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公認心理師が解説|ひろゆき氏発言「SNSと陰謀論」の本当のところ

最近、こんな言葉が目に飛び込んできました。

ひろゆきさんがXに投稿した「SNSしか見ない人は陰謀論にはまる高齢者になる」という趣旨の発言です。

あなたはこれを読んで、どう感じましたか?「確かにそういう人いるよな」と頷いた人も、「ちょっと言い過ぎじゃないか」とモヤモヤした人もいると思います。

実は私も、最初に見たとき、すぐには賛成できませんでした。医療の現場でさまざまな人と関わってきた経験から、情報と人間の心理の問題は、もっとずっと複雑だという感覚があったからです。

今日は、この発言を入り口に、情報と人間の心理の関係について、できるだけ率直にお話ししてみます。


ひろゆきさんのあの言葉を最初に目にしたとき、「乱暴だな」と思いました。でもその後、しばらく頭から離れなかった。こういう言葉って、どこかに核心をついている場合が多いんですよね。

だから今日は、この発言を正面から分解してみます。何が正しくて、何が単純化されすぎているのか。医療の現場での実感と、心理学の視点から、できるだけ誠実に考えてみたいと思います。

結論を先に言ってしまうと、「半分は正しい。でも半分は言い過ぎだ」。そういう話です。

なぜ「SNSしか見ない」は危ないのか


まず正直に認めます。SNSだけに情報源が偏ることには、明確なリスクがあります。

特に問題になるのが、YouTubeやTikTokのような動画系SNSへの偏りです。動画は文章よりも感情に直接訴えかけます。怒り、不安、恐怖、「自分だけが真実を知っている」という高揚感。こうした感情を揺さぶるコンテンツは圧倒的に拡散されやすく、一度見始めると似たような動画が次々とおすすめされていきます。

これを例えるなら、鏡張りの部屋に閉じ込められるようなものだと思っています。最初は一つの意見をたまたま見ていただけなのに、気づけば四方から同じ方向の声が反響してきて、「みんながこう言っているんだから、これが真実なのだ」と感じてしまう。心理学では「エコーチェンバー」や「フィルターバブル」と呼ばれる現象です。

本人は「自分でちゃんと調べている」と思っています。でも実際には、アルゴリズムが選り分けた情報を浴び続けているだけ、ということが静かに起きているわけです。その意味で、「SNSしか見ない人は危ない」という警鐘には、かなりの妥当性があります。

ただし「SNS=全部危険」ではない


一方で、SNSをひとまとめに語るのも正確ではありません。

同じSNSでも、動画中心のプラットフォームと、Xのようなテキスト中心のSNSでは性質がかなり違います。Xでは、間違った情報にすぐ反論やファクトチェックが入ることがあります。コミュニティノートのような補足情報の仕組みもあって、投稿に直接異論が付けられることもある。もちろんXにもデマや極論はあふれていますが、動画と比べると「反論のしやすさ」が構造的に異なります。

つまり問題の本質は、「SNSを見るかどうか」ではなく、「どのSNSで、どんな情報を、どのように見ているか」なのです。ここを混同すると、議論がどんどんずれていきます。

「高齢者だから騙される」は本当か


ここが、今日いちばん慎重に扱いたい部分です。

「高齢者はネットリテラシーが低いから騙されやすい」というイメージはよくあります。でも私の経験では、これはかなり乱暴な一般化です。高齢者の中にも、とても慎重に情報を確認する人はたくさんいます。逆に、若い世代でも、SNSで見た情報をそのまま鵜呑みにする人は珍しくない。

陰謀論に近づきやすいかどうかは、年齢だけでは決まりません。

ただ、高齢期には特有のリスクがあるのも事実です。仕事を退職して社会的な役割が減る。友人や家族との関係が希薄になる。「自分はもう必要とされていないのかもしれない」という孤独感が強まる。そんな状態にある人にとって、陰謀論コミュニティはとても魅力的に映ることがあります。

なぜかというと、陰謀論は単なる間違った情報ではなく、「居場所」と「役割」を与えてくれるからです。「あなたは真実に気づいた人だ」「目覚めた仲間がここにいる」という物語は、孤独や無力感を抱えた人にとって、非常に強い救いのように感じられます。

つまり正確に言えば、「高齢者だから陰謀論にはまる」のではなく、「孤独・不安・喪失感・過剰な正義感がある人が、SNSのアルゴリズムと出会うと、年齢を問わず陰謀論に近づきやすくなる。高齢期には、その条件がそろいやすい人もいる」ということです。

テレビや新聞なら安全なのか


では、SNSを見ずにテレビや新聞だけを信頼すれば大丈夫かというと、これもそう単純ではありません。

テレビや新聞には、取材・編集・確認というプロセスがあります。その意味で、個人が発信するSNSよりも信頼性の高い情報が多いのは事実です。でも、「テレビで言っていたから絶対に正しい」「新聞に書いてあるから疑う必要はない」という思考も、実は危うい。

問題の根っこは、どのメディアを選ぶかにあるのではありません。一つの情報源だけを絶対視することが危険なのです。

SNSだけを信じる人も危ない。テレビだけを信じる人も危ない。新聞だけを信じる人も危ない。特定のインフルエンサーだけを信じる人も危ない。情報源が一つになると、人は確認しなくなります。疑わなくなります。そして「これは正しいはずだ」という前提が心の中で固まっていく。陰謀論は、そのすき間に静かに入り込みます。

本当に怖いのは「自分は騙されない」という過信


ここが、私がいちばん強調したいことです。

多くの人は「知識のない人が陰謀論にはまる」「ネットに不慣れな人が騙される」と思っています。でも実際には、知識があり、社会問題への関心が高く、自分の判断に自信がある人ほど、陰謀論に深くはまることがあります。

