写真の中の笑い声(11)雷|「初恋」の二文字が呼び戻した彼女
松山での暮らしに馴染むほど、広島の記憶も、ほのかのことも、少しずつ遠くなっていくはずでした。
けれど中学二年の国語の授業で、「初恋」という二文字を見た瞬間、胸の奥に雷が落ちます。
忘れていたのではなく、思い出さないようにしていただけだった彼女の記憶が、いっぺんに戻ってくる第11章です。

松山での暮らしに馴染むほど、ほのかのことは、遠くなっていく――はずだった。
でも、心の底にいたほのかは、思いがけないときに、ふいに、顔を出した。
中学二年の、国語の時間だった。
教科書で、島崎藤村の「初恋」という詩を読んだ。
黒板に書かれた、「初恋」の、二文字を見た。
その瞬間だった。
胸の奥に、雷が、落ちた。
ほのかだ。
そう、思った。
理由なんて、なかった。説明も、できない。ただ、その二文字が、まっすぐに、ほのかのところへ、つながっていた。
あの、けたけたと弾ける、笑い声。
お母さんの後ろに隠れて、突き出された、不格好なチョコ。
応援席で、お腹を抱えて、くしゃくしゃに笑っていた顔。
玄関先で、みんなで振った手と、「バイバーイ」。
ぜんぶが、いっぺんに、戻ってきた。
忘れて、いたわけじゃ、なかった。
ただ、思い出さないように、なっていた、だけだった。
心の、いちばん深いところに、ほのかは、ずっと、いた。
見ないようにしていただけで、消えてなんか、いなかった。
その日から、僕は、「初恋」という詩が、好きになった。
授業で習っただけのその詩を、いつのまにか、すっかり、覚えてしまっていた。
五十になった、いまでも、僕は、あの詩を、最初から最後まで、諳んじることができる。
たぶん、僕は、あの詩を覚えていたかったわけじゃ、ない。
あの詩の向こうに、ほのかがいた。
だから、忘れられなかったのだと思う。
*
あなたにも、ふとしたきっかけで、
心の奥にしまっていた誰かを思い出したことはありますか。
♪ 今回のBGM:Over(Mr.Children)、永遠(Mr.Children)
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