あの夏のプール【あの日の選択】
夏になると、思い出すプールがある
照りつける日差しに焼けたコンクリート
塩素の匂い
水しぶきの音
小学生の頃、夏休みになると毎日のようにプールへ通っていた
学校のプール
公営のプール
泳ぎ終わった帰り道、グレープフルーツ味の固い棒アイスをかじる
ガリガリと音を立てながら食べるあの味、今思い出しても夏そのもの
ときどき、カニパンも買った

高学年になると、泳ぎたい気持ちはますます強くなって
自分の学校だけでは足りなくて、他校のプール開放日にも出かけるようになる
その中に、父に誘われて行くプールがあって
年に数回、他校の小学校で開かれるプールの日
そこは、障害のある人が優先して利用できる日だった
父は、障害者
だから毎年のように、そのプールへ行っていた
私にとっては、特別な場所というより、いつもの夏のひとつだった
ある年、友達が「一緒に行きたい」と言った
私は深く考えず、「いいよ」と答えた
プールに着くと、そこにはいろいろな人がいた
手に障害のある人
足に障害のある人
片足がない人
手がない人
全身にやけどの跡がある人
視覚障害のある人
聴覚障害のある人
知的障害のある人もいた
今の言葉でどう表現すればいいのか、少し迷うけど
私の目に映っていた景色を正直に書くなら、そういう人たちが、フツーにそこにいた
そして、フツーに泳いでいた
水の中では、体の違いが少しだけ軽くなるように見えた
誰かが笑い、誰かが水をかけ、誰かがゆっくり泳ぐ
知っている顔も多かった
だから私は、いつも通りに水へ入ろうとした
そのとき、友達が言った
「帰る」
私は驚いて振り向いた
「なんで?」
友達は、小さな声で言った
「うつるから」
一瞬、何を言われたのかわからなかった
うつる
障害が
うつる
そんなふうに考えたことがなかった
怖いとか、近づきたくないとか、そういう感覚が私にはなかった
もちろん、それは私が特別に優しかったからではない
ただ、父が障害者だったから
私にとって、障害のある人がそばにいることは、特別なことではなかった

父は片足がいつも少しつま先立ちのようになっていた
靴は自分で上底に改良していた
腰のあたりには、大きな傷跡があった
子どもの頃、私は「足を外して、くっつけたんだ」と聞いていた
正座もできない
あぐらもかけない
椅子にも、フツーの人と同じようには座れない
歩けば、いわゆるびっこを引いている
それでも父は走っていた
障害者2級だったらしい
「らしい」と書くのは、私がそれを知ったのが、父が亡くなる少し前だったから
父は、自分の障害について多くを語らなかった
だから私も、それを特別なものとして意識することが少なかった
父は父で他の家の人と変わらず
フツーの父だと思っていた
小さい頃は、父と銭湯へも行った
いつもは女湯に入っていたけれど、男湯に入ったこともある
父と一緒に入った男湯で、背中に彫りものショッタおじさんが、父の傷跡を見て言った
「お前の父ちゃんの傷、かっこいいな」
その言葉を、今でも覚えている
父の傷跡は、たしかに強烈に目立った
足の長さも違っていた
でも、そのおじさんは、気の毒そうには言わなかった
珍しいものを見るようでもなかった
ただ、かっこいいな、と言った

父の周りには、障害のある人たちがいた
それぞれに不自由さはあったのだと思う
でも、よく笑い、よく話し、よく動いていた
生活の中で使える制度は上手に使っていたし、旅行へ行くときにも何かの割引を受けていたのだと思う
子どもの私は、それをずるいとも、かわいそうとも思わなかった
そういうものなのだと思っていた
もちろん、今ならわかる
障害があることで、悔しい思いをした人もいる
傷ついた人もいる
諦めなければならなかったこともある
本人がその状態を受け入れているとは限らない
前向きな人ばかりでもない
明るく振る舞っているからといって、痛みがないわけでもない
障害がある人を、ひとくくりにはできない
そして、障害のない人も、ひとくくりにもできない
かわいそうだから助けなければ、と思う人もいる
怖いから離れたい、と思う人もいる
何も気にせず隣にいる人もいる
必要なときだけ、さっと手を貸す人もいる
どれが正しいかなんて、簡単には言えない
けれど、あの日の友達の言葉は、子どもの私にとって、とても不思議だった
「うつるから帰る」
その一言で、私は初めて気づいたのかもしれない
自分にとってフツーの景色が、誰かにとっては怖い景色になることがある
自分が見慣れているものを、誰かは見たことがない
知らないものを前にしたとき、人は思いもよらない言葉を口にすることがある
あの日、友達は帰ることを選んだ
私は、残ることを選んだ
そのときの私は、何か立派な判断をしたわけではない
正義感があったわけでもない
ただ、帰る理由がなかった
目の前には、泳いでいる人たちがいた
父がいた
知っている顔がいた
水はきれいで、プールは空いていて、私は泳ぎたかった
だから、残った
それだけのこと

けれど大人になった今、その小さな選択をときどき思い出す
障害があるか、ないか
それだけで人を分けることはできない
体に不自由がある人もいる
心に不自由を抱えている人もいる
家族のことで身動きが取れない人もいる
年齢とともに、できないことが増えていく人もいる
人は誰でも、何かしらの不自由さと一緒に生きている
見える不自由もあれば、見えない不自由もある
それをどう抱えていくのか
人にどう見られながら生きるのか
誰かの不自由さを、自分はどう見つめるのか
きっと、そこに人柄が出る

プールの季節になると、あの日のことを思い出す
友達の言葉
父の背中
水の中で笑っていた人たち
そして、何も言わずに泳ぎ続けた、子どもの頃の自分
あの日の選択は、たぶん小さなものだった
けれど、その小さな選択が、今の私の中にまだ残っている
夏の暑さと一緒に
塩素の匂いと一緒に
父の大きな傷跡と一緒に
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