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観れば観るほど鳴り響く疑問。僕は愛の何を知っているか

大大大好きな劇団四季「ノートルダムの鐘」を観に大阪へ行ってまいりました!
ストーリーと雰囲気と、あまり初心者やファミリー向けではないなと感じますが、コアなファンがとっても多い作品ですよね、僕のように笑


キャスボでなくてすみません。。

キャスト陣皆々様、大変素晴らしかったです。
とても美しい、神聖で心洗われる空間でした。。

寺元さんカジ。。
表情・手の動かし方・姿勢・発声の仕方、、観てるこちらが苦しくなってしまうほど完璧なカジモドです。
これはどの俳優さんもですが、カジモドの内側と外側の発声の切り替えが本当にみんな違ってみんな良くて、、
それが来年にかけて観れるなんて、、幸せ。。

宮田さんエスメ
「エスメといえば美南さん!」という方多いですよね、僕もそうでした。
でも美南さんはマンマで忙しいもんねって思ってた自分を殴ってやりたいです。
歌声に表情にセリフに、全てに強い芯がある女性。
美南さんとはまた違う、、また観たい、また観て言語化したい。。

芝さんフロロー
今回もステージに立ってくれてありがとうございます芝様。。
最近ずっと大阪にいる芝さん笑
フロローというか、鐘といえば芝さんですよね!!

語り出すとキリがない&語りきれない(語彙力不足)ので、、
今回は個人的に感じる本作品のテーマについて触れようと思います。。
(細かいことは来年の横浜公演にかけて、、少しずつ、、)

さて、「ノートルダムの鐘」のテーマといえば冒頭とラストに観客へ問いかけられる
”人間と怪物、どこに違いがあるのだろう”ですよね。
この言葉がしっかり心に突き刺さることでカテコでのスタオベがこんなに腰の重い舞台はありません笑

冒頭はぱっと見だと”カジモド”が「怪物」、”カジモド以外”が「人間」。
それが最後にどう変わるか。それがメインテーマなのでしょう。

この歌詞、文字数の都合上で明確に並べられたものが
「人間」と「怪物」なのだと僕は思います。

本当は舞台に立つ人の数ほど、鐘の音の数ほど、多くの疑問を問いかけているように感じるのです。

「人間とは」「怪物とは」「善とは」「悪とは」「神とは」「信仰とは」
「強さとは」「弱さとは」「天国とは」「地獄とは」「いつかとは」
「奇跡とは」「自由とは」「平等とは」「祈りとは」「醜さとは」

「愛とは」

劇中「お前に愛の何がわかる」というセリフが出てきます。

本作に出てくる人物はみんな、愛し愛されることを知り、求めていきます。
ただ、その愛は同じ愛ではなかったわけです。

先のセリフは、二幕終盤のカジモドが放つフロローに向けた話です。
愛を知ったカジモドから、これまた愛を知っているフロローへ。

ヴィランとして描かれるフロローですが、彼をヴィランたらしめるものは
彼の育ってきた環境にあって、彼自身は悪人ではないと僕は思います。
彼自身は最初から悪人だったわけではない。
彼の持つ愛を歪ませ、救済と混同させてしまったのは、信仰心を強く持たされ、その上で弟との背景があるからこそなのではないでしょうか。

そして二度と弟のような人を作り上げてはいけない。
そんな使命感から、カジモドをあのように育て、エスメラルダまでも自分の支配下に入れようとしてしまう。
自分の不安や欲望を満たすもの=愛
フロローはそんなふうに愛を理解しているのだと思います。

でも、エスメラルダは真逆です。
自由を求め生きていく彼女にとっては、相手も自由であることこそ愛なのです。
だからこそ、「自分と生きるか、死か」という選択を攻めるフロローのことは一ミリも理解できない。
そして自由を奪われたカジモドを自由の世界へと誘います。

フロローに育てられたカジモドも自由、そして愛を知る。
それが余計に彼の苦しみを増やしていくことにもなるわけですが、、

ね、本当鐘の沼って恐ろしいんです。笑

結局何が「人間」たらしめるもので、何が「怪物」たらしめるものなのか。
どこかで今日もこんな疑問が生まれて、そして争いが起きていく。
世界の縮図のような、美しくも儚い舞台です。

これまでたくさんの舞台で愛を見て、いろんな人と語り合ってきました。
さて、その愛は一体なんだったでしょうか。

そして僕は一体、愛の何を知っているのでしょうか。

もし舞台が少しでも好きなら、「ノートルダムの鐘」に触れてみてください。


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