安倍晋三という言語空間 ――メディアと分断の時代
はじめに
安倍晋三という存在は、政治家である以前に、言語空間そのものであった。
支持と不支持、功と罪、保守と革新。そのどれもが、彼を巡って鋭く交錯する――。
これは、ひとりの政治家をめぐる「言葉」と「社会」の記録であり、沈黙に抗うための私の小さな覚書である。
安倍元首相とオールドメディア
故・安倍晋三元首相に対する日本のオールドメディアの一部の批判は、時に執拗とも言えるものでした。
まるで「安倍氏に対しては何を言っても構わない」というような空気が社会に蔓延していたことは否定できず、それがあの衝撃的な暗殺事件に間接的な影響を及ぼした可能性も、まったくの的外れとは言えないでしょう。
「失われた30年」
確かに、安倍政権は長期にわたったがゆえに、その政策には功罪が存在します。
「失われた30年」とも言われるこの時代、日本は先進国の中で唯一、賃金が上がらず、社会保険料の上昇によって国民負担率は50%に迫る勢いです。加えて物価高も重なり、現役世代にとっては「普通の生活すら難しい」時代が続いています。
安倍政権の「功と罪」
しかしながら、この苦境を安倍氏一人の責任に帰すのは、あまりにも短絡的です。
歴史的背景を見れば、1985年の「プラザ合意」以降の円高とバブル崩壊が、日本企業に保守化とリスク回避の姿勢をもたらし、新たな成長への意欲を失わせました。安倍氏はこの企業体質そのものを直接変えることはできませんでしたが、それでも彼は、金融緩和による株価上昇で経済全体を刺激し、企業の成長と雇用の拡大を目指しました。
結果として、企業は利益を上げながらも、それを積極的に賃金や設備投資に回さなかったため、「アベノミクス」は十分な成功とは言えなかったかもしれません。
しかし、雇用の安定という一点においては一定の成果を挙げ、それが若年層を中心とした高い支持率につながり、長期政権を支える土台となったことは間違いありません。
外交面においては、気難しい相手ともされたトランプ大統領と個人的関係を築き、日米関係の安定を確保。さらには「インド太平洋戦略」を打ち出し、中国へのけん制という現実的な成果も見せました。
もちろん、祖父・岸信介元首相の悲願だった憲法改正も、父・安倍晋太郎氏が積み残した北方領土問題も、最終的な成果には至りませんでした。
それでも、彼の一貫した政治姿勢と国際感覚は、多くの国民に評価され、葬儀には若者を含む多くの人々が記帳に訪れたのです。
政治は「結果責任」が問われる世界です。したがって、安倍氏への批判があって然るべきであることは承知しています。
しかし、功と罪が併存する中で、「罪」のみを殊更に強調し、「功」を意図的に無視するような報道の姿勢には、やはり問題があると言わざるを得ません。
マスメディアの「公平性」
マスメディアには「公平性」という原則が求められます。にもかかわらず、報道が偏ったまま続くのであれば、国民が情報源としてネットメディアに流れるのも当然のことです。
なぜなら、そこには現実の「大衆」の感覚や生活実感が、少なくともまだ息づいているからです。
あとがき(投稿者としての一言)
安倍晋三という存在について、好きか嫌いかではなく、「なぜこれほどまでに分断が深まったのか」を考えてみたいと思いました。
この文章が、ただの“評価”ではなく、「言葉が社会をどう変えるのか」についての小さなきっかけになれば幸いです。
情報が溢れる時代に、どんな視点で判断しますか?
――風薫るけやき
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