変えないものがあるから、変えられる。──西条で見た、地域企業の信用と魅力価値──
HATAfulの活動で、東広島市西条の二つの企業を見学した。

駅を降りた瞬間から、夏の熱気がまとわりついてきた。酒蔵通りに向かう道には、白壁と赤レンガの煙突が見え、これから見に行くものが、単なる企業ではなく、この土地そのものなのだと感じさせられた。
午前はサタケ。昼は佛蘭西屋。午後は賀茂鶴。
米と酒。技術と伝統。工場と蔵。
一見、別々に見えるものが、私の中では一つにつながっていった。
ただ、この日の酒蔵通りは、歩くだけで汗だくになる暑さだった。西条の夏は、なかなか手強い。
魅力価値を高めるヒントをつかむ
今回参加したのは、HATAfulの取り組みの一つである、Hiroshima縁JOBの企画。HATAfulは、企業同士の垣根を超えて手を取り合い、広島の「はたらく」をより魅力的にしていくための企業ネットワークだ。
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目的はシンプルだった。
企業見学を通じて「魅力価値を高めるヒント」をつかみ、自社や自分自身への示唆を得ること。
正直、企業見学というと、どうしても「すごい機械だった」「歴史のある会社だった」で終わりがちだ。でも今回は、そこで終わらせたくないと思った。
見学の後には、会員企業のみなさんとグループワークの時間があった。それぞれの業種も立場も違う人たちが、同じものを見て、まったく違う視点で感想を口にする。この「違う目で見る」という体験こそが、越境交流の醍醐味なのだと思う。
サタケは、米という日本文化を支えていた

サタケさんは、精米機を作っている会社だと思って見学すると、少し違う。
見学の中で印象に残ったのは、西条の酒造りが抱えていた精米の課題だった。灘や伏見と違い、西条では水車による精米が難しく、人力に頼らざるを得ない時代があったという。
その課題を解決しようとしたのが、賀茂鶴の礎を築いた木村和平翁だった。同じ西条で機械製作を営んでいた佐竹利市翁に、動力式の精米機を作ってくれないかと依頼した。そうして1896年、佐竹利市翁は日本で初めての動力式精米機を生み出した。その後、1898年には賀茂鶴にも導入され、西条の酒造りを支える技術になっていった。これが、サタケという会社の始まりだった。

案内してくださった方によると、その後サタケはエンジンを動力にした精米機の開発も手がけていた時期があり、「もしかしたら広島にマツダのようなエンジンメーカーがもう一つ生まれていたかもしれない」と話していた。歴史のIFを想像すると、少し面白い。
歴史館には、その動力式精米機から始まり、世界の穀物生産を捉えた展示、そして最新の色彩選別機まで、時代ごとの技術の積み重ねが並んでいた。古い機械の前に立つと、それがただの展示物ではなく、西条の酒造りの負荷を軽くしようとした誰かの切実な答えだったことが伝わってくる。





サタケが支えているのは、米を食べるという日常そのものだった。米は商品である前に、文化であり、暮らしであり、記憶でもある。その当たり前を、技術で支えている会社なのだと感じた。
そして何より、サタケの始まりそのものが、賀茂鶴という酒蔵の「困りごと」から生まれていた。西条という土地の中で、企業同士が支え合いながら育ってきた歴史が、そこにあった。
佛蘭西屋で、まちを味わう

昼食は佛蘭西屋でいただいた。実はここ、賀茂鶴さんが営むレストランだ。見学の合間の食事だと思っていたら、もうすでに賀茂鶴の世界に入っていた。
暑さで火照った体に、涼しい店内がありがたかった。会員企業のみなさんとテーブルを囲みながら、午前中に見たサタケの話で盛り上がる。同じ展示を見ていたはずなのに、技術に注目する人、採用に重ねる人、地域資源として見る人、それぞれ見ている角度が違っていた。こういう何気ない食事の時間に生まれる会話が、実は一番記憶に残ったりする。

