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パニックは起きなかった。でも私たちの認知は確かに揺さぶられていた

あなたは最近、SNSで「これ本当?」と一瞬不安になったことはありませんか。

ニュースのような見た目の投稿、著名なアカウントのリポスト、数万件のいいね——そういうものを目にするたびに、私たちの脳は自動的に「これは信頼できる情報だ」という判断に傾こうとします。

実は、2026年の春、まさにその心理的な隙を突いた情報操作が、日本を標的として展開されていました。私自身、この出来事の詳細を知ったとき、背筋が少しひんやりしました。医療の現場に身を置きながら、「人の認知がいかに外から操作されやすいか」を日々考えている立場として、他人事には思えなかったのです。今日は、その出来事を紐解きながら、私たちがSNS時代をどう生きるべきかを、一緒に考えてみたいと思います。


戦場は、スマホの画面の中にあった


2026年2月末、中東で大きな軍事衝突が始まりました。米国とイスラエルによる「オペレーション・エピック・フューリー」が開始され、それに呼応するようにイランがホルムズ海峡の事実上の封鎖を宣言したのです。

ホルムズ海峡というのは、世界の原油輸送量の約2割が通過するとも言われる海の要衝です。そこが封鎖されるというのは、エネルギーを輸入に頼る日本にとって、非常に切実な問題として受け取られました。ガソリン価格が上がるかもしれない、物価がさらに高騰するかもしれない——そういった不安が、多くの人の頭をよぎったことは想像に難くありません。

そして、まさにその「不安」が高まっているタイミングで、ある一つの投稿がXに流れ込んできました。

3月8日、ロシアへの帰属が推察されるアカウントが、「日本の大手石油会社がロシアからの石油輸入を再開した」とする情報を英文で発信したのです。

これだけ聞くと「また偽情報か」と流せそうですが、そう簡単ではありませんでした。

「もっともらしさ」の怖さ


私が公認心理師として学んできた認知科学の世界では、「ヒューリスティクス」という概念があります。人間は複雑な問題を前にしたとき、深く考えるのをやめて、直感や経験則で素早く判断しようとする——そういう思考の近道のことです。

ホルムズ海峡封鎖によりエネルギー供給への不安が高まる中で、「日本企業が代替調達に動いた」という内容は、たとえ調達先がロシアであっても受け手にとって現実的なシナリオとして受け取られやすかったのです。

「ありえる話だよな」という感覚。これが最も危険です。

真っ赤な嘘よりも、「7割本当のような嘘」のほうがはるかに拡散しやすい。医療現場でも同じことが起きます。エビデンスのない健康情報が「体験談」という形で広まるとき、それが「あの人が言うなら…」という文脈に乗ると、専門家の警告よりも速く、遠くまで届いてしまうのです。

ボットと人間が協力して、"嘘"を真実に見せた


この投稿は、その後どうなったのでしょうか。

親露インフルエンサーアカウント4つが翻訳・引用して拡散し、日本語圏での閲覧数は直後に合計200万件以上に到達しました。そして注目すべきは、この拡散に際してボット活動が明確に観測された点です。

研究チームが独自のAIによるボット判定手法を適用したところ、最大60%以上の投稿がボットと推察されるアカウントによって行われていたことが判明しました。さらに、ロシアおよび中国に帰属が推察されるアカウント群が、数十から数千規模で関与していたとのことです。

60%以上がボット。これを聞いたとき、私は思わず「え」と声が出そうになりました。

私たちが「たくさんの人がシェアしている」と感じたその瞬間、実はその大半が人間ではなかったかもしれない。社会的証明(Social Proof)という心理現象があります。「みんながやっているなら正しいはずだ」と判断してしまう傾向のことですが、そのみんなが機械だったとしたら?

私たちは、存在しない多数派に影響されていたことになります。

なぜ、日本が狙われたのか


この工作の戦略的な意図について、日本国内における反米的ナラティブを増幅させる意図や、政府の危機対応能力に対する不信を喚起することで政権支持の低下につなげることを狙った動きがあったと分析されています。

さらに見逃せないのが、ロシアと中国が情報戦領域において相互補完的に行動する傾向です。単一の発信源による一時的な攻撃ではなく、複数の主体が連携しながら、日本という社会の「認知」そのものを揺さぶろうとしていた——そう考えると、これはもはや個人の情報リテラシーの問題を超えた、国家レベルの"心理戦"だと言えます。

病院でたとえるなら、身体症状(物価不安、エネルギー危機への恐れ)をうまく利用しながら、精神的な動揺(政府不信、反米感情)を引き起こそうとする介入——まるでそんな構図に見えてしまいます。

それでも、パニックは起きなかった


ここで少し、安堵するような事実をお伝えしたいと思います。

3月11日、高市総理は国際エネルギー機関(IEA)に先駆けて国内石油備蓄の放出を表明し、16日には民間備蓄の放出を開始しました。この迅速な対応により、買い占めやパニック的行動、社会不安の顕在化といった事象は確認されませんでした。

つまり、情報工作は展開されたけれど、社会としての実害は最小化された。これは評価すべきことだと思います。

ただ——ここが大切なのですが——「今回は大丈夫だった」ことと「次も大丈夫」であることはイコールではありません。今回は政府の物理的な対応が速かったからこそ、不安の拡大が抑えられた側面が大きい。情報空間における影響工作と推察される活動自体は観測されており、今後も社会状況の悪化と連動したナラティブの拡散には継続的な警戒と分析が不可欠だと、研究者たちは警告しています。

私はこの指摘を、医療従事者として「予防医学」の文脈で受け取りました。症状が出てから対処するのではなく、感染経路を理解して、日頃から免疫をつけておく——情報との付き合い方も、まったく同じだと思うのです。

私たちにできる3つのこと


では具体的に、どうすればいいのか。心理学と医療の視点から、3つのことをお伝えしたいと思います。

まず一つ目は、「感情が動いたとき、一呼吸おく」こと。怒り、恐怖、驚き——そういった感情は、情報を拡散させるための最も強力な燃料です。不安が高まる状況に適合する形でナラティブを設計し、受け手の違和感を最小化することで、短時間での拡散を狙うのが情報工作の常套手段です。感情が揺れているときこそ、立ち止まるクセをつけることが防衛の第一歩です。

二つ目は、「インプレッション数やシェア数を、正しさの証拠と見なさない」こと。「これだけ拡散されているなら本当のことだ」という社会的証明バイアスは、私たちの思考に深く根づいています。でも今回の件でわかったように、投稿数の急増とボット率の上昇が連動しており、自然発生的拡散ではなく、誘導的な拡散の可能性が示唆されるケースが現実に存在します。数字の多さではなく、発信源の信頼性を確認する習慣が必要です。

三つ目は、「"もっともらしさ"に慣れない」こと。人間の脳は、自分の既存の信念や不安と整合する情報を無批判に受け入れやすい性質(確証バイアス)を持っています。「なんかありえそうだな」と思った瞬間こそ、一番危ない。それが最も狡猾な嘘の入り口だからです。

情報を"読む力"は、免疫と同じ


医療の仕事をしていると、「予防」がいかに難しく、しかし大切かを痛感します。発症してから治療するより、発症しないための習慣を根づかせるほうが、長い目で見ればずっと健康でいられる。

情報との付き合い方も、まったく同じだと私は思っています。

デジタル影響工作というのは、今や国家レベルで設計・実行される"社会の病"です。私たちひとりひとりが、情報を受け取るときの免疫力を高めていくこと——それが、個人の生活を守ることにも、社会の安定を守ることにもつながっていく。

難しいことを言っているわけではありません。感情が動いたら一呼吸。数字を盲信しない。「もっともらしさ」を疑う。それだけで、私たちの認知はずいぶん鍛えられます。

情報の海を泳いでいくのに、正解地図はありません。でも、羅針盤は持てます。その羅針盤を、この記事が少しでも磨く手助けになれば、それ以上の喜びはありません。

まとめ


今回の記事でお伝えしたかったことを、最後に3つにまとめます。

デジタル影響工作は「明らかな嘘」よりも「もっともらしい嘘」で機能するということ。不安や感情が高まっているとき、私たちの認知は特に操作されやすい状態になっているということ。そして、ボットによる数値的な演出が「多数派の幻想」をつくり出し、それが拡散のエンジンになるということ——これらは、心理学的にも非常に理にかなったメカニズムです。

SNS上の情報は、私たちの感情と思考に直接触れるものです。だからこそ、受け取る側の私たちが少し賢くなるだけで、工作の効果はぐっと下がります。今日から、一呼吸置く習慣を始めてみてください。それが、あなた自身を守る最初の一歩です。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます。今日の記事が、皆さんの明日以降の一歩を考えるきっかけになればうれしく思います。


#デジタル影響工作 #情報リテラシー #SNSと心理 #認知バイアス #フェイクニュース


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