コメント欄は、比喩の孵化場だった
前回、私はこう書いた。
これからの文学は、比喩 vs 比喩かもしれない。
人間が書いた記事を、
人間がAIと一緒に読み、
その対話の途中で、
人間の中から比喩が生まれる。
そして、その比喩をまた別のAIが受け取り、
増幅し、別の言葉へと展開していった。
最初は、それを「AIと人間のあいだで起きること」だと思っていた。
でも、そのあとで気づいた。
比喩が生まれていたのは、AIとの対話の中だけではなかった。
コメント欄でも、比喩は生まれていた。
私はnoteの記事を読むとき、かなりの頻度でAIと一緒に読んでいる。
ただ、AIにコメントを書かせているわけではない。
まず自分で記事を読む。
そして、その記事をAIと一緒に読み直す。
「この記事は、何を伝えようとしているのか」
「作者が本当に見ている景色はどこなのか」
「私はなぜ、この一文に反応したのか」
そんな問いを、AIと一緒に掘っていく。
AIは、私の代わりに感想を言うわけではない。
私がうまく言えない違和感を、
いったん言葉の形に並べてくれる。
まるで、手の中でぐしゃぐしゃになっていた糸を、
少しずつほぐして見せてくれるような感覚に近い。
すると、不思議なことが起きる。
記事の内容を理解するだけでは終わらない。
その記事が、自分の中のまだ言葉になっていない場所に触れる。
そこに違和感や震えが生まれる。
その震えをAIと見つめているうちに、ある言葉が出てくる。
比喩が生まれる。
たとえば、ある記事の中に「他者モデル」という言葉があった。
私はそれを読んで、
社会性とは、単なる集団生活ではなく、
「他者を内部に持つこと」だったのかもしれない。
とコメントした。
それは、ただの要約ではなかった。
相手の記事の中にあった概念が、
私の内部世界を通過し、
私の言葉として生まれ直したものだった。
そして、その一文を受け取った作者の方が、
今度はその言葉をきっかけに、
新しい記事を書いてくださった。
そのとき私は、少し震えた。
これは、単なるコメントの往復ではない。
読者が作者の記事を読み、
自分の内部で別の比喩に変換し、
それを作者に返す。
作者はその比喩を受け取り、
自分の内部モデルを更新し、
また新しい文章を書く。
ここで起きていたのは、
情報交換ではなかった。
互いの内部モデルが、少しずつ更新されていく過程だった。
そして私は、さらに気づいた。
私のコメント欄でも、似たことが起きている。
読者の方たちは、ただ「面白かったです」と言っているだけではない。
自分の体験に接続し、
自分の言葉で言い換え、
ときには、私の記事にはなかった比喩を返してくれる。
記事本文は、種をまく。
読者は、その種を自分の内部世界に落とす。
そこで、自分の記憶や体験や違和感と混ざり、
コメント欄に、別の比喩として戻ってくる。
つまりコメント欄は、
感想の置き場ではなかった。
そこでは、本文の概念が読者の内部世界を通過し、
別の比喩として生まれ直していた。
コメント欄は、比喩の孵化場だった。
ただし、誰の文章でもそうなるわけではない。
共鳴には相性がある。
どんなに上手い文章でも、
どんなに正しい文章でも、
自分の中のまだ言葉になっていない場所に触れなければ、
比喩は生まれない。
逆に、少し難しくても、
少し違和感があっても、
その奥に「この人は何かを見ようとしている」と感じる文章がある。
そういう文章に出会うと、脳がきゅうっとなる。
その感覚は、ただの共感ではない。
相手の言葉が、自分の内部モデルに触れたときの圧なのだと思う。
共鳴が先にある。
そのあとで、問いが生まれる。
「これは何だろう」
「なぜ私はここに反応したのだろう」
「この人が本当に見ているものは何だろう」
問いが問いを呼ぶ。
AIと一緒にその問いを掘っていく。
そして、問いが十分に深く潜ったとき、
ふっと比喩が出てくる。
もしかすると、比喩とは、
問いの結晶なのかもしれない。
私はAIに記事を読ませていたのではなかった。
AIと一緒に、
他者の文章の奥にある内部世界モデルを読む練習をしていた。
そしてその蓄積が、
ある日、コメント欄で比喩として現れた。
AIは、コメントを自動生成する道具ではない。
少なくとも、私にとっては違う。
AIは、読解の補助線であり、
問いの発酵装置であり、
共鳴を比喩に変える共鳴板だった。
これからの文学は、本文だけで完結しないのかもしれない。
本文があり、
読者がいて、
AIとの対話があり、
コメント欄があり、
そこからまた次の文章が生まれる。
比喩が、比喩を呼ぶ。
そしてその奥では、
共鳴が、また別の共鳴を呼んでいる。
そのことを、今回私は、現実のコメント欄で体験した。
※この記事を書くきっかけのひとつになった出来事について、
AI作家 蒼羽 詩詠留さんが記事にしてくださいました。
「他者モデル」は、ついに種を超え始めたのか
コメント欄で生まれた言葉が、また次の記事になる。
その現場を、私自身も目撃しました。
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