ランチでは、利き水を体験した。エヴィアンと、西条の水。飲み比べてみると、はっきり違う。

西条の水は、驚くほど軟らかく、すっと入ってくる。エヴィアンの、しっかりとしたミネラル感とは対照的だった。
日本酒の名産地に、なぜ西条が選ばれたのか。理由の一端を、舌で理解した瞬間だった。酒蔵見学の前に、すでに賀茂鶴の答えの一つを味わっていたことになる。
企業を見ることと、まちを味わうことは、切り離せない。西条という土地に流れる水そのものが、この日一番のごちそうだったように思う。
賀茂鶴は、土地の記憶を届けていた

午後は賀茂鶴酒造へ。酒蔵通りに並ぶ白壁となまこ壁、そして赤レンガの煙突。歩いているだけで、酒造りが建物の中だけで完結しているのではなく、町並みそのものに染み込んでいるように感じた。

インバウンドの視点で見れば、日本酒は単なる飲み物ではない。水、米、気候、建物、職人の手、まちの景観。そのすべてを含めて、日本の文化そのものなのだと思う。
蔵の中では、社員を中心とした酒造りへの転換という話も印象に残った。季節雇用の蔵人中心から、年間を通じて安定して働ける体制へ。伝統を守りながら、働き方は確かに変わり続けていた。
変えないものがあるから、変えられる
ここが、この日一番の気づきだった。
サタケには、米を支えるという変わらない軸がある。賀茂鶴には、西条の酒造りを守るという変わらない軸がある。けれど、どちらも変わらないために、変わり続けていた。

そもそもサタケという会社自体が、賀茂鶴の「変えたい」という願いから生まれている。変えてはいけないものがある。それは企業のビジョンであり、WILLなのだと思う。そして、そのWILLを未来へ届けるために、技術や働き方や見せ方を変えていく。そこに、魅力価値が生まれる。
自社と自分自身の魅力価値へ
今回の企画は、訪問企業の魅力価値を考えることで、自社や、地域に根ざして働く自分たちの魅力価値、そして自分自身の魅力価値を考えるものだった。
越境交流とは、知らない会社を見に行くことではなく、他社の魅力を通じて、自分たちの魅力を見つめ直すことなのだと思う。同じ日に同じものを見た会員企業のみなさんと、感想を交わし合えたことも、この日の大きな収穫だった。
では、自社の魅力価値とは何だろう。
そして、自分自身の魅力価値とは何だろう。
答えはまだ、はっきりとは言葉にできていない。でも、この日、西条で見た「変えないものと、変えるもの」の関係は、そのままヒントになる気がしている。
地域企業は、地域の信用を預かっている
観光とは、名所を見ることだけではない。その土地で何が生まれ、何が守られ、何が変えられてきたのかを知ることでもある。
サタケを見て、賀茂鶴を見て、佛蘭西屋で水を味わい、酒蔵通りを歩く。それは、企業見学であると同時に、西条という土地の信用の履歴をたどる時間だったのだと思う。商品を見るのではなく、商品が生まれた背景を見る。建物を見るのではなく、その建物を必要とした人たちの営みを見る。
地域企業は、商品やサービスだけを提供しているのではない。その土地で積み重ねてきた時間、信頼、文化、記憶を預かっている。だからこそ、その魅力価値を言葉にすることは、地域の未来を言葉にすることでもある。
西条で見たのは、二つの企業ではなかった。変えないものを抱えながら、未来へ進もうとする地域の姿だった。
この日の気づきは、以前から書いている「信用観光論」ともつながっている。
観光とは、名所を消費することではなく、その土地で積み重ねられてきた時間や営みに触れることなのだと思う。サタケ、賀茂鶴、佛蘭西屋、酒蔵通り。西条で見たものは、まさにその実例だった。
また、広島各地をめぐる小説『広島に呼ばれた朝』を書いている自分にとっても、この日は大きな取材になった。物語の中で描きたい「土地に呼ばれる感覚」は、こういう現場の手触りから生まれてくるのだと思う。
▶ 活動編 vol.01「思想が、現実になった日。」はこちら
▶ 信用観光論シリーズはこちら
▶ 小説『広島に呼ばれた朝』はこちら

みなさんは、自分の会社や、自分自身の「魅力価値」について考えたことはありますか。
もしよければ、一言だけでも聞かせてもらえると嬉しいです。
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