろしいところです。
さらに厄介なのは、事実を突きつけられたときの反応です。人は自分の信念やアイデンティティを脅かされたと感じると、それを「攻撃」とみなし、扁桃体が再び反応してしまうことがあります。すると、正しい情報を提示されているのに、かえって元の思い込みを強めてしまう。これは「バックファイア効果」と呼ばれていて、対話の難しさを象徴する現象だと、私は感じています。
それでも、私たちにできることが三つあります
ここまで、少し重たい話が続いたかもしれません。ですが、扁桃体ハイジャックの仕組みを知ることそのものが、すでに大きな一歩です。私が普段大切にしている対処法を、三つに絞ってお伝えします。
一つ目は、「今、鳴っているのは火災報知器かもしれない」と、自分に問いかけてみることです。強い怒りや義憤がわき上がったその瞬間こそ、扁桃体が主導権を握っているサインです。シェアボタンを押す前に、ほんの数秒立ち止まる。それだけで、システム2が少しずつ戻ってきてくれます。
二つ目は、「がまんする」のではなく、「一呼吸置くチャレンジ」だと捉え直すことです。衝動を抑え込もうとすると、かえって苦しくなってしまいます。けれど、これを「自分の脳の仕組みを試す、ちょっとした挑戦」だと考えると、不思議と気持ちが軽くなります。私自身、腹立たしいニュースを見たときほど、あえて画面を閉じて深呼吸をするようにしています。
三つ目は、あらかじめ「感情を煽る手口」を知っておくことです。総務省が呼びかけている「ソ・ウ・カ・ナ(即断しない、鵜呑みにしない、変だと感じたら、鳴り物入りの情報は特に)」という合言葉も、扁桃体を落ち着かせるための、シンプルで力強い知恵だと思います。事前に知っておくことは、いわば心のワクチンのようなものです。
終わりに
今日お話ししたことを、あらためて振り返ってみます。
扁桃体ハイジャックは、恐怖や怒りを感じたときに、理性より先に感情が脳の主導権を握ってしまう、誰にでも起こる自然な反応です。
デマが真実より速く広まってしまうのは、意志の弱さのせいではなく、恐怖や怒りを刺激する情報のほうが、脳に届きやすいという構造のせいです。
そして、その仕組みを知り、シェアする前にほんの数秒立ち止まる習慣を持つだけで、私たちは十分に、この罠から自分を守ることができます。
あなたの脳は、あなたを守るためによくできています。ときどき暴走してしまうのも、生き延びるための本能があるからこそです。そのことを責めるのではなく、うまく付き合っていく術を、一緒に身につけていきましょう。あなたなら、きっと変わっていけます。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。
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