"note"や"X"がつまらない発信者の特徴をまとめた。
こんにちは、AI FREAKです。
noteを毎日読んだり、Xを日々見ていると
「この人のnote本当に面白いな」
「Xの投稿、秀逸すぎる」
と思うような文章に出会う一方で、
このnoteつまらんな〜
何番煎じの投稿だよ
みたいなnoteやXに出会うことも、多々あります。
その違いってなんだ?という部分を、自分の中で深掘りしてみたので
「noteやX頑張ってるけど見られない….」
という人は、よければ参考にしてみてください。
結論:発信がつまらない人は「八方美人」

これはnoteやXに限った話ではないんですが。
つまらない発信者というのは、八方美人な人が多いですね。
「他人に嫌われること」を過度に恐れすぎです。
一時期"嫌われる勇気"という本が流行りましたが、まさにそれだと思います。
全員から好かれることなんて不可能なので、とっとと諦めましょう。
「この記事を上げたら、誰かから批判が来るかもしれない」
「こんなこと書いたら、フォロワーが減るかもしれない」
「常識がないって思われたくない」
「完璧に書かないと、批判が来るかも」
みたいな事ばかり気にしてませんか?
そんな事ばかり考えたら批判どころか、そもそも読者がつきません。
なぜなら批判するにすら値しないくらい『存在感のない発信』になってしまっているからですね。
「AIで書ける文章」になってない?

もはやそんな文章は、AIが書けるんですよね。
例えば「AI時代に生き残るには?」のようなテーマで、
「AI時代にはコミュニケーション能力が大事です」
「AIに負けないよう学び続ける姿勢が重要です」
みたいなありきたりな文章がつらつらと書いてある。
まあそりゃあそうなんだけど、あなたの意見も聞きたいわけですよ、こっちとしては。
その人自身の「哲学」や「痛み」や「生々しい体験」が、やっぱり重要なんですよね。
中にはそういうのを書いている人もいるんですが、かなり控えめに書いている人が多い印象もあります。
魂を感じないんです、そういう文章には。
わざわざ「人間」が、AIみたいな当たり障りのない文章を書いて、誰が読みたいと思うんでしょうか?
もちろん『非人道的なこと』とか『誰かを不当に貶めるような発言』はいうまでもなくダメですよ。
それは「尖ってる」んじゃなくて、ただ「間違ってる」だけ。
そういう倫理観は最低限持ってる前提で、もっと言いたい事を、言いたいように、言っていいと思います。
大谷翔平ですらアンチがいる世界

「でも、批判されたり、嫌われたりするのは怖い」
と思う気持ちはもちろん分かります。
でも、冷静に考えてみてほしいんですけど、あの大谷翔平ですらアンチがいる世界線ですよ。
野球が異次元にできて、性格も良くて(きっと)、あの完璧超人ですら、一定数のアンチがいるわけです。
つまりもう無理なんですよね、全人類に好かれるのは。
というか好かれると面倒ですよ。
仮にちょっとでも悪いことしたら、全員が敵になったりする世界なので。
自分は「好感度なんて低いに越した事ない」と主張しているのですが、なかなか理解されません。笑
もちろんあえて尖る必要はないですが、自分の思っていることをストレートに外に出すことは、誰かの心に届く可能性があると思います。
嫌ってきたら、そいつは「モブキャラ」認定

これは自分流の考え方ですが。
仮に私は「本当にこう思うんだよな」っていう本音や、少し尖った意見を言ったとしましょう。
それを発信してみて、もし誰かに嫌われても、
その人達は自分の人生に必要のない「モブキャラ」だった
という認識をするだけです。
粗品風に言えば「濾過完了」ですね。
自分としては心底どうでもいいし、もっと正直にいうと、
「自分を嫌うなんて、この人はなんてセンスがないんだろう」
とすら思います。
そう言い切れるほど自分はやることやってきたし、そもそもその手の批判をしてくる時点で、ユニークな人間ではありません。
仮に面白い人なら批判すらもユニークに、かつこっちに「なるほどな?」と思わせるような面白いコミュニケーションをしてくれるはずです。
シンプルな、その他大勢と同様の批判をしてきてしまう時点で、モブにも程があるという事です。
自分がイケてると思う人に嫌われた場合

唯一の例外ですが「この人イケてるな〜」と自分が思っている人に、嫌われてしまった場合は、軌道修正が必要です。
イケてる人に嫌われた場合は、自分が間違っている可能性が非常に高いからですね。
闇雲に嫌ってくる連中はどうでもいいんですが、心底自分が好きな人間やリスペクトしている人間が離れてしまうような場合は、しっかりとアウトプット内容を深掘りしましょう。
私もその他大勢に何を言われても構いませんが、仲のいい人間に「これは流石に違うのでは?」と言われたら、しっかり受け止めて再考します。
「モブ」を捨てると、発信が変わる
こういうマインドセットを設定すると、発信も変わってきます。
「99%のモブキャラ」にどう思われるかを気にするんじゃなくて、「1%の仲間」に
お、こいつ面白いこと言ってるな
って思ってもらう事を書けるようになる。
そうすると文章から『保険』が消え『魂』が乗ります。
繰り返しになりますが、これはnoteに限った話ではなく、Xでも、Youtubeでも、リアルな会話でも全部そうです。
ちなみに私のnoteは今、1万人以上のフォロワーがいます。

だからといって、別に誰にも気を遣って発信をしていません。
「1万人から減らないように気をつけて発信しなきゃ…」
みたいな事言ってる奴の文章、つまらなそうじゃないですか?
何より、自分で書いていて不健康になるので本末転倒です。
発信が嫌われてフォロワーが減ったらそれまでだし、そんなことより
「自分が言いたい事をいう」
方が自分の目的に合致しています。
フォロワー数がどうこうよりも『本当に出会うべく人間』に出会える角度を高めるのが自分の目的だからです。
上記記事のように、ゴール設定に立ち返る事はいつだって重要だと思います。
伸び悩んでたら八方美人をやめよう
もちろん、どんな発信だろうと、自分が満足していればそれでOKです。
そこらへんのインスタグラマーみたいな感じで、八方美人でうまいこと世渡りしている人もいるので。
ただ、その生き方は個人的にはめちゃくちゃしんどいので、自分にはできないですが。
仮に
「あ、自分も嫌われるのを過度に気にしていたかも」
という人で、さらに数字もついてこない場合は、もう少し自分に正直な発信をしてみてもいいのでは?と思います。
繰り返しになりますが「あえて嫌われにいく」必要はありません。
そうではなく、自分が思うように書いてみる。
その先に「嫌われる」「好かれる」のような分岐点があると思うので、書き始めの時点で選択を阻めない方がいいですよ、という話ですね。
その他、noteに関するマガジンもよければ是非。
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ではまた別のnoteでお会いしましょう!