哲学者のバートランド・ラッセルがかつてこんなことを言いました。「世界の問題は、愚か者は自信満々で、賢い者は疑念に満ちていることだ」

頭のいい人は、自分の信じたい結論を補強する材料を探すのも、じつはとても上手なのです。自分の考えに合う記事を集める。都合のいい専門家の発言を引用する。反対意見は「権力側のプロパガンダだ」と退ける。自分に不利なデータは「隠蔽されている」と解釈する。こうなると、知識や検索能力は真実に近づくためではなく、自分の思い込みを守るために使われてしまいます。

心理学では、これを「確証バイアス」「動機づけられた推論」と呼びます。

「自分は騙されない」「自分は真実を見抜ける」と感じた瞬間こそが、実はいちばん危ない瞬間かもしれない。これは、医療の現場でさまざまな人と関わってきた経験から、心から感じていることです。自分のことを賢いと思っている時ほど、自分の間違いに気づきにくくなります。

陰謀論は「不安への処方箋」だった


陰謀論の厄介なところは、単なる間違った情報ではないことです。

陰謀論は、不安を持つ人への「物語」として機能します。世の中が複雑で、将来が見通せなくて、誰を信じていいかわからない。そんな時に「全部あいつらのせいだ」「裏で操っている人たちがいる」「自分たちは真実に気づいた特別な存在だ」というシンプルな物語が差し出されたとき、人はどれほど救われた気持ちになるか。

この物語は、わかりやすい敵を与えてくれる。怒りの向け先を与えてくれる。仲間を与えてくれる。そして「自分は特別だ」という感覚を与えてくれる。

だからこそ、「それはデマですよ」と事実を示すだけでは、なかなか抜け出せないのです。本人にとって陰謀論は、情報であると同時に、安心材料であり、居場所であり、アイデンティティにまでなっているから。否定することは、その人の世界を丸ごと否定することになってしまう。そこに、この問題の難しさがあります。

では、どうすればいいのか


大切なのは「SNSをやめろ」と言うことではありません。現代でSNSを完全に避けることは現実的ではないし、SNSには確かな良い面もたくさんあります。専門家の発信を直接見られる。災害時に早く情報が届く。従来のメディアでは届かなかった声が可視化される。そういった力があることは、素直に認めるべきです。

問題は、SNSを使うことではなく、SNSだけに思考を預けることです。

対策は、実はとてもシンプルです。動画で見た情報は、文章でも確認してみる。誰かの解説を見たら、できれば一次情報にも当たってみる。怒りや不安を強く感じた投稿は、すぐに共有せず少し置いてみる。「これは本当か」だけでなく、「誰が、何のために、どんな根拠で言っているのか」と問い直してみる。

特に大切なのは、自分の感情が大きく動いた瞬間です。「許せない」「やっぱりそうだったのか」「みんなに知らせなければ」。そう感じた時ほど、一度立ち止まる。陰謀論やデマは、冷静な判断ではなく、感情の揺れを狙って広がっていくからです。

ひろゆきさんの発言を、どう受け取るか


改めて整理します。ひろゆきさんの言葉は乱暴です。でもその乱暴さの中に、現代の情報環境への鋭い警告がありました。

SNSだけを見ていると、情報が偏る。動画系SNSは、感情を刺激する情報を増幅しやすい。孤独や不安があると、陰謀論コミュニティが魅力的に映る。高齢期には、その条件がそろいやすい人もいる。この部分は、無視できない指摘です。

ただ同時に、「高齢者だから騙される」「SNSを見る人は陰謀論者になる」という決めつけは間違いです。若者も騙されます。高学歴の人も騙されます。医療者も、研究者も、知識人と呼ばれる人も騙されます。

陰謀論の問題は、特定の世代やメディアの問題ではなく、人間の脳が持つ普遍的な弱さの問題なのです。

人は、複雑な現実よりも、わかりやすい物語を好みます。不安な時ほど、敵を探したくなります。孤独な時ほど、仲間を求めます。自信がある時ほど、自分の間違いに気づきにくくなります。これは、あなたにも私にも、等しく当てはまることです。

だからこそ必要なのは、「あの人たちは騙されている」と見下すことではなく、「自分も騙されるかもしれない」と思える、知的な謙虚さなのだと思います。

まとめ


この記事でお伝えしたかったことを、最後に整理します。

  • SNSだけに情報源が偏ること、特に動画系SNSへの偏りには、エコーチェンバーを生むという確かなリスクがある

  • 一方で「SNS=危険」「高齢者=騙されやすい」という単純化は間違いで、陰謀論に近づくかどうかは年齢よりも「孤独・不安・過信」に左右される

  • 知識があり自信のある人ほど確証バイアスが強く働き、「自分は騙されない」という過信こそが最大の落とし穴になる

  • 陰謀論は単なるデマではなく、孤独や不安を抱える人への「居場所と物語」として機能するため、事実の提示だけでは抜け出せない

  • 情報源を一つに絞らず、感情が動いた時こそ立ち止まり、「自分も間違えるかもしれない」という知的謙虚さを持ち続けること

陰謀論にはまっている人を見た時、「あの人はバカだから騙されている」と思うのではなく、「どんな孤独や不安があるのだろう」と想像できる余裕を持つこと。それが、分断を少しだけ減らすことにつながるのかもしれないと、私は思っています。

陰謀論から身を守る最大の武器は、知識量ではありません。「自分も間違えるかもしれない」と思える、知的な謙虚さなのだと、私は信じています。

長文にもかかわらず、最後までお付き合いくださりありがとうございます。これからも、いい意味で"ちょっとだけマニアックな"情報を届けていけたらと思います。

#陰謀論 #情報リテラシー #SNS #メディアリテラシー #心理学


